【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
173 / 180

171. 辺境伯と占い師 1

しおりを挟む

「久しぶりだね、レディリリィ。会いたかったよ」

 豪奢な美貌の持ち主である女辺境伯は顔を合わせるなり、笑顔でリリを抱き締めてきた。
 優しくハグされて、リリもそっと、その背中に手を回す。
 トレードマークの縦ロールが鼻先にふれて、ちょっとだけくすぐったい。
 衣装に焚きしめられているのだろう。爽やかなこうの馨しさに、うっとりする。

「私も会いたかったです、ルチアさま。成果はありましたか?」
「もちろんだとも! 王城でのお披露目が大成功でね。社交シーズンでもないのに、ほとんどの高位貴族の方々の領地に招かれてしまったよ」

 にんまりと笑う様子から、成果は上々のようだ。
 日本で仕入れた果実酒に、とっておきの蒸留酒ブランデーは相当高値で売り捌けたらしい。

「ふふ。これまで我が領を下に見ていた連中がこぞって媚を売ってくるさまを眺めるのは最高に気分が良かったよ」

 上質の赤白ロゼのワインはもちろん、白桃やシャインマスカット、ブルーベリーにいちごの果実酒はご婦人方に大人気。
 飲みやすい、甘やかなワインはこれまで酒が苦手だった者にも口当たりが良いと評判で、よく売れたようだ。
 
「味をしめた連中から、すぐに注文が届くようになるから、また納品を頼むよ」
「はい。お任せください」

 にっこりと笑みを浮かべて、握手を交わし合う。
 リリとしてもお手軽価格な大量生産品を十倍以上の金額で買い取ってもらえるので、断るつもりはない。
 ルチアはさらに高値でふっかけて、高位貴族との縁も繋げるので、お互いに良いことしかない商売だった。

「ルチア。りんごの蒸留酒の反応はどうだったのだ?」

 面白そうな表情を浮かべたルーファスに、ルチアは笑みを深めた。

「ああ。カルヴァドスね。あれは凄まじかったよ。毒味係があまりの美味さに呆けてしまって、少しの間、疑われてしまった」

 くすくす笑う美貌の女伯爵に、赤毛の美丈夫がそうだろうとも、と自信満々に頷いている。

「あれは素晴らしい美酒だからな」
「まったくだよ。あの酒を目の前でちらつかせたら、どんなに頑固なドワーフだって呆気なく陥落するだろうね」
「違いない。リリィが使う武器を蒸留酒と交換で打たせてみるか」
「ああ、それはいい。伝説の武器が手に入りそうだね」

 なんだか物騒な会話に巻き込まれそうになって、リリは慌てて話題を変えた。

「りんごが丸ごと入ったお酒はどうでした?」

 王様主催の夜会パーティが少しでも盛り上がったのかどうか、気になっていたのだ。
 ルチアは大仰な所作で優雅に一礼して、教えてくれた。

「特別な振る舞い酒として、グラス一杯のみ下賜されたよ。それはもう素晴らしく盛り上がったのは間違いない」

 視覚的なインパクトを与えるために、瓶ごと会場に運ばせて披露したのは、さすが人心掌握に定評のある王族だと、くつりと喉を震わせて笑うルチア。

 ちょっとだけ、やさぐれて見えるのは疲れているからだろう。
 昨夜遅くに辺境の地に帰り着いたところなのだ。
 申し訳ない気持ちで、リリはルチアをリビングに招いた。

「どうぞ。今日はルチアさまの慰労会です。日本のお菓子をたくさん用意していますので、楽しんでくださいね」
「おお……! 色とりどりで美しい菓子がたくさんあるね。ありがとう、レディリリィ」

 ルチアのために大急ぎで、日本まで出向いて買ってきたスイーツだ。
 侯爵家への手土産にしたのと同じ、タルトの有名店で購入した季節のフルーツタルトをテーブルいっぱいに並べてある。

「こちら、ルチアさまが気に入っていらしたシャインマスカットのタルトです」
「まるで宝石のように美しいね」
「味も美味しいんですよ?」
「こちらはいちごとピスタチオのレアチーズタルトケーキですわよ。ご覧になって。この、紅玉ルビーもかくやの華やかさ!」

