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169. タロットカード
しおりを挟むヴェローナ侯爵家は、リリの提案を大喜びで受けてくれた。
王都ではなく、侯爵領内の工房に掛け合って、リバーシとジェンガの製作を請け負うと約束してくれたのだ。
雑貨店『紫苑』で販売するものだと思っていたようだが、それはリリが否定した。
「うちは基本的に、女の子のための雑貨店なので」
王都店では美容系に力を入れてしまっているが、本店では可愛らしい雑貨がメインなのだ。
「なら、リバーシとジェンガは我が家が責任を持って売り出そう。考案者のリリ嬢には、売り上げから一割を提供する契約を交わしたい」
すっかり、日本から持ち込んだゲームに心酔した侯爵の提案に、リリは困惑した。
どちらも自分が考案した物ではないので、そこまでしてもらうのは申し訳ない。
遠慮していると、ローザが間に入ってくれて、リバーシとジェンガの実物を侯爵家が買い上げる形で話がついた。
「ジェンガは金貨百枚、リバーシは金貨二百枚で購入しよう」
「合計、金貨三百枚……」
日本円で換算すると、なんと三千万円だ。
(ジェンガは五千円、リバーシは一万円で買ったものなのよね……)
安価なプラスチック製ではなく、異世界でも違和感がないよう、木製の玩具を買ったのだが、それでも金貨三百枚に化けるとは思わなかった。
「我が家でこれらの品を独占して販売する権利ごと買い取ったことになるので、リリさんが気に病む必要はありませんよ?」
布張りの木箱にぎっしりと詰め込まれた金貨を前に躊躇していると、ローザがくすりと笑う。
「そうとも! むしろ、これだけで良いのか、こっちが不安なくらいだよ」
「お兄さま」
侯爵令息のウォルトが笑顔でリバーシに頬擦りする。
「これは素晴らしい遊戯だ。革命に近い。王都のみならず、国中に──否、他国でも流行るに違いないよ」
「……そんなに、ですか?」
「それほどの品だ。だから、遠慮することなく、受け取ってほしい」
「そこまで仰るなら……」
そんなわけで、日本の百貨店で購入した玩具と金貨三百枚を交換した。
あとは、もう侯爵家に丸投げだ。
臨時収入は、使い魔の皆と山分けしようと思う。
(セオの助言で儲けたようなものだもの。彼の好きそうなゲームをまた買ってあげようかしら)
侯爵と令息、男性陣二人はさっそく経営について熱く語り合っている。
リリからしたら、それほどゲームが売れるのかと懐疑的だったのだが──
「売れると思うぞ? この世界は、にほんと違って、娯楽が少ない。金と暇がある貴族たちでさえ、男たちは狩猟と酒、葉巻を嗜むくらいしか、することがないと聞いたぞ」
ルーファスの言葉に、リリは驚いた。
「え……そうなのです?」
避暑地として人気のバリシアホテルでカードゲームをしていた紳士の姿を見た覚えがあったのだが。
『ああ。あれは、にほんのカードゲームとは別物に近いと思うよ。木札を使って、絵合わせをする遊びなんだ』
人の文化に詳しい黒猫が教えてくれる。
紙製ではなく、木札だったのか。
しかも、トランプというよりカルタに近いゲームらしい。
男性の社交は主に狩り場や、バーのような閉ざされた空間が主戦場。
そんな場所で、噂話が飛び交うらしい。
侯爵はそんな社交場があまり得意ではないようで、それもあって頭を使う遊戯を流行らせたいのだろう。
まずはジェンガから流行らせるつもりらしい。
リバーシは腕のいい職人に作らせ、ジェンガは新人や見習い職人の練習台にするのだとか。
「侯爵領には、目立った特産品がなかったので、リリさんのおかげで領地が潤いそうですわ」
「そうね。我が領地には豊かな森があるから、木材には困らない。たくさん売れるといいわねぇ」
ローザと侯爵夫人に喜んでもらえたなら、僥倖だ。
おっとりと微笑み合っていると、ローザの姉であるキャロラインが割って入ってきた。
