【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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178. 海へ行こう 4

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 大型帆船が停泊している、その港はセレスタイト伯が治める領都にある。
 穏やかな湾になっており、大型の帆船の寄港地としても賑わっている──はずだったのだが。

 ひとしきり砂浜から海を眺めて満足したリリが街の中心部に向かうと、何やら様子がおかしい。

「ずいぶん、静かな港街なのね……?」

 辺境の地であるジェイドの街のほうが、よほど賑わっている。
 それほど、街の大通りには人が少なく、活気がないように見えた。

「港街には荒くれ漁師が多くいたはずだが、どうも元気がなさそうだな?」

 ルーファスも不思議そうに周囲を見渡している。
 黒猫のナイトはリリの肩に座り、警戒の体勢を崩さない。

『なんだか、街中のニンゲンたちの気が立っているようだよ。気を付けて』
「うむ。ピリピリした気配を感じるな。リリィ、俺の手を放すなよ」
「そうします」

 荒事に慣れていないリリでさえ、おかしな空気を感じているのだ。
 キャンピングカーを降りるなり、ルーファスに繋がれた手をそっと握り返した。
 
「とりあえず、食事ができる場所を探しましょう」
「うむ。そうだな。店選びは任せてくれ」

 嗅覚の優れたドラゴンの勘に従うと、たいていハズレがないと知っているリリは、ルーファスに手を引かれるまま、歩を進めた。

「……おかしいな。昼時なのに、食事の匂いがしない」
『闇曜日でもないのに、閉まっている店が多いね』
「そういえば、港街なのにお魚屋さんを見かけません」

 新鮮な魚介類を仕入れようと張り切っていたリリはガッカリする。
 もしかしたら、早朝の市場でしか販売していないのかもしれない。

(明日の朝、早起きして海鮮市場に繰り出すのも楽しそう)

 魚市場の競りの光景を思い浮かべて、リリはワクワクした。
 立派なマグロがいたら、是非とも競り落としてみたい。

(丸ごと一匹。一本というのかしら? 料理長なら、綺麗に捌いてくれるはず)

 動画でしか見たことのない、マグロの解体ショーを間近で眺められるチャンスだ。
 新鮮な希少部位を是非ともお刺身で食べてみたい。異世界マグロの大トロの味を想像するだけで、喉が鳴りそうだ。

「でも、まずは腹ごしらえが先ですね。ルーファス、良さそうなお店はありました?」
「うぅむ。開いている店が少なくてな……。ああ、この店は営業しているようだぞ?」
「じゃあ、ここでランチにしましょう」

 ナイトが魔法を使って、姿を消す。
 ルーファスが食堂の扉を開けた。店の中からは香ばしい匂いが立ち上っている。

「邪魔するぞ。食事を頼む」
「お邪魔します」
「いらっしゃい!」

 店内は昼時なのに閑散としていた。
 四人がけのテーブルが五箇所とカウンター席があるが、リリたちの他にはカウンターで食事をしている二人だけしかいない。
 不思議に思ったが、おとなしくテーブル席に腰掛けた。
 メニューのような物はなかったので、ルーファスが視線を向けると、食堂の店員がおずおずと寄ってくる。

「すみません。旅の方ですよね? 今、この街では新鮮な魚介が手に入らないので、干物か肉料理しか出せないんです」

 申し訳なさそうに、初老の女性が頭を下げてくる。
 リリは驚いて、目を瞬かせた。

「え……? 海が近いのに?」
「はい。数年に一度、沖のほうに現れる海棲の魔物が湾の近くに現れてしまって、船が出せないんです」
「海の魔物……」

 それで、港に活気がなかったのか。
 
「そういう場合は、冒険者ギルドに討伐の依頼を出すのでは?」

 ルーファスが訊ねると、カウンターに座っていた男が顔を顰めた。

「依頼を出しちゃいるが、海の中にいる魔物が相手なんだ。討伐できる冒険者がいないんだとさ」
「王都にいるっていう凄腕の上級冒険者や、エルフの魔法使いでなけりゃ無理だろうよ」

 もう一人の男もため息を吐いて、そう訴えてくる。

「ふむ……。まぁ、それはそうか」
『魔法が使えないと、海棲の魔物は引き摺り出せないからねぇ』

 ルーファスとナイトも納得したようだ。
 海の中だと、剣も矢も届かない。
 船で近寄ろうとしても、体当たりで沈めようとしてくるようだ。

 湾口わんこうのすぐ近くの海域が気に入ったのか。その魔物は街の近くに居座って、動かないらしい。

「もう、かれこれ半月は経つ」
「帆船も出航できないし、漁に舟を出すこともできない」
「……なので、魚料理は干物を調理したものになります。それももう残り少なくて」

 頭を下げる店員を、リリは慌てて止めた。

「謝らないでください。そんな状況なら、仕方がないです。あの、その干物料理をお願いします」
「よろしいのですか?」
「ああ。ここへは魚を食べに来たからな。とりあえず三人前で頼む」
「ありがとうございます」

