【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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175. 海へ行こう 1

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 ふたたび、キャンピングカーの旅に出ることが決まった。

 のんびり景色とおしゃべりを堪能しながら車を走らせる喜びを知ったルーファスは、もうドラゴンの姿に戻った自分の背に跨がればいいとは言わなかった。
 その代わり、今回の道中も運転するのだと張り切っている。

「まぁ、ルーファスが運転してくれるなら、私は楽だから助かるけれど……」
「うむ。運転は俺に任せてくれ。リリィは景色を眺めているといい」

 黒猫のナイトは運転には興味がないため、そ知らぬ顔で自慢の毛並みのお手入れに余念がない。

「リリさま、目的地に到着したら、ちゃんと招いてくださいね?」

 上目遣いで訴えてくるクロエに「もちろんよ」と頷いておく。

「……約束」
「はい。約束です。指きりしましょうか」
「あ! 僕も! 指きりしたいです」

 そっと服の袖を引いてねだってきたネージュに冗談を口にしたら、なぜかセオが食い付いてきた。

「指きり。映画で観た、あれですわねっ? リリさま、わたくしもしたいです!」
「三人はともかく、なんでルーファスやナイトまで並んでいるの……?」
「俺もリリィと指きりがしたいからだが?」
『ボクだけ仲間外れにするつもりなの、リリ』

 そう訴えられると弱い。
 仕方なく、クロエとネージュ、セオの後でルーファスとナイトとも指きりした。
 ちなみに黒猫のナイトとは小指を絡めることができなかったのだが、代わりにピンクの肉球で揉んでもらった。

「これはただのご褒美では」

 素敵な感触の余韻に浸っていると、黒猫が「みゃ?」と鳴きながら、こてんと小首を傾げた。
 きゅるん、と潤んだ空色の瞳。可愛すぎる。この指きりはクセになりそうだ。

「あざとい!」
「ずるいですわっ! そんなの、絶対リリさまがメロメロになってしまいます!」

 セオとクロエが騒ぐのを、ぺろぺろと顔を洗いながらスルーするナイト。
 ルーファスは自分の手をじっと見下ろして、切なく呻いた。

「ドラゴンには肉球がない……」
「残念ながら、ドラゴンにはないですね。というか、ドラゴン姿のルーファスとの指きりはもっと難しいかと」

 なにせ大きさが違いすぎる。
 たぶん、ドラゴンの小指とリリの手首が同じくらいの太さなのだ。
 それにあの鋭い爪に触れられると、リリの柔肌はすぱっと切れることが容易に想像できる。無理。こわすぎる。

「では、指きりも済ませたことですし、そろそろ出発しますね」

 二度目の旅なので、以前よりも気楽だ。
 荷物はルーファスとナイトに預けてある。すぐに使うもの以外は、彼らの収納魔法にしまってもらえば安心だった。
 ストレージバングルには旅の間の食料を、ショルダー型の魔法の鞄には着替えを詰めれば、あとは魔法のトランクを持ち出すだけでいい。

 今回の旅路では山をいくつも越えていく予定なため、宿はあまり期待できそうにない。
 キャンピングカーに泊まってもいいのだが、せっかく魔法のトランクがあるのだ。
 景色のいい場所に、魔法の家を『展開』して快適に過ごす予定だった。

「三人と正式に従魔の契約を交わしたおかげで、安心して後を任せられます」

 前回の旅では、雑貨店『紫苑』の商品補充のために数日おきに戻らないといけなかったけれど、今では彼らも魔法のドアを通って日本へ行けるのだ。
 宅配ボックスに届く荷物は定期的に回収してもらい、ジェイドの街の本店と王都店の在庫管理もすべて三人に任せてある。

 日本でレシピ本を購入したセオが皆の食事係を担当してくれるため、リリが頻繁に戻る必要もない。

「アニメや映画が観たいからといって、あまり夜更かしをしてはダメですよ?」

 これだけは心配なので、念押ししておく。
 日本の娯楽にすっかりハマった三人の楽しみは、魔法のドアで日本へ転移して、サブスクでアニメや映画を鑑賞することなのだ。
 日本での『魔女の家』のリビングはすっかり彼らのお気に入りの場所となっている。
 
