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174. スイートポテトとあらたな旅立ち
しおりを挟む王都と辺境伯領から始まった、タロットカードのブームは凄まじく、雑貨店『紫苑』はおかげさまで大繁盛。
数に限りがあるため、タロットカードセットはかなり強気の価格で販売したのだが、あっという間に完売した。
高貴な方々は流行に敏感なのだ。
ひとまず上流階級に出回ったため、リリは販売数をしぼって店頭に出すことにした。
最近では、木版画でタロットカードを作成して販売する商会も出てきたようだ。
『むむっ! うちの真似をするなんて、許せないね。ちょっと締めてくる?』
可愛い顔をして、リリに対してはやたらと過保護な黒猫の一言に、慌てて首を振った。
「締めなくていいから。廉価版が市場に流れてくれたほうが、ちょうどいいわ」
『……そう?』
はたり、と尻尾を揺らしながら小首を傾げる黒猫。可愛らしい仕草に、リリはつい手を伸ばして喉元をくすぐってしまう。
「王侯貴族やお金持ちな人たちばかりに流行っても、数は知れているもの」
『まぁ、そうかもね。ビミョーな出来のタロットカードでも買った人がハマったら、その内、『紫苑』で買ってくれるかもしれないってコト?』
「ふふ。そうなると嬉しいわね」
ともあれ、どうにか大波を乗り切った今、リリたちはようやくのんびりとお茶を楽しむ時間を持つことができている。
本日のお茶菓子はスイートポテト。
アゲットの街でルーファスが買ってきてくれたアマイモだ。サツマイモとよく似た品種で、上品な甘さが人気らしい。
せっかくなので、そのアマイモを使ってスイートポテトを作ったのだ。
オーブンでしっとりと焼き上げたアマイモの皮を剥き、手早く潰しながらバターに生クリーム、ミルクを投入。
味見をして少し物足りなかったので、聖域産の蜂蜜を足してみた。
コッコ鳥の卵の黄身を加えて、火をかけた小鍋でねっとりするまで練り上げると、楕円形に成形してオーブンで焼き色を付けるだけ。
それほど面倒な作業ではなかったので、力が強すぎて不器用なルーファスにも手伝ってもらうことができた。
完成したスイートポテトとほうじ茶で、まったりと午後のひとときを楽しんだ。
日本のデパ地下で購入した焼き菓子と比べて、シンプルすぎるスイーツだったが、使い魔の皆は気に入ってくれたようだ。
「優しい味ですわね」
「おいもの、焦げたところが好き」
白黒姉妹がうっとりとスイートポテトを味わう。セオなんて、もう二個目だ。
ルーファスも大きく口を開けて、豪快にぺろりと平らげている。
黒猫のナイトも小さな舌でこそげるようにして味わってくれていた。
「ほうじ茶と合う……」
ほうっ、と息をつきながら、フォークで一口サイズにしたスイートポテトを頬張る。うん、美味しい。
ゆっくりと飲み込むと、お腹のあたりがじわじわと温かくなる。
魔素が巡っているのが、よく分かった。
アマイモとミルク、バター、蜂蜜、コッコ鳥の卵。
生クリーム以外はすべて異世界産なため、魔素たっぷりのスイートポテトはリリにとっては甘露に等しい。
「やっぱり異世界の食材を使って、ちゃんと料理をしたほうが良さそうね」
「ここしばらく多忙だったから、仕方ない。市販品ばかり食べていたからな」
ルーファスもしみじみと言う。
『にほんの食事は美味しいけれど、そればかりだとリリが弱ってしまうものね』
由々しきことだ、とばかりに黒猫が嘆息する。厄介な病気持ちなため、申し訳ない気持ちだ。
「そうね……。お店のほうも落ち着いたようだし、異世界の美味しい食材を探しに、また旅に出るのはどうかしら?」
そう提案してみると、ルーファスがぱあっと顔を輝かせた。
「それはいい! リリィはもっとこの世界を旅してみたいと言っていたものな」
前回は、避暑地であるバリシアの街を観光した。
旅の途中、湖で釣りを楽しんだり、牧場で美味しいミルクやチーズ、バターを手に入れることができたのは良い思い出だ。
(ローザさんと出逢ったのも、バリシアの街だったわね)
急遽、バリシアホテルで雑貨店『紫苑』の特別販売会を開催することになったのも懐かしい。
楽しかったけれど、のんびりとは程遠いバカンスになった気がする。
「次はもう少し、のんびりと観光したいかも」
ぽつりとリリがこぼすと、ルーファスが深く首肯する。
「そうだな。綺麗な景色を眺めて、美味しいものを食べて、まったりするといい。ここしばらく、リリィはずっと多忙を極めていたからな」
ルーファスなりに心配してくれていたようだ。
『じゃあ、何処に行く?』
ぴょい、っとテーブルに飛び上がった黒猫が空中から地図を取り出した。
食器を片付けたテーブルにその古ぼけた地図を広げる。
クロエとネージュ、セオも興味深そうな表情で覗き込んできた。
「……お前たちは店があるのだから、行けないぞ?」
「えー⁉︎ ずるいです、ルーファスさまだけっ!」
「わたくしたちもリリさまと旅行がしたいですわ」
「ん、美味しいもの、一緒に食べたい」
じとっと一斉に上目遣いで訴えられたルーファスが怯んだ。
ナイトがやれやれと首を振る。
『あとから、魔法のドアを使って合流したらいいんだよ。ただし、休日だけね?』
筆頭使い魔の提案に、三人は渋々と頷いてみせた。さすがの貫禄である。
「ありがとう、ナイト」
『ボクはリリの使い魔だからね!』
いつものやりとりの後、額を突き合わせて、しばし黙考。
どうせなら、前回向かったバリシアとは正反対の方向に向かってみたい。
季節はいつの間にか、秋の終わり。
曽祖母が亡くなって移住したのは初夏の頃だったのに、あっという間の数ヶ月だった。
少し肌寒くなってきたので、寒冷地は避けたい。
「暖かい地方がいいですね」
「ふむ。なら、海はどうだ?」
「海?」
つ、とルーファスが指で示したのは、ジェイドの街から、更に南に向かった先にある土地だ。
山をみっつ越えた先になるが、南国だけあって、比較的に温暖な気候の港町があるらしい。
「南の海……」
この世界では水棲の魔物もいるため、泳ぐことはできないようだが、のんびりと南の海を眺めるのは楽しそうだ。
それに何より──
「新鮮な魚介類を手に入れるチャンスでは……?」
はっと顔を上げると、ルーファスとナイトがニヤリと笑う。
「ずっと食べたがっていただろう? 新鮮な刺身を」
「う……」
『にほんで食べさせてもらったお寿司、美味しかったよねぇ……』
思い出すとたまらない、といった風にぺろぺろと肉球を舐める黒猫ナイト。
クロエとネージュ、セオも期待に目を輝かせている。
伯母に連れていってもらった二つ星の回らないお鮨はとてもとても美味しかった。
だが、異世界産の魔素をたっぷりと孕んだ新鮮な魚介類はその味を軽く凌駕することは確実──
「行きましょう、海」
重々しい口調でリリは宣言する。
『美味しい魚を食べに行こう!』
にゃーん、と黒猫が高らかに鳴いた。
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