【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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8. 魔法のお家

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 曾祖母の部屋の壁に取り付けられた、魔法のドア。
 鍵穴に差し込んだ鍵を右に回すと、かちりと音がする。
 ドキドキする胸をそっと押さえながら、ドアを開けてみた。
 二階の角部屋の壁に取り付けられていたドア。開けてみてもそのまま壁が出迎えてくれるだけのはずだったのに。
 
「本当に、違う世界に繋がっていた……」

 目の前に広がる光景にリリは息を呑んだ。小花柄の壁紙ではなく、緑濃い森とそのドアは繋がっていたのだ。
 夢か幻かと一瞬だけ疑ったが、すぐに否定する。だって、これは現実リアルだ。
 湿った土の匂い、頬を優しく撫でる風の感触。木々の隙間からの木漏れ日が地面を彩る様子。
 どこかで小鳥が囀っている気配もあった。

「ふ、ふふ。素敵」

 こちらは二階の部屋なのに、ドアの向こう側はどこかの森なのだ。
 とても不思議。そして、興味深い。
 リリは迷うことなく、一歩を踏み出した。
 ドアは念のために、開いたままにしておく。
 さくり、と地面を踏み締める。
 柔らかな土の感触。落ち葉や枯れ枝を踏むとさくりと音がして面白い。
 周辺の木々をよく観察すると、白樺の木が多く、樫の木などの針葉樹林であることが分かった。
 この森の木々は空高く伸びていて、足元には背の低い灌木かんぼくや草花が生えているようだ。
 おかげで慣れないリリにも歩きやすい森だった。

「北欧の森のよう。緑が濃くて、空気が美味しい」

 ぽつりと呟いて、ようやくその違和感に気付いた。
 胸が苦しくない。深く呼吸を繰り返してみても、痛みを全く感じなかったのだ。
 森の中を歩いても、肩で息をすることもない。すごい。

「もしかして、魔法の装飾品のおかげ?」

 無造作に首にぶら下げているネックレスに触れてみる。ルビーそっくりの宝石をトップにしたシルバーのネックレス。
 
「体力や腕力が十倍になる【身体強化】の魔道具マジックアイテム……」

 疲れを感じないのは、このネックレスのおかげだろう。
 そうして、身体の怠さが消え、熱や痛みを感じないのは──……

「この世界に『魔素』が満ちているから?」

 立ち止まって、ぐるりと周囲を見渡してみる。
 魔素とやらは目に見えず、リリにはまだ何も感じ取れなかったけれども。
 ここがとても居心地が良い場所なのは、はっきりと理解していた。

「まるで、初めてちゃんと呼吸ができたみたい……気持ちいい……」

 うっとりとため息を吐く。
 このまま日光浴を楽しみたい気分に陥るが、どうにか理性を取り戻した。

「いけない。今日はトランクの『充電』に来たのだった。魔素の濃い、この森の中で半日ほど置いておけば魔力を充填できるらしいけれど……」

 魔法のトランクの使い方は、曾祖母の手帳を読み込んでしっかり予習してある。

「最低でも5メートル四方くらいの広さがある場所……」

 ここは森の恵みが豊かな場所らしく、ベリーやキノコの宝庫だった。
 天然もののベリーを目にしたのは初めてだ。少しばかり心が惹かれたが、今は我慢。
 ブラックベリーの茂みを乗り越えた先にちょうど良い場所を見つけた。
 湖のすぐ手前に開けた土地があった。
 
「景色もいいし、ここにしよう」

 地面は平ら。下に岩もない。水場の近くは少し不安だけど、海ではないのでそうそう水が溢れてくることもないはず。
 左腕に装着してあるストレージバングルに触れて、魔法のトランクを取り出した。
 トランクの中身は空っぽだ。大事な物はショルダータイプのアイテムバッグに移し替えてある。
 トランクを地面に水平に置くと、手に触れたまま小さく呟く。

「マイホーム、展開」

 トランクはそのままに立ち上がる。
 そっとその場から離れた位置で見守っていると、トランクの蓋が開いた。
 次の瞬間、魔法のトランクから淡い光が立ち昇る。光が収まった頃、そこにはトランクの代わりに小さな洋館が建っていた。

「魔法のトランクは、魔法の家……」

 手帳を読み込んで知っていたはずなのに、目の前の光景に圧倒される。
 トランクを開けたら、家が出てくるなんて。いったい誰が信じてくれるのか。

 ともあれ、この素敵な魔法のトランク兼お家は、今はリリの物なのだ。
 煉瓦作りの小さくて可愛らしい家は、絵本で見かける魔女の家のイメージと近くて、眺めているとわくわくした。
 煙突が付いた二階建てのタイニーハウス 。三角屋根がチャーミングだ。屋根裏部屋の丸窓なんて、すごく興奮する!

(これは絶対に探検しなくては)

 弾むような足取りで、リリはその家に足を踏み入れた。


◆◇◆


 小さくて可愛らしいトランクの家はこぢんまりとしているが、不思議と居心地が良かった。
 入ってすぐにダイニング兼リビングがある。その隣がキッチン。廊下を挟んでトイレとバスルーム。
 二階はベッドルームがひとつだけ。ロフトに近い作りで、荷物置き場と化している屋根裏部屋があった。
 家具はひととおり揃っており、ファブリック類も充実している。
 どれも手縫いで、特にベッドカバーのパッチワークが素晴らしい。

「北欧カントリー風、といったところかしら? とても素敵なお家」

 リリは一目でこの家が気に入った。
 長い時間、大切に使われてきたことが分かる家具。丁寧に磨かれた銀食器が食器棚に仕舞われてあり、驚いた。
 普段使いは木製のお皿のようで、ほっとする。
 魔法の家だからか、汚れや埃は見当たらない。掃除が必要かと身構えていた分、何だか気が抜けてしまった。

「……お茶を飲もうかしら」

 キッチンを見渡す。狭いけれど、自炊に必要な物は揃ってあるようだ。
 ティーポットとカップのセットを見つけたのでテーブルに出しておく。
 ストレージバングルから茶葉やお菓子などをひととおり取り出した。
 さすがに食材や調味料は置いていなかったので、そのあたりは自分で好みの物を揃えていけばいい。
 紅茶を淹れようとして、はたと固まった。
 お湯を沸かす方法が分からない。
 シンク横に台のような物があるが、これがコンロなのだろうか?
 さすがに曾祖母の手帳にはお湯の沸かし方については書かれていなかった。

「こういう時こそ、鑑定」

 キッチンの中を片端から鑑定していき、使い方を学んだ。

「なるほど。水を使うには、この水瓶みずがめの魔道具。火を点けるのは、この魔道コンロを使う、と」

 だが、どれも肝心の動力である魔力が切れている。周辺の魔素を吸収して魔力に変換して使う道具なので、『充填』が終わるまでは使えない。

「問題はないわ。こういうこともあろうかと、お湯は持参したもの」

 ストレージバングルから湯沸かしポットを取り出した。沸騰させたお湯ごと持ち込んだのだ。
 【身体強化】のネックレスのおかげで、大きなポットも軽々と持ち運べる。最高の気分。
 茶葉をティーポットにスプーン二杯分を入れる。自分の分と妖精の分。
 これが美味しく淹れる秘訣なのだと、シオンおばあさまがこっそりと教えてくれた。
 砂糖の代わりに蜂蜜をすこし。
 香り高い紅茶を味わいながら持ち込んだお菓子を口にする。
 クッキーだと物足りなくて、バターたっぷりのマドレーヌを食べた。

「……おいしい」
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