180 / 180
178. 海へ行こう 4
しおりを挟む大型帆船が停泊している、その港はセレスタイト伯が治める領都にある。
穏やかな湾になっており、大型の帆船の寄港地としても賑わっている──はずだったのだが。
ひとしきり砂浜から海を眺めて満足したリリが街の中心部に向かうと、何やら様子がおかしい。
「ずいぶん、静かな港街なのね……?」
辺境の地であるジェイドの街のほうが、よほど賑わっている。
それほど、街の大通りには人が少なく、活気がないように見えた。
「港街には荒くれ漁師が多くいたはずだが、どうも元気がなさそうだな?」
ルーファスも不思議そうに周囲を見渡している。
黒猫のナイトはリリの肩に座り、警戒の体勢を崩さない。
『なんだか、街中のニンゲンたちの気が立っているようだよ。気を付けて』
「うむ。ピリピリした気配を感じるな。リリィ、俺の手を放すなよ」
「そうします」
荒事に慣れていないリリでさえ、おかしな空気を感じているのだ。
キャンピングカーを降りるなり、ルーファスに繋がれた手をそっと握り返した。
「とりあえず、食事ができる場所を探しましょう」
「うむ。そうだな。店選びは任せてくれ」
嗅覚の優れたドラゴンの勘に従うと、たいていハズレがないと知っているリリは、ルーファスに手を引かれるまま、歩を進めた。
「……おかしいな。昼時なのに、食事の匂いがしない」
『闇曜日でもないのに、閉まっている店が多いね』
「そういえば、港街なのにお魚屋さんを見かけません」
新鮮な魚介類を仕入れようと張り切っていたリリはガッカリする。
もしかしたら、早朝の市場でしか販売していないのかもしれない。
(明日の朝、早起きして海鮮市場に繰り出すのも楽しそう)
魚市場の競りの光景を思い浮かべて、リリはワクワクした。
立派なマグロがいたら、是非とも競り落としてみたい。
(丸ごと一匹。一本というのかしら? 料理長なら、綺麗に捌いてくれるはず)
動画でしか見たことのない、マグロの解体ショーを間近で眺められるチャンスだ。
新鮮な希少部位を是非ともお刺身で食べてみたい。異世界マグロの大トロの味を想像するだけで、喉が鳴りそうだ。
「でも、まずは腹ごしらえが先ですね。ルーファス、良さそうなお店はありました?」
「うぅむ。開いている店が少なくてな……。ああ、この店は営業しているようだぞ?」
「じゃあ、ここでランチにしましょう」
ナイトが魔法を使って、姿を消す。
ルーファスが食堂の扉を開けた。店の中からは香ばしい匂いが立ち上っている。
「邪魔するぞ。食事を頼む」
「お邪魔します」
「いらっしゃい!」
店内は昼時なのに閑散としていた。
四人がけのテーブルが五箇所とカウンター席があるが、リリたちの他にはカウンターで食事をしている二人だけしかいない。
不思議に思ったが、おとなしくテーブル席に腰掛けた。
メニューのような物はなかったので、ルーファスが視線を向けると、食堂の店員がおずおずと寄ってくる。
「すみません。旅の方ですよね? 今、この街では新鮮な魚介が手に入らないので、干物か肉料理しか出せないんです」
申し訳なさそうに、初老の女性が頭を下げてくる。
リリは驚いて、目を瞬かせた。
「え……? 海が近いのに?」
「はい。数年に一度、沖のほうに現れる海棲の魔物が湾の近くに現れてしまって、船が出せないんです」
「海の魔物……」
それで、港に活気がなかったのか。
「そういう場合は、冒険者ギルドに討伐の依頼を出すのでは?」
ルーファスが訊ねると、カウンターに座っていた男が顔を顰めた。
「依頼を出しちゃいるが、海の中にいる魔物が相手なんだ。討伐できる冒険者がいないんだとさ」
「王都にいるっていう凄腕の上級冒険者や、エルフの魔法使いでなけりゃ無理だろうよ」
もう一人の男もため息を吐いて、そう訴えてくる。
「ふむ……。まぁ、それはそうか」
『魔法が使えないと、海棲の魔物は引き摺り出せないからねぇ』
ルーファスとナイトも納得したようだ。
海の中だと、剣も矢も届かない。
船で近寄ろうとしても、体当たりで沈めようとしてくるようだ。
湾口のすぐ近くの海域が気に入ったのか。その魔物は街の近くに居座って、動かないらしい。
「もう、かれこれ半月は経つ」
「帆船も出航できないし、漁に舟を出すこともできない」
「……なので、魚料理は干物を調理したものになります。それももう残り少なくて」
頭を下げる店員を、リリは慌てて止めた。
「謝らないでください。そんな状況なら、仕方がないです。あの、その干物料理をお願いします」
「よろしいのですか?」
「ああ。ここへは魚を食べに来たからな。とりあえず三人前で頼む」
「ありがとうございます」
二人なのに三人前と聞いて、一瞬不思議そうな顔をしたが、立派な体格のルーファスを目にして、納得したように頷いている。
カウンター席の二人は、おそらくは漁師だったのだろう。
