【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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172. 辺境伯と占い師 2

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 グリフィス辺境伯のお茶会の招待状は、周辺の令嬢や奥方にとっては喉から手が出るほど欲しいもの。
 
 エルフの麗人であるルチアは類い稀なる美しさを誇り、そして女性に優しい。
 そこらの男性より、よほど紳士的ジェントリなのだ。

 さらに最近は、領内の雑貨店『紫苑シオン』で入手した、美しい茶器と美味しいお茶や菓子でもてなしてくれるようになったため、グリフィス辺境領周辺の貴族令嬢やご婦人方は首を長くして、不定期に開催されるお茶会を楽しみにしていた。



 秋の訪れを感じる、夏の終わり頃。
 王都や他領へ出向いていたルチア辺境伯がようやく領地へ帰還した。
 その七日後、満を持してのお茶会が開催されたのだった。

 幸運にも招待状を手にした貴婦人たちはこぞってドレスアップして、辺境伯邸へと赴いた。

 涼しくなったとはいえ、まだ晩夏の頃。
 ガーデンパーティは諦めて、快適な室内でのお茶会だ。
 今回のお茶会は雑貨店『紫苑』が全面的にバックアップしての、催しとなる。

 クロエとネージュの二人と相談しつつ、リリは辺境伯ルチアにアフターヌーンティー形式のお茶会を提案した。
 ケーキスタンドやティーセットにケーキを飾る皿、カトラリーなどをすべて取り揃え、茶葉に菓子の材料も提供する。
 今後も定期的に茶会を開く予定だと耳にしたので、焼き菓子のレシピを辺境伯邸の料理人に伝授した。

 軽食用のサンドイッチに使う食パンはジェイドの街で出回っているものを使うことにして、マヨネーズやマスタードソースなどの調味料を購入してもらう。
 スコーンとクロテッドクリームはレシピを覚えたセオに実演してもらい、リリはその間、他の料理人にサンドイッチの作り方を教えた。

 瑞々しいキュウリ、スモークサーモン、チーズに卵、生ハムにトマトを挟んだミックスサンドだ。
 摘みやすいよう、一口サイズに。
 バリシアホテルに提供したのと同じレシピにした。

 お茶会のメインはロールケーキを選んだ。フルーツを挟んだロールケーキは見栄えがするわりに、作りやすい。
 クリームとフルーツをたっぷり使えば、贅沢な気分を味わえるので、基本を覚えておけばアレンジもしやすいだろう。
 
 女性を喜ばせるには、味だけでなく見た目も大事なので、愛らしいシェル型フィナンシェと型抜きクッキーの作り方も教えた。
 日本で購入しておいた、お菓子の型が大活躍だ。
 こちらの世界では砂糖が高級品なので、これも日本から持ち込んである。
 ジャムや蜂蜜は異世界産のものの方が魔素入りで美味しいので、基本的な材料はルチアに用意してもらった。

 もちろん、皆が期待しているスミレの砂糖漬けも抜かりなく配置してある。
 見た目の愛らしさを考えて、今回はマカロンも持ち込んでみた。
 ラズベリー、ストロベリー、キャラメル、バニラ、ピスタチオにチョコレート。
 色とりどりの、ころんとした愛らしいお菓子には辺境伯邸のメイドたちも歓声を上げていた。

「初めて見ました! 綺麗なお菓子です」
「どんな味なのか、想像もつきません」

 興奮する彼女たちにも味見してもらったところ、大絶賛されたので、お茶会でも受け入れられることを期待しておく。

 茶葉はアッサムを選んだ。
 ストレートで飲んでもコクのある美味しい紅茶だが、ミルクとの相性もいい。
 
「お土産は日持ちのするパウンドケーキとアイシングクッキーにしましょう」

 パウンドケーキも料理人にレシピを渡して、人数分を焼いてもらう。
 魔素たっぷりのドライフルーツ入りのパウンドケーキだ。
 バターはバリシアの牧場から購入した上質なものを使っているので、これまた絶品。

「アイシングクッキーは私たちで焼いたのですよ」
「ん、楽しかった」

 アイシングクッキーは『紫苑』のノベルティとして人気なため、レシピは秘密にしてある。
 なので、使い魔の皆に手伝ってもらって、大量に作ったのだ。
 料理はあまり得意ではないクロエとネージュには型抜き作業を、手先が器用なセオにはアイシング作業をお願いした。
 リリは可愛らしくラッピングを施し、ルチアに書いてもらったメッセージカードを添える役割を頑張った。

