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177. 海へ行こう 3
しおりを挟むフォレストラビットは、森に棲むウサギの魔獣だ。
ホーンラビットと違い、額にツノはなく、比較的に温厚な気質の魔獣だとルーファスが教えてくれた。
毛皮も上質、肉も美味。
しかも、大型犬サイズなので辺境の民からすれば文字通りに『美味しい』ご馳走なのだとか。
舌なめずりしながら、その味を教えてくれた黒猫は、リリが腕をふるったシュクメルリを幸せそうに平らげた。
『美味しいね! チーズとミルクとフォレストラビット肉の旨味がぎゅっと詰まった味がするよ』
ルーファスも気に入ってくれたようで、テーブルパンでお皿を拭うようにして、最後の一滴まで綺麗に食べてくれた。
「うむ。とても旨かった。以前、作ってくれたクリームシチューと似ている気がするな」
今回作ったシュクメルリの具材はほぼクリームシチューと同じだ。
そこにチーズを足して、オーブンで焼いた料理になる。
クリームシチューと比べると、スープ部分が少なくてチーズが濃厚なため、どちらかといえばフォンデュに近い味に仕上がったように思う。
フォークで刺した肉を口にして、リリはふにゃりと笑った。とろけそうだ。
「うん、美味しい。パンと食べるのも悪くないけれど、ドリア風にしてもいいかも」
刻んだニンニクと一緒にオリーブオイルでじっくり蒸し焼きにしたフォレストラビット肉は、表面が香ばしく、内側はしっとりとやわらかい。
生クリームにバター、ミルク、そしてたっぷりのチーズを惜しげなく使っている、なんとも贅沢な料理だと思う。
チーズ好きな黒猫が夢中でお皿を舐めたのも納得の味だ。
魔素たっぷりの料理を平らげて、体が喜んでいるのが分かる。
ぽかぽか、ふわふわと心地良い気分。
(お酒に酔うのって、きっとこんな感じになるんだろうな)
そう思うほどに、気分が昂揚しているのが自分でも分かった。
食後のお茶を飲んで、リリはほうっと満ち足りたため息をついていた。
「これから向かう土地は、どんな場所なのかしら」
わくわくを楽しみたいから、と。
リリは特に情報を仕入れることはせずに旅立った。
知っているのは、南にある海沿いの街ということだけ。
「港街なら、新鮮な魚介が買い放題よね?」
収納の魔道具であるマジックバッグや、ルーファスたちが使う収納魔法は生き物を収納することはできない。
なので、生食の天敵である寄生虫の類はすべて弾くことができるので、安心だ。
(お刺身にお寿司が食べ放題です!)
想像するだけで、自然と頬が弛んでしまう。異世界産の、魔素をたっぷりと孕んだ魚介の味。
(絶対に美味しいに決まっているもの)
日本滞在中に二つ星の高級店の鮨を堪能したルーファスとナイトもニヤリと笑った。
「うむ。楽しみだな、リリィ」
『にほんで食べた生の魚、美味しかったよねぇ』
リリの肩に腰かけた黒猫が瞳を細めて、上機嫌に喉を鳴らす。くるくる。
振動がくすぐったい。
「お刺身も楽しみですが、シーフードのパスタも食べたいです」
「すぱげってぃ、だな。あれはいい」
『ボクはピザも好きだよ』
「俺はサービスエリアで食べた、丼ものもまた食べたい」
「海鮮丼ですね。ぜひ、食べましょう」
お腹いっぱい食べたばかりなのに、もう食べたい料理についてウキウキと語り合っている自分がおかしくて、リリはくすりと笑う。
「素敵な場所だったら、魔法のドアの転移先として登録しないといけません」
「それはいい。いつでも新鮮な魚が買えるようになるな」
「留守番をお願いしているクロエたちを早く呼んであげないと可哀想だもの」
魔法のドアの鍵は、持ち主であるリリが魔力を込めると『合鍵』を作ることができた。
正式な持ち主であるリリと従魔契約を交わした者しか使えない合鍵だ。
合鍵を作った時点で登録してある転移先に自由に出入りが可能になる。
その合鍵を使って、クロエたちは日本や王都店の倉庫へ転移ができるのだ。
ただし、機能が限定された合鍵なため、新たに登録先を増やすことや削除することはできない。
(異世界の新鮮な魚介類を定期的に購入できるようになれば、伯父さまたちも喜んでくれそうね)
料理長のレパートリーが増えるのはいいことだと、リリは笑みを深めた。
◆◇◆
魔法のトランクの家を宿代わりに、リリたちはのんびりとドライブを楽しんだ。
山あいは寒暖差が激しいためか、木々が鮮やかな赤に染まっている。
見事な紅葉に見惚れて、何度も車を停めてもらった。
「みんなへのお土産にしましょう」
綺麗な形を保っていた落ち葉を拾う。きちんと加工すれば、栞にちょうどいい。
なんとなく落ち葉を【鑑定】してみると、サトウカエデだった。
「……これ、樹液を煮詰めるとメープルシロップが作れるのでは?」
むむ、と眉を寄せつつ、さらに落ち葉を注視すると、詳細が分かった。
「雪解けの頃、春先の約二ヶ月間にのみ採取できる樹液からシロップが作れるみたい」
「この木から、蜜が採れるのか?」
ルーファスが不思議そうにサトウカエデの木に顔を寄せる。
「……なんの匂いもしないぞ?」
「今はまだ時期じゃないのよ。聖域の蜂蜜があんなに美味しかったもの。きっと、この木から採れるメープルシロップも絶品でしょうね」
『シロップって、パンケーキにリリがかけてくれた、甘い蜜だよね?』
ナイトは覚えていたようだ。
甘い焼き菓子が好きな黒猫はうっとりとヒゲの先を震わせた。
『蜜を搾るの、ボクも手伝うよ、リリ』
「それは嬉しいのだけれど……いいのかしら。勝手に樹液を貰っても」
「大規模な伐採を行えば、国に罰せられるだろうが、個人的な採取には寛容だぞ?」
そういえば、冒険者は森林やダンジョンで採取や狩猟をして糧を得ていた。
問題がないのなら、ぜひ試してみたい。
「それなら、まだ先の話になるけれど、手伝ってもらおうかしら」
『任せて!』
「俺も手を貸すぞ。木を搾りあげればいいのだな?」
不敵に笑って指を鳴らすルーファスは文字通り、木を素手で捻りそうで怖い。
「春になったら、ですよ?」
リリが真顔で念を押すと、残念そうにこくりと頷いた。
「その前に、秋の味覚を採取です」
『まずは海の幸じゃない?』
「そうでした! お刺身が私たちを待っています」
道草もほどほどにしなければ。
とりあえず、綺麗な形の落ち葉をせっせと拾ってストレージバングルに収納することにした。
◆◇◆
片道二日半をかけて、目的地に到着した一行は、海を目にするなり歓声を上げた。
「海です!」
「ああ、海だな」
『海だねぇ』
一行というよりも、もっぱらリリがはしゃいでいる。目を輝かせて喜ぶ少女に、ドラゴンと黒猫が微笑ましげに相槌を打つ。
すぐにでも砂浜を目指して駆け出そうとするリリを落ち着かせて、まずは少し遅めのランチを楽しむことにした。
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