9 / 180
8. 魔法のお家
しおりを挟む曾祖母の部屋の壁に取り付けられた、魔法のドア。
鍵穴に差し込んだ鍵を右に回すと、かちりと音がする。
ドキドキする胸をそっと押さえながら、ドアを開けてみた。
二階の角部屋の壁に取り付けられていたドア。開けてみてもそのまま壁が出迎えてくれるだけのはずだったのに。
「本当に、違う世界に繋がっていた……」
目の前に広がる光景にリリは息を呑んだ。小花柄の壁紙ではなく、緑濃い森とそのドアは繋がっていたのだ。
夢か幻かと一瞬だけ疑ったが、すぐに否定する。だって、これは現実だ。
湿った土の匂い、頬を優しく撫でる風の感触。木々の隙間からの木漏れ日が地面を彩る様子。
どこかで小鳥が囀っている気配もあった。
「ふ、ふふ。素敵」
こちらは二階の部屋なのに、ドアの向こう側はどこかの森なのだ。
とても不思議。そして、興味深い。
リリは迷うことなく、一歩を踏み出した。
ドアは念のために、開いたままにしておく。
さくり、と地面を踏み締める。
柔らかな土の感触。落ち葉や枯れ枝を踏むとさくりと音がして面白い。
周辺の木々をよく観察すると、白樺の木が多く、樫の木などの針葉樹林であることが分かった。
この森の木々は空高く伸びていて、足元には背の低い灌木や草花が生えているようだ。
おかげで慣れないリリにも歩きやすい森だった。
「北欧の森のよう。緑が濃くて、空気が美味しい」
ぽつりと呟いて、ようやくその違和感に気付いた。
胸が苦しくない。深く呼吸を繰り返してみても、痛みを全く感じなかったのだ。
森の中を歩いても、肩で息をすることもない。すごい。
「もしかして、魔法の装飾品のおかげ?」
無造作に首にぶら下げているネックレスに触れてみる。ルビーそっくりの宝石をトップにしたシルバーのネックレス。
「体力や腕力が十倍になる【身体強化】の魔道具……」
疲れを感じないのは、このネックレスのおかげだろう。
そうして、身体の怠さが消え、熱や痛みを感じないのは──……
「この世界に『魔素』が満ちているから?」
立ち止まって、ぐるりと周囲を見渡してみる。
魔素とやらは目に見えず、リリにはまだ何も感じ取れなかったけれども。
ここがとても居心地が良い場所なのは、はっきりと理解していた。
「まるで、初めてちゃんと呼吸ができたみたい……気持ちいい……」
うっとりとため息を吐く。
このまま日光浴を楽しみたい気分に陥るが、どうにか理性を取り戻した。
「いけない。今日はトランクの『充電』に来たのだった。魔素の濃い、この森の中で半日ほど置いておけば魔力を充填できるらしいけれど……」
魔法のトランクの使い方は、曾祖母の手帳を読み込んでしっかり予習してある。
「最低でも5メートル四方くらいの広さがある場所……」
ここは森の恵みが豊かな場所らしく、ベリーやキノコの宝庫だった。
天然もののベリーを目にしたのは初めてだ。少しばかり心が惹かれたが、今は我慢。
ブラックベリーの茂みを乗り越えた先にちょうど良い場所を見つけた。
湖のすぐ手前に開けた土地があった。
「景色もいいし、ここにしよう」
地面は平ら。下に岩もない。水場の近くは少し不安だけど、海ではないのでそうそう水が溢れてくることもないはず。
左腕に装着してあるストレージバングルに触れて、魔法のトランクを取り出した。
トランクの中身は空っぽだ。大事な物はショルダータイプのアイテムバッグに移し替えてある。
トランクを地面に水平に置くと、手に触れたまま小さく呟く。
「マイホーム、展開」
トランクはそのままに立ち上がる。
そっとその場から離れた位置で見守っていると、トランクの蓋が開いた。
次の瞬間、魔法のトランクから淡い光が立ち昇る。光が収まった頃、そこにはトランクの代わりに小さな洋館が建っていた。
「魔法のトランクは、魔法の家……」
手帳を読み込んで知っていたはずなのに、目の前の光景に圧倒される。
トランクを開けたら、家が出てくるなんて。いったい誰が信じてくれるのか。
ともあれ、この素敵な魔法のトランク兼お家は、今はリリの物なのだ。
煉瓦作りの小さくて可愛らしい家は、絵本で見かける魔女の家のイメージと近くて、眺めているとわくわくした。
煙突が付いた二階建てのタイニーハウス 。三角屋根がチャーミングだ。屋根裏部屋の丸窓なんて、すごく興奮する!
(これは絶対に探検しなくては)
弾むような足取りで、リリはその家に足を踏み入れた。
◆◇◆
小さくて可愛らしいトランクの家はこぢんまりとしているが、不思議と居心地が良かった。
入ってすぐにダイニング兼リビングがある。その隣がキッチン。廊下を挟んでトイレとバスルーム。
二階はベッドルームがひとつだけ。ロフトに近い作りで、荷物置き場と化している屋根裏部屋があった。
家具はひととおり揃っており、ファブリック類も充実している。
どれも手縫いで、特にベッドカバーのパッチワークが素晴らしい。
「北欧カントリー風、といったところかしら? とても素敵なお家」
リリは一目でこの家が気に入った。
長い時間、大切に使われてきたことが分かる家具。丁寧に磨かれた銀食器が食器棚に仕舞われてあり、驚いた。
普段使いは木製のお皿のようで、ほっとする。
魔法の家だからか、汚れや埃は見当たらない。掃除が必要かと身構えていた分、何だか気が抜けてしまった。
「……お茶を飲もうかしら」
キッチンを見渡す。狭いけれど、自炊に必要な物は揃ってあるようだ。
ティーポットとカップのセットを見つけたのでテーブルに出しておく。
ストレージバングルから茶葉やお菓子などをひととおり取り出した。
さすがに食材や調味料は置いていなかったので、そのあたりは自分で好みの物を揃えていけばいい。
紅茶を淹れようとして、はたと固まった。
お湯を沸かす方法が分からない。
シンク横に台のような物があるが、これがコンロなのだろうか?
さすがに曾祖母の手帳にはお湯の沸かし方については書かれていなかった。
「こういう時こそ、鑑定」
キッチンの中を片端から鑑定していき、使い方を学んだ。
「なるほど。水を使うには、この水瓶の魔道具。火を点けるのは、この魔道コンロを使う、と」
だが、どれも肝心の動力である魔力が切れている。周辺の魔素を吸収して魔力に変換して使う道具なので、『充填』が終わるまでは使えない。
「問題はないわ。こういうこともあろうかと、お湯は持参したもの」
ストレージバングルから湯沸かしポットを取り出した。沸騰させたお湯ごと持ち込んだのだ。
【身体強化】のネックレスのおかげで、大きなポットも軽々と持ち運べる。最高の気分。
茶葉をティーポットにスプーン二杯分を入れる。自分の分と妖精の分。
これが美味しく淹れる秘訣なのだと、シオンおばあさまがこっそりと教えてくれた。
砂糖の代わりに蜂蜜をすこし。
香り高い紅茶を味わいながら持ち込んだお菓子を口にする。
クッキーだと物足りなくて、バターたっぷりのマドレーヌを食べた。
「……おいしい」
2,036
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる