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170. 販促会議
しおりを挟むジェンガとリバーシの製造販売に関してはヴェローナ侯爵家にお任せしたので、タロットカードは雑貨店『紫苑』で動くことになった。
閉店作業を終えた後、リリは使い魔たちと一緒に魔法の扉を使って、日本へ転移している。
雑用を片付けがてら、ついでにショッピングモールで夕食を食べてきたのだ。
クロエたちと正式な従魔契約を交わせたおかげで、リリはゆったりと仕事をこなせるようになってご機嫌だ。
(魔法のドアで皆も転移ができるようになったから、それまでは私しかできなかった仕事を分散できて、楽になったわ)
『紫苑』王都店への納品は特に量が多いので大変だったのだ。
その他にもバリシアホテルへのマヨネーズの納品もある。
こちらは業務用サイズのビン詰めマヨネーズを月に二度、料理長に手渡していた。
おまけに貰えるスコーンとパウンドケーキがリリの楽しみだ。
異世界の材料で作られた、魔素入りの焼き菓子はお腹も魔力も満たしてくれる、最高のおやつである。
バリシア牧場でミルクや乳製品、アゲットの街で野菜や果物の購入もセオが担当してくれるようになったし、通販で購入した荷物の受け取りや、ちょっとしたお使いにもクロエたちが行ってくれるようになって、とても助かっていた。
そのお礼として、たまに閉店後に日本のショッピングモールに出掛けて、買い物や外食を楽しんでいるのだ。
この日も、フードコートで食事を済ませた後で、モール内の書店やゲームショップでタロットカードを購入してきたところだった。
「どうせなら、何種類かのカードから気に入った絵柄のものを選んでもらいたいですね」
テーブルに並べたタロットカードはネットで注文したものと合わせても、今のところ、二十七組。
プラスチック製ではなく、紙製のものを選んだので、この数になった。
ちなみにいちばん面倒そうだな、と考えていた説明書はヴェローナ侯爵家が連れてきてくれた筆記官が綺麗に清書してくれたので、それをそのまま印刷して使うつもりだ。
テーブルに広げたタロットカードを皆で眺めながらの、販促会議だ。
「説明書にはカードのイラストを挿入したほうがいいですよね?」
「そのほうが分かりやすいですわね。カードによって絵柄が違うので、差し替える必要もありそうですが」
「そうですよね……面倒ですが、頑張ります。本当はフォントも用意ができればいいのだけれど……」
「フォント、ですか?」
クロエが不思議そうに首を傾げる。
「異世界の文字をパソコンで入力できるようになれば、色々と便利そうだと思ったの」
「それはたしかに便利そうですわね」
「リリさま、それは商品の説明文や値札を作ったりも……?」
「当然、できます」
「おお……!」
店内の書き物を一任されているセオが目を輝かせている。
いちばん達筆な彼に値札やポスター、商品説明文や洋服のタグ作りなど、色々とお願いしていたので、フォントが導入されることを喜んでいるのだ。
ちなみに、この異世界フォントについては、従兄である瑠海に相談したところ、快く作成を請け負ってくれた。
なんでも、今は便利なアプリがあるらしい。
この世界の文字は英語のアルファベットと同じ、二十六種類のみなので、作成もそう難しくはないようだ。
(フォント作成のお礼に、何か喜んでくれそうな異世界雑貨を用意しておかないと)
冒険者に興味があるようだったので、銃刀法に引っ掛からないサイズの何かを買ってきてあげよう。
「説明書は複写して、タロットカードと一緒に販売するのです?」
侯爵家のお抱え筆記官さんが書いてくれた紙の束をめくりながら尋ねてくるクロエ。
タロットカードにすっかりハマったようで、やる気がすごい。
「最初はコピーして、手作業で製本する予定でしたが……」
侯爵家の女性陣のはしゃぎぶりを思い出して、リリはふっと遠い目をする。
「……あの様子ですと、タロットカードもたくさん売れそうだと思いまして。そうなると、コピーよりも印刷会社にお願いして製本してもらおうか、迷っています」
「売れるでしょうね、それはもう」
「売れるだろうなぁ。リリは女性人気と言っていたが、侯爵とその息子もカードに興味津々だったぞ?」
「え、そうでした?」
ルーファスの指摘に、きょとんとする。
賑やかな女性陣との会話に集中しており、まったく気付いていなかったが、ルーファス曰く盛り上がる女性たちの陰で熱心にタロットカードをめくっては、精緻なイラストに感心していたようだ。
「意外と男性も気になるものなんですね」
『物珍しいからね。それに絵柄を眺めているだけでも面白いし』
意外にも黒猫のナイトもタロットカードに対して好感触のようだ。
『そのネコの絵柄の神秘的なカードは悪くないと思うんだ』
尻尾の先でちょん、と突いたタロットカードのケース。中身はリリも一目で気に入った黒猫モチーフのタロットカードだ。
「ナイトもこれ、気になりました? 私も一目惚れしたの。貴方に似ている子で、可愛かったから」
販売用に購入したのだが、これはリリもお気に入りなため、自分用にひとつ確保してあるのだ。
照れる黒猫を微笑ましげに見つめていると、背後からどんよりした声が投げかけられてきた。ルーファスだ。
「……ドラゴンの絵柄がないのが気に食わんのだが」
「え、ありますよ?」
「あるのか⁉︎」
あからさまに嬉しそうだ。
魔法のドアを開け放ったままなので、かろうじてネットが繋がっていたので、リリはスマホを見せてあげた。
『ドラゴン タロットカード』で検索すると、いかにも男の子が好きそうな、格好良い絵柄のドラゴンモチーフのタロットカードが大量にヒットする。
「おお、すばらしい! リリィ、なぜこれを注文していないのだ?」
「え……なぜって、女の子にウケが悪そうだったから?」
「くっ……!」
胸を押さえて膝をつくルーファス。そんなにショックを受けるもの?
「まぁ、そうですわね。『紫苑』のお客さまは可愛いものや綺麗なものを好む女の子ばかりですから、ドラゴンはちょっと……ねぇ?」
にんまり笑いながらクロエが言う。
ネージュも天使の笑みを浮かべて、こくりと頷いた。
「ドラゴン、売れないと思う」
「ふっぐぅ……!」
「まぁまぁ、そうやってルーファスさまを苛めたら可哀想ですよ」
「セオ……」
「ちなみに、キツネのタロットカードはたくさんあります。ふふふ」
「くっ……!」
ここぞとばかりに弄られて、ちょっぴり可哀想に思えたので、ドラゴン柄のタロットカードも何個か注文してあげることにした。
ちなみにカラスモチーフのタロットカードもあったので、黒猫、キツネと一緒に当然カートへ突っ込んである。
「……で、肝心のタロットカードのお披露目はどうしましょう?」
ぽつり、とリリがこぼすと、皆は一斉に唸り出した。
「やはり、まずは店での実演では?」
「でも、狭い店内でタロット占いをするのはちょっと……」
『それをやると、きっと自分たちも占って欲しいって大行列ができると思うよ?』
ナイトの指摘に、肩を落とす。
それはそう。王都店の開店日を思い出して、ぞっとする。無理だ。
「まずは少人数、インフルエンサーになれそうなお嬢さんたちに広めるのがいいと思います」
「いいと思いますわ」
「人選はどのように?」
「んん……」
やはり、これもまずは王都店に丸投げ案件だろうか、とリリが思いつめ始めた、その時。
魔法のトランクの家の玄関のベルが鳴らされた。
「こんな時間に、お客さま?」
「いや、どうやら使い魔のようだな」
黄金色の瞳を細めて、ルーファスが言う。
「使い魔ということは……」
「ルチアさまのお手紙ね」
ベルが鳴ったと同時に階段を駆け降りた黒猫が、手紙を咥えて戻ってきた。
予想通り、女辺境伯のルチアからの手紙だった。
さっそくペーパーナイフで開封して、便箋に目を通した。
「ルチアさま、ようやくこの地に戻っていらしたみたい」
リリから託された果実酒を売り込みに王城や各地領主邸を回って営業を掛けてくれていたルチアの、ようやくの帰還だった。
◆◆◆
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