 クロエも一推しのフルーツタルトをルチアにおすすめしている。
 ネージュはイチジクのタルト、セオはモンブランを選んでくれた。
 ちなみにナイトは濃厚なチョコレートタルトを選んでくれた。
 どれもホールサイズで購入して、一切れずつ味わう、なんとも贅沢なお茶会を楽しんだ。

 タルトのお供は香り高い紅茶を。
 それとは別に、ルーファスが用意したのはスイーツとの相性がいいシャンパンだ。
 さっぱりとした口当たりで有名な甘口のシャンパンは、濃厚なデザートの邪魔をしない名脇役。

「どれも絶品だよ。ありがとう」

 美味しいタルトケーキと紅茶、冷えたシャンパンを堪能しつつ、ルチアの武勇伝に耳を傾ける。
 女性陣がもっとも興奮したのは、特注のマーメイドドレスを身に纏ったルチアのダンスシーンだ。

「私はこの通り、女性にしては体格が立派だろう? レディリリィが用立ててくれたヒールを履いたら、ダンスの相手になれるのが騎士しかいなくてね」

 臨時のパートナーとして、引っ張り出されたのが、なんと屈強な騎士団長だとか。
 三十半ばの年齢の強面な騎士団長と踊る、エルフの美女。

「想像するだけでも、うっとりしますね。とても迫力がありそうです」
「素敵ですわね! ぜひ、実物を拝みたかった……」

 メイクと着付け担当としてルチアと共に王都に出張していたクロエだが、さすがに城には入れなかったのだ。
 とても悔しそうにしているが、その気持ちはよく分かる。

「漫画で読んだのに、似てる。私も見たかった……」

 お留守番組のネージュも残念そう。
 最近、白黒姉妹は日本の少女漫画にハマっているのだ。
 映画やアニメは仕事終わりの夜のひと時の楽しみにしていたが、本なら、この世界でも読める。
 二人にねだられて、リリが選んだのは流行りの異世界恋愛もののコミックスだ。
 いきなり学園ものを渡すよりも、ファンタジー風な物語の方が読みやすいだろうと考えたのだが、すっかり夢中になって読み耽っていた。

「男装の麗人な令嬢が、無骨な騎士団長とダンスを踊るシーンは神作画だったわ」
「ん、いつもは男の子みたいなのに、ドレスアップして化粧をしたら、美少女になって騎士団長がドキドキする」

 うっとりする双子に、ルチアが苦笑する。

「残念ながら、そんな甘い空気はなかったなぁ。それよりも、王都の可憐なお花ちゃんたちと踊れたのが楽しかったよ」
「可憐なお花ちゃんたち……」

 言うまでもなく、貴族のご令嬢、ご婦人方なのだろう。
 女子校に通っていたリリは、こちらも想像がついた。

(ものすごーく、女性にもてていたんだろうな、ルチアさま……)

 そこらの男より、よほど彼女の方が優しく、紳士的なのだ。
 下心もない分、ご令嬢方は安心して身を委ねることができたはず。
 
(そして、ドレスアップしたルチアさまの美しさに殿方も気付いたことでしょう。彼女の機嫌を損ねると、美酒も手に入らないと知らしめることもできた)

 日本で仕入れた果実酒や蒸留酒はルチアを介さないと入手は不可能。
 一度でも、あの味を知ると、いつものワインでは物足りなくなるはず──

「レディリリィのおかげで懐は温まったし、良い縁を結ぶことができたからね。こちらこそ礼を言わせてほしいくらいだ」

 王妃や侯爵夫人、公爵令嬢などの高貴なご婦人方も特別な化粧品を献上したことで懐柔しているのだ。
 今や、すっかり時の人となったルチア辺境伯に表立って対抗する勢力はいない。

 甘いミルクをお腹いっぱい飲んだ子猫のようにご機嫌なルチアに、リリはひとつだけおねだりをすることにした。

「ルチアさまに、協力していただきたいことがあるのですが……」

 視線を向けると、心得たように頷いて、どこからか取り出したタロットカードをテーブルに置くクロエ。

「……ふむ? とても美しい絵だね」

 物珍しそうに手に取って眺める、好奇心旺盛なエルフを見据えながら、リリは口を開いた。

「そのタロットカードを広めるお手伝いを、お願いしたいのです」
 
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...