 お茶会の準備は万全。
 あとは肝心の、タロットカードのお披露目である。
 美味しいお茶とお菓子、気の利いた会話を楽しんだ後で、ルチアから紹介してもらう手筈だ。

「……あとはお願いしますね、セオ」
「ふふ。お任せください、リリさま」

 リリに声を掛けられたセオが嫣然と微笑む。
 いつもの邪気のなさそうな笑みとは質の違う蠱惑的な表情に、どぎまぎしてしまったことはルーファスには内緒にしておこう。


◆◇◆


 ルチア・グリフィス辺境伯が主催するお茶会に、近隣諸領のご婦人方はこぞって参加した。
 辺境伯の派閥にあたる地方貴族──伯爵に子爵、男爵に準男爵家のご夫人やご令嬢が華やかに着飾って、辺境伯邸に集まった。

「庭に咲く自慢の薔薇が霞むほど、美しい花々が勢揃いしましたね」

 本日のルチアも礼装に身を包んでいる。
 豪奢な金髪をベルベットリボンでまとめて、華やかなフリルブラウスと細身の燕尾ジャケット、トラウザースとヒールブーツの男装がとてもよく似合っていた。
 王城で披露した、舞台向きの男装メイクのおかげで、いつもより男振りが上がっているため、目にしたご令嬢が黄色い悲鳴を上げて、母親に叱られている。
 娘を小声で叱責した伯爵夫人たちもこっそりルチアに見惚れていた。

(以前から、とても目を惹かれる方でしたが、ますます美しさに磨きが掛かっていらっしゃるわね……)

 美しさに定評のある舞台俳優よりも、よほど男前だ。いや、もはや性別という段階を越えているように思う。
 
 そんな美貌の辺境伯が惜しげもない笑みを浮かべて、優雅な所作で彼女たちを手ずからエスコートしてくれるのだ。

(まるで、お姫さまになったような気分……)

 年若い令嬢なんて、イチコロだ。
 頬を染めて、うっとりと見惚れている。

 茶会の席も華やかなものだった。
 丸テーブルには見たこともないほどに綺麗な菓子が三段に飾られている。

「これはケーキスタンドですわね。避暑地のホテルで見たことがあります」
「ふふ、さすが流行に敏感だ。バリシアホテルでも人気のスイーツを我が家でも用意したので、楽しんでくれるかい?」

 スコーンとパウンドケーキはバリシアホテルでも定番のスイーツだ。
 避暑地を訪れたことのあるご婦人方の中には口にした者もそれなりにいる。
 だが、今回披露したマカロンは高価な菓子を食べ慣れた面々にも衝撃を与えた。

「なんて、不思議な食感でしょう……!」

 さくりとした軽やかな食感と、口の中でふわりと溶ける感覚に驚いている。

 ルチアも初めて口にしたマカロンのことを「クッキーとレディリリィが食べさせてくれた、マシュマロという菓子を足して二で割ったような生地だな」と感心したものだ。
 ガナッシュクリームやジャムの甘味と酸味もほどよく、不思議な後味のある菓子だと思う。
 正直に言うと、もっとどっしりとした焼き菓子の方が好みだったが、可愛いものが大好きな乙女たちのハートをマカロンは直撃したようだった。

「ルチアさま、このお菓子とっても美味しいですわ!」
「形も色も可愛くて、見ているだけでも幸せな気持ちになります」
「色々な味が楽しめるのが気に入りました」

 とても好評なようで、ルチアはほっとする。
 
 ちなみにフルーツたっぷりのロールケーキも絶賛された。
 バターたっぷりのフィナンシェはもちろん、イチゴのジャムで飾られた花の形のクッキーも笑顔で楽しんでもらえていたようだ。
 軽食代わりのサンドイッチも菓子の合間に摘んで食べるのにちょうどいいと喜ばれ、お茶会は大成功。

 かつてないほど盛り上がったお茶会だが、ここでルチアが動いた。

「今日はちょっとした余興を用意してあるんだ。過去と現在、そして未来を占うことのできる、神秘的なレディを紹介しよう」

 辺境伯邸の侍従がドアを開けると、漆黒のシンプルなドレスを身に纏った女性がルチアの傍らに歩み寄った。
 ドレスと同色のヴェールで顔を隠した、年齢不詳の貴婦人だ。
 ダークブロンドと白い肌、そして鮮やかな紅をさした形の良い唇が目を惹く。

「どなたか、試してみませんか?」

 ルチアに片手を引かれ、は優雅な所作で一礼した。
 
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