 二人なのに三人前と聞いて、一瞬不思議そうな顔をしたが、立派な体格のルーファスを目にして、納得したように頷いている。

 カウンター席の二人は、おそらくは漁師だったのだろう。
 浮かない表情で、コインを置いて店を後にした。

「海の魔物のせいで、新鮮な魚介が食べられないのは残念です」
「けしからんな。海の魔物など、陸の魔物に比べたらのだから、すぐに倒せそうなものだが……」
『仕方ないよ、ルーファス。今のニンゲンたちは魔法を使えなくなって久しいもの』

 テーブルに降り立った黒猫が尻尾をゆらりと揺らす。
 大魔女シオンが異世界へ旅立って、八十年弱。
 その間に、魔法を使える人族はどんどんと数を減らしていき、今では両手で数えるほどしか、魔法使いや魔女はいないらしい。

(魔法が得意なエルフは人嫌いが多く、深い森に隠れ住んでいるというし、海の魔物を倒せる冒険者は期待できそうにないのね……)

 この港街が活気のない理由がよく分かる。住民の中には、街を離れていくことを考える者もそのうち出てくることだろう。
 
「お待たせしました。白身魚のムニエルです」
「ありがとうございます」

 ぼんやり考え込んでいると、料理が運ばれてきた。
 アサリのスープとスライスしたパン。そしてメインのムニエルの皿がテーブルに並ぶ。
 干物を水で戻して、調理したのだろう。リリがいつも食べているムニエルと比べて、魚の身が薄く感じる。

「いただきます」

 まずはスープを一口飲んでみる。
 アサリとキノコのスープは小魚で出汁を取っているようで、とても美味しい。
 アサリの身もよく肥えており、満足できる味だ。

「旨いな」
『うん、おいしいね。貝なんて、初めて食べたよ』
「船が出せない分、砂浜で貝を掘ったり、投網でどうにか小魚を手に入れているんです」

 笑顔で店員が教えてくれた。
 魔素をたっぷり含んだアサリに、リリは感動する。
 小さな貝がこれほど美味しいのだ。きっと、お魚はもっと素晴らしいに違いない。
 わくわくしながら、ムニエルをナイフで切り分けて口に運んだのだが──

「……あれ?」

 あまり、美味しくない。
 というか、微妙な味だった。干物だからか、塩味がキツく、ほんのりエグ味を感じる。身もべしゃっとした食感で、ムニエルらしさからはほど遠い出来栄えだ。

 ルーファスも何とも言えない表情を浮かべながら咀嚼している。
 ナイトはもっとあからさまだ。
 一口かじったムニエルから顔を背けて「もういらない」と拒否の姿勢。

『時間が経てば、魔素が抜けるから』

 そう言えば、以前にも教えてもらっていた。干物にすれば長持ちはするが、魔素が抜け切ってしまい、美味しく食べられないのか……。
 楽しみにしていた分、リリのショックは大きい。

「美味しいお魚……」

 しょんぼりする少女を目にして、ルーファスは慌てた。

「リリィ、可哀想に。楽しみにしていたものな。悲しいのも仕方ない。すぐに市場で立派な魚を探してやろう」
『この様子じゃ、市場に出回っていないんじゃない?』
「くっ……」

 黒猫ナイトの予想通り、食事を終えて向かった市場には、新鮮な魚は見当たらなかった。

 子供たちが採取した貝を桶一杯分だけ買うことができて、リリはほっと胸を撫で下ろす。

「今日のディナーはクラムチャウダーです」

 残念ながら、新鮮な刺身やお寿司、海鮮丼の豪華な夕食は諦めることになった。


◆◆◆

【宣伝】です↓

『魔法のトランクと異世界暮らし~魔女見習いの自由気ままな移住生活~①』が12月17日発売予定です。
書き下ろし特典SS付きになります。
よろしくお願いします!

他社出版社からの刊行となりますので、発売日前後でアルファポリスでの連載は非公開にします。
以降はカクヨムでの連載のみになります。

◆◆◆


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感想 150

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みんなの感想(150件)

みきぽ
2025.12.04 みきぽ

えぇ~、アルファポリスで読めなくなるんですか?カクヨムは老眼にはキツいのに😓
遅くなりましたが、1巻発売おめでとうございます🐾

解除
まりっか
2025.11.23 まりっか

そんな野望は…
私も抱いちゃうよ〜

2025.11.29 猫野美羽

異世界グルメ旅 ŧ‹"(o'ч'o)ŧ‹"ŧ‹ 💕

解除
しふぉん
2025.11.16 しふぉん

海の側だけに貝やカニなど魚介類がドロップ!
出現する魔物も魚介類w カニの魔物はかなりデカいから食べ応えがありそう……それこそ脚1〜2本でグラタンやコロッケなど全てのカニ料理が満喫出来るくらい
魔素がたくさん含まれるから絶品でお土産に持ち帰った分は数日で食べ尽くされると予想。特にウニやイクラはその日のうちに消費されると想像出来るww
魔物肉でアレだったから魚介類も同じようになるから商談兼食事会を開いたら彷彿とさせる顔で契約するんだろうね〜。その食事会に選ばれなかった人たちはかなり残念がるだろうね

2025.11.23 猫野美羽

異世界の海の幸、どれも美味しそうですよね!
魚介類ドロップするダンジョンが会ったら、ウキウキで通いそうですね、使い魔さんたち。
海堂家の商談が捗ること間違いなしです✨

解除

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