浮かない表情で、コインを置いて店を後にした。
「海の魔物のせいで、新鮮な魚介が食べられないのは残念です」
「けしからんな。海の魔物など、陸の魔物に比べたらやわいのだから、すぐに倒せそうなものだが……」
『仕方ないよ、ルーファス。今のニンゲンたちは魔法を使えなくなって久しいもの』
テーブルに降り立った黒猫が尻尾をゆらりと揺らす。
大魔女シオンが異世界へ旅立って、八十年弱。
その間に、魔法を使える人族はどんどんと数を減らしていき、今では両手で数えるほどしか、魔法使いや魔女はいないらしい。
(魔法が得意なエルフは人嫌いが多く、深い森に隠れ住んでいるというし、海の魔物を倒せる冒険者は期待できそうにないのね……)
この港街が活気のない理由がよく分かる。住民の中には、街を離れていくことを考える者もそのうち出てくることだろう。
「お待たせしました。白身魚のムニエルです」
「ありがとうございます」
ぼんやり考え込んでいると、料理が運ばれてきた。
アサリのスープとスライスしたパン。そしてメインのムニエルの皿がテーブルに並ぶ。
干物を水で戻して、調理したのだろう。リリがいつも食べているムニエルと比べて、魚の身が薄く感じる。
「いただきます」
まずはスープを一口飲んでみる。
アサリとキノコのスープは小魚で出汁を取っているようで、とても美味しい。
アサリの身もよく肥えており、満足できる味だ。
「旨いな」
『うん、おいしいね。貝なんて、初めて食べたよ』
「船が出せない分、砂浜で貝を掘ったり、投網でどうにか小魚を手に入れているんです」
笑顔で店員が教えてくれた。
魔素をたっぷり含んだアサリに、リリは感動する。
小さな貝がこれほど美味しいのだ。きっと、お魚はもっと素晴らしいに違いない。
わくわくしながら、ムニエルをナイフで切り分けて口に運んだのだが──
「……あれ?」
あまり、美味しくない。
というか、微妙な味だった。干物だからか、塩味がキツく、ほんのりエグ味を感じる。身もべしゃっとした食感で、ムニエルらしさからはほど遠い出来栄えだ。
ルーファスも何とも言えない表情を浮かべながら咀嚼している。
ナイトはもっとあからさまだ。
一口かじったムニエルから顔を背けて「もういらない」と拒否の姿勢。
『時間が経てば、魔素が抜けるから』
そう言えば、以前にも教えてもらっていた。干物にすれば長持ちはするが、魔素が抜け切ってしまい、美味しく食べられないのか……。
楽しみにしていた分、リリのショックは大きい。
「美味しいお魚……」
しょんぼりする少女を目にして、ルーファスは慌てた。
「リリィ、可哀想に。楽しみにしていたものな。悲しいのも仕方ない。すぐに市場で立派な魚を探してやろう」
『この様子じゃ、市場に出回っていないんじゃない?』
「くっ……」
黒猫ナイトの予想通り、食事を終えて向かった市場には、新鮮な魚は見当たらなかった。
子供たちが採取した貝を桶一杯分だけ買うことができて、リリはほっと胸を撫で下ろす。
「今日のディナーはクラムチャウダーです」
残念ながら、新鮮な刺身やお寿司、海鮮丼の豪華な夕食は諦めることになった。
◆◆◆
【宣伝】です↓
『魔法のトランクと異世界暮らし~魔女見習いの自由気ままな移住生活~①』が12月17日発売予定です。
書き下ろし特典SS付きになります。
よろしくお願いします!
他社出版社からの刊行となりますので、発売日前後でアルファポリスでの連載は非公開にします。
以降はカクヨムでの連載のみになります。
◆◆◆
797
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(150件)
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
えぇ~、アルファポリスで読めなくなるんですか?カクヨムは老眼にはキツいのに😓
遅くなりましたが、1巻発売おめでとうございます🐾
そんな野望は…
私も抱いちゃうよ〜
異世界グルメ旅 ŧ‹"(o'ч'o)ŧ‹"ŧ‹ 💕
海の側だけに貝やカニなど魚介類がドロップ!
出現する魔物も魚介類w カニの魔物はかなりデカいから食べ応えがありそう……それこそ脚1〜2本でグラタンやコロッケなど全てのカニ料理が満喫出来るくらい
魔素がたくさん含まれるから絶品でお土産に持ち帰った分は数日で食べ尽くされると予想。特にウニやイクラはその日のうちに消費されると想像出来るww
魔物肉でアレだったから魚介類も同じようになるから商談兼食事会を開いたら彷彿とさせる顔で契約するんだろうね〜。その食事会に選ばれなかった人たちはかなり残念がるだろうね
異世界の海の幸、どれも美味しそうですよね!
魚介類ドロップするダンジョンが会ったら、ウキウキで通いそうですね、使い魔さんたち。
海堂家の商談が捗ること間違いなしです✨