「リリさん! ジェンガもリバーシも面白かったのですけれども! 私はタロットカードが気になりますわっ。あれは売り出さないのです?」
男性陣がリバーシに夢中になっている間、キャロラインを筆頭に女性陣はタロットカードにハマっていた。
綺麗なイラストが印刷された、神秘的なカード。
促されるまま選んだカードに一枚ずつ意味があって、過去や現在、未来について占ってもらえるとあって、とても興奮していた。
「タロットカードは『紫苑』で販売予定です。……ただ、売り方を検討中でして」
どうせなら、綺麗で可愛いイラストのカードを売りたい。女の子のための雑貨店なので。
そう考えて、オンラインショップを巡回してタロットカードを注文しているのだが。
「文房具のように、大量に仕入れることが難しい商品なのです」
著名なイラストレーターが手掛けたタロットカードは数が少ない。
一種類だけ仕入れても、すぐに売り切れてしまうだろう。
なので、気に入った絵柄のものを、買えるだけカートに入れたリリだった。
中でもリリは、人物ではなく、動物モチーフのタロットカードがお気に入りだ。
猫や犬、うさぎや鳥の絵柄の愛らしいタロットカードはきっと少女たちも気に入ってくれるはず。
(あとは、金の箔押しがされた豪華版のタロットカードもお貴族さま用に注文してみたのよね)
お手軽な価格の海外版のタロットカードはイラストが不気味なものが多いため、今回ばかりは見た目重視で選んでいる。
「それはそうよね。こんなに素晴らしい絵が描かれているのですもの」
ローザは手にしたタロットカードをうっとりと見つめている。
今回、侯爵家に持ち込んだのは動物モチーフではなく、アールヌーボー風のデザインのものだ。
繊細な筆致で描かれた、美しい男女のイラストに侯爵家の女性たちは見惚れていた。
「それに、販売するには、説明書を付ける必要があるので、もう少しだけ時間が掛かりそうです」
「それはそうね。仕方がないわ」
当然ね、と納得した侯爵夫人とは違い、キャロラインは潤んだ瞳でリリを見上げた。
「ねぇ、リリさん。このカードを私に売ってくださらない?」
「お姉さま!」
「なによ、ローザ。やはり、まずは商品を知ってもらうのが大事でしょう?」
「それはそうかもしれませんが……」
「貴方たち、落ち着きなさいな。はしたないですよ?」
侯爵夫人に叱責されて、落ち込む姉妹にリリはあっさりと頷いてみせた。
「いいですよ。こちら、差し上げます。占いの仕方は……」
どうしようかな、と思案する。
まだ、説明書は作っていないのだ。
こちらの世界の言語で、イラスト付きの説明書をクロエたちに協力して作ってもらう予定だったのだが──
「口頭で説明してくれればいいわ! 筆記官にお願いして、書き記させるから」
華やかな笑みを浮かべたキャロラインの提案に、リリはこくりと頷いた。
それなら、こちらも楽だ。
「いいですよ。では、まずはカードの扱い方から説明しますね」
リバーシとジェンガだけでなく、タロットカードまで侯爵家にお買い上げいただいてしまった。
金貨三百枚も稼がせてもらったので、無料でお譲りするつもりだったのだが、せめてこのくらいは、と金貨を握らされた。
(六千円で購入したタロットカードが十万円で売れてしまいました……)
輸入物ではあったけれど、まさかここまで高値が付くとは。
だが、ローザ曰く、これでも安いらしい。マジックバッグに収納している金貨の量が凄まじいことになりそうだ。
『リリは凄腕の商人だねぇ』
「うむ。シオンも神の国で誇らしく思っていることだろう」
「……おばあさま、呆れていらっしゃると思うの」
何だか申し訳ない気分になったので、日本から持ち込むゲーム類はすべて侯爵家に丸投げして、少しでも領地が豊かになることを祈ろうと思う。
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