「平日は、一日一本だけ。そのかわり、休日は見放題。ちゃんと約束は守りますよ!」
「ん、お小遣いも使いすぎないようにする」
「約束しましたもの。一日三千円まで。ちゃんと我慢しますわ!」

 三人を信頼して、休日のみ日本で買い物をするのも許してあげているのだ。
 最寄りのコンビニといつものショッピングモールのみ許可しているため、彼らは休日をそれはもう楽しみにしていた。

「では、行ってくる」
『ちゃんと働くんだよ?』
「いってきます」

 笑顔で手を振り、ルーファスの運転でジェイドの街を後にした。


◆◇◆


 馬車よりは早いが、のんびりとしたスピードで舗装されていない道を進む。
 街を囲う砦を抜けた後はひたすら何もない平原をキャンピングカーで駆け抜けた。
 何もないとはいえ、見渡すかぎりの草原なため、小型の魔獣やゴブリンのような魔物はそれなりにいる。
 が、人を見ると襲い掛かってくるダンジョンモンスターと違い、野生の魔獣はキャンピングカーを恐れて寄ってこなかった。
 ただしくは、ルーファスの気配を察知して、逃げ出したのだろう。
 魔獣よりも賢いゴブリンの集団さえ、こちらを警戒しているようだ。
 
 この辺りにはダンジョンもなく、危険な魔獣もいないとあって、黒猫のナイトはリリの膝の上で爆睡中。
 片手で天鵞絨ビロードのような艶やかな漆黒の毛並みを楽しみながら、リリは読書に勤しんでいる。

「何を読んでいるんだ、リリィ?」
「薬草図鑑の中級編です。初級編は読破したので」
「勉強熱心だな。あまりこんを詰めると、車酔いするぞ」
「大丈夫です。ナイトから貰った酔い止めのお薬を飲んでおきましたから」

 ナイトから手渡された水薬はほんのり苦かったが、おかげで揺れる車内で細かな文字を追っても気分は上々だった。
 ちなみにリリはそれをただの酔い止め薬だと思い込んでいたが、実際は希少な『状態異常無効化ポーション』であることを知らない。

 一方、ルーファスは『ナイトから貰った』の一言から、どういう物か理解した。

「シオンと共に挑んだダンジョンの下層で手に入れたポーションか……。まぁ、宝の持ち腐れでいるよりもリリィに使われた方がポーションも嬉しいに違いない」

 ぼそりと小声でつぶやく。

「? 何か言いましたか、ルーファス」
「いや。リリィは努力家ですばらしいと思っただけだ」
「ふふ。せっかくだから、移動時間で【鑑定】スキルのレベルを上げておきたくて」

 もともと読書家だったので、勉強も苦にはならない。
 魔素を取り込めるようになり、体調もすこぶる良い。
 体力の回復は集中力にも良い影響があったようで、学ぶことが楽しくて仕方なかった。

「そのうち、またダンジョンに挑むことになりそうでしょう? それまでに薬草と魔獣の知識を深くしておきたいの」

 ルーファスが片眉を上げる。
 意外そうな表情をしているのがルームミラー越しに見えた。
 リリは、むぅと唇を尖らせる。

「レベルを上げて、魔法のドアの転移登録先を増やしたいんです。それに、伯父さまたちから美味しいお肉とポーションも期待されているので……」
「ふっ、そうだな。これから向かう先の港街の近郊にダンジョンがあったはず。規模は小さいが、なかなか面白い場所のようだし、腕試しに挑戦するといい」

 心配性のルーファスがそう言うからには、そこまで危険なダンジョンではないはずだ。

(海の近くにあるダンジョン。どんな場所なのかしら?)

 期待に胸を高鳴らせて、いざ南へ。

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