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160. みんなで日本へ
しおりを挟むフローライトダンジョンの十階層をクリアして、リリは魔法のトランクの家へ帰宅した。
その日の夕食はリクエストに応えて、ハイオークカツを振る舞った。
オーク肉の美味しさは知っていたリリだけれど、キツネ色に揚げたハイオークのカツは今まで食べた、どんな肉料理もかなわないほど絶品で。
さくりと噛み締めた状態で、呆然としてしまった。
美味しい、だけではとうてい表現しきれない。
次々と箸を繰り出して口に放り込む行動を止められそうにない──
それは他の面々も同じようで、無言でハイオークカツをガツガツと食べていた。
白飯と交互に口に運び、お茶を飲んでようやくお腹が落ち着いたリリは、ため息まじりにつぶやいた。
「美味しすぎる……。この味に慣れてしまったら、普通のトンカツが食べられなくなる気がします……」
それほどに隔絶した味だった。
「オークカツもすばらしかったが、ハイオーク肉は別格だな。こんなに美味だと、ハイオークの集落に狩りに出掛けたくなる」
物騒な発言をするのは、ルーファス。
あまりに美味な肉料理に興奮したのか、ドラゴンの性質が漏れ出ている。
黄金色の瞳の虹彩がきゅっと細くなり、爬虫類のようだ。
『いいんじゃないかな? ほら、にほんで言う、ぼらんてぃあ? ハイオークが人を襲う前に駆除するのはいい事だよ!』
さりげなく、ドラゴンをけしかけようとしているのは愛らしい黒猫。
虫も殺さないような、きゅるんっとした空色の瞳を細めて、幸せそうにハイオークカツを頬張っている。
美味しそうに食べていて、何よりだ。
「素敵な考えですわ、ぼらんてぃあ! わたくしも手伝いましてよ? ハイオークの集落なら、上位種もいるでしょうし……」
上品にカトラリーを使いながらも、集落の殲滅に肯定的なのはクロエ。
隣に座るネージュもこくこくと忙しなく頷いている。
「ん、私も手伝う。ハイオーク……キングがいたら、いいな……あれは美味しいから」
ぺろり、と赤い舌で唇を舐めている。
どうやら、双子姉妹はすでにハイオークキングを食べたことがあるらしい。
「集落程度なら、ジェネラルくらいじゃないかなぁ。キング狙いなら、最初からダンジョンに潜った方が手っ取り早いんじゃない?」
もりもりとハイオークカツを美味しそうに咀嚼しながら、こちらも乗り気なセオ。
「キング種って、すごく強い魔物よね……?」
ダンジョンについて記されていた本には、上級冒険者が四名以上のパーティで討伐することを推奨していたような。
リリがおそるおそる口を挟むと、皆がきょとんと見返してきた。
「? 強いというか、たかが豚だぞ?」
『豚の方が賢いんじゃない? 少なくとも愛嬌はあるしね』
「ヒトにとっては厄介な魔物かもしれませんが、わたくしたちのことは心配無用ですよ、リリさま」
クロエが艶やかに笑う。
そっくりの顔をしたネージュも口の端にソースをつけたまま、熱心に頷いている。
「僕たちは、大魔女シオンさまの使い魔ですからね。上級ダンジョンだって、ソロで踏破できるくらいは戦えます!」
爽やかな笑顔で断言するセオ。
当然ですよ、と言いたげな表情の彼らを前に、リリは曖昧に笑うことしかできなかった。
(使い魔って、戦闘力を求められる存在なのが普通なの……?)
いまは『人化』の魔道具を使って、麗しい少年少女へと変身しているが、元の姿の彼らはたいへん愛らしいのだ。
(なんとなく、使い魔は可愛くて癒してくれる家族のような存在ってイメージが強かったのだけれど……)
なんとも言えない表情で食事を続けたリリだが、ハイオークカツのあまりの美味さに我慢できず、変化が解けた白黒カラスとキツネが夢中で皿に顔を突っ込む姿を目にして、ほっこりした。
◆◇◆
待ちに待った、定休日。
ダンジョンで入手した魔獣肉に魔物肉、ドロップしたポーションなどを手土産に日本へ帰る日でもある。
仮の契約を交わしていた三人と、正式に従魔契約を結んだのは、その前日のこと。
クロエたちはこの日を待ち望んでいたようで、以前に『翻訳』のスクロールを目当てにダンジョンへ潜った際に手に入れた素材を使い、契約に臨んだ。
魔素の濃い『聖域』で、契約書に互いの血を垂らして、契約を交わしたのだ。
本来の姿をした彼らをそっと抱き締めて、歓迎したリリだった。
「いよいよ日本に行けるんだね! どんな世界なのか、楽しみだなぁ」
「落ち着きなさいな、セオ。その姿じゃダメよ?」
「ああ、そうだった。魔法のドアをくぐるには、本来の姿の方がいいんだっけ」
「……にほんでも、その方がいい?」
「いえ、日本では人の姿の方でお願いします。カラスやキツネを連れ歩くと目立ってしまいそうなので」
「ふぅん? 分かった」
おとなしく魔道具のネックレスを外すネージュ。クロエも渋々と漆黒のカラスの姿へ変化した。
セオだけは唇を尖らせている。
「面倒だなー。犬ってことにして、そのままの姿でいちゃダメなんです?」
「私は別にそれでも構わないけれど、日本のお店は特別な資格のある犬でなければ、入れませんよ」
「えっ」
ルーファスがニヤリと意地悪そうに笑う。
「可哀想だな、セオ。リリィの家まで行く途中には『さーびすえりあ』があるのに、キツネの姿のお前は車で待機になる……」
「わーっ! 僕、ちゃんと魔道具を装着しますっ! サービスエリアって、あれでしょ? 美味しい食べ物がたくさんあるところ! 僕も食べたいよっ!」
慌ててキツネの姿に戻るセオ。
黒猫ナイトが呆れたようにため息をついた。
『最初っから、そうしていたらいいんだよ。まったく……』
ルーファスもミニドラゴンの姿になったところで、順番に魔法のドアを潜り抜ける。
ドアの向こうは、曽祖母の秘密の部屋。
『シオンさまの匂い!』
『これ、シオンさまが愛用していた羽根ペン! 黄金のグリフォンから貰った羽根で作った、特別なペン……懐かしいですわ』
『ん、壁に飾ってあるのも、シオンさまが捕まえた宝石蝶の標本。私が作るのを手伝った』
部屋の中は、シオンの宝物が乱雑に置かれていたが、使い魔だった三人には見慣れた品がたくさんあったようだ。
涙目で見て回っている。
『本当に、異世界に辿り着いてらしたんだなぁ……シオンさま』
キツネがこうべを垂れて、しみじみとつぶやく。
『いまさら、何を言っているんだい。ほら、今日の目的は別にあるだろう?』
黒猫のナイトが指摘すると、はっと我にかえったようだ。
『そうだった! シオンさまのお墓に行かなくちゃ!』
『それに、リリさまのご家族──つまりはシオンさまの子孫との顔合わせもありますわ!』
『あと、美味しいものもたくさん食べたい』
ネージュの一言に、皆がすごい勢いで頷いた。
『うむ。さーびすえりあで俺のイチオシの料理を紹介しよう』
ミニドラゴンが偉そうにふんぞりかえりながら言うと、白黒カラスとセオが目を輝かせる。
「……私、ルーファスのドラゴンタクシーで送ってもらうつもりでしたが、サービスエリアに寄るなら、ドライブすることになりそうですね」
キャッキャとはしゃぐ使い魔たちを目にすると、仕方ないかと苦笑するリリだった。
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