【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
15 / 180

14. 異世界のステーキ

しおりを挟む

「マイホーム、展開」

 魔法の呪文を唱えて、今夜の拠点を確保する。人工的な明るさにホッとした。
 ちなみにこの家では魔道ランタンを使用している。
 魔道具というだけあり、動力は魔石。魔物や魔獣といったモンスターから採れる資源らしい。
 
『ねぇ、ボクお腹がすいたな』

 足元にすりりと頬を寄せながら、黒猫のナイトが愛らしく鳴いた。
 そういえば、そろそろ夕食の時間帯か。

「今からだと、簡単なメニューになるけれど。それでもいい?」
『うん、いいよ』

 荷物はすべてストレージバングルとアイテムバッグに収納してあるので、急いで片付けをする必要もない。
 ショルダータイプのアイテムバッグから取り出したエプロンを装着して、リリはキッチンに立った。
 キッチンの大まかな作りは現代日本とそう大差がない。
 タイル貼りのシンクには水道の代わりの水瓶みずがめの魔道具があり、蛇口を捻ると水が出る。
 魔道コンロは二口。壁際にある大きめの箱はなんと魔道冷蔵庫だった。小さいながらも冷凍庫も付属してある。
 冷蔵庫の中身はさすがに空だった。ホッとしたような、残念なような微妙な気分だ。

(さて、何を作ろう? ケットシーのナイトは何でも食べられるとは言っていたけれど、ネコさんは肉料理がいいよね?)

 向こうの家の冷蔵庫と冷凍庫から食料をごっそり持ち込んできたので、肉や魚にはしばらく困らないはずだったが──

「あ……失敗したかも。冷凍したお肉しかない……」

 ストレージバングルから取り出した肉のパックを手に、リリは肩を落とした。
 
「こっちにはレンジがないから、解凍できない……」

 すっかり失念していた。
 先に向こうで解凍してから収納すれば良かったのだ。

「うーん……? 冷凍肉のまま焼いてみたら、どうなるのかしら……」

 悩んでいると、焦れた黒猫がぴょんとシンクに飛び乗ってきた。
 肉のパックを片手に首を捻るリリに気付き、ナイトも同じ角度で首を傾ける。

『肉が欲しいの? なら、これを使ってよ』

 前脚でとん、と黒猫がステップを踏むと、その場に大きな塊肉が現れた。
 収納していた肉を取り出したのだ。
 驚いたが、喜びが勝った。

「こんなに大きなお肉、使ってもいいの?」
『うん。リリにはお菓子と寝床を貰ったからね。そのお礼だよ』
「ありがとう」

 カゴのベッドがよほど気に入ったのか、立派なお肉を恵んでもらえた。
 綺麗な赤身の肉に感動しつつ、1センチくらいの厚さに切り分ける。

「すごく立派なお肉だから、ステーキにしよう。ナイトはガーリックは平気?」
『ボクは美味しければ、何でも食べるよ。毒耐性スキルもあるから多少の毒も平気だし』
「それはネコには嬉しいスキル。私も欲しい」

 ストレージバングルから、その他の食材や調味料をせっせと取り出していく。
 残念ながら、お米は炊いていなかったので、レトルトの炒飯を主食にすることにした。
 魔道コンロの片方で肉を焼き、もう片方で冷凍の炒飯を温める。
 この家のキッチンにあった重い鉄のフライパンにオリーブオイルを大さじ一杯、スライスしたガーリックを炒めていく。
 ガーリックオイルの良い香りに瞳を細めた。きつね色に色付いたフライドガーリックは小皿によせておき、温めたフライパンで一気に肉を焼いていく。
 その間に持ち込んだ日本製のフライパンで炒飯を温めた。

「そういえば、これは何のお肉?」

 見た目は和牛ブランド肉。
 ガーリックオイルで焼くと、食欲を刺激する香りに翻弄されそうだ。

『それはワイルドボアの肉だよ。ダンジョンでドロップしたやつ。やわらかくて、結構イケるんだ』

 小さな舌をぺろりと見せる黒猫はかわいいが、聞き捨てならないことを口にしたような。

「……ワイルド、ボア?」
『ワイルドボアだよ。知らないの? 平原地帯に生息するイノシシの魔獣。大きくて、すぐに怒る短気なヤツなんだよね。でも、お肉は美味しいからボクは嫌いじゃない』
「そう。イノシシの魔獣。……うん、イノシシなら食べられる、大丈夫」

 念のために、こっそりと鑑定スキルで確認してみたが、食用可、美味とあった。

(食べられるお肉なら問題ない。それに、こんなに美味しそうな匂いがするのだもの。我慢できそうにない)

 肉が苦手だったはずのリリだが、魔素を取り込んだおかげで体調が良くなって、食欲も感じるようになっていた。
 野菜カレーじゃなく、ビーフカレーを一人前完食できたことは本人さえ驚いたものだが。

「……このステーキ、美味しそう……」

 きゅう、と切なく鳴るお腹を押さえる。
 ここまで空腹を感じたのは、何時いつぶりだろう。
 黒猫のナイトも待ちきれないようで、リリの肩に飛び乗ってフライパンを覗き込んでくる。

「危ないわよ、ナイト」
『だって、すごーくいいにおい! はやく食べたい!』
「もう少しだけ待って」

 うん、炒飯も火が通ったことだし、ステーキの焼き具合もちょうどいい。
 魔道コンロの火を止めて、お皿を食器棚から取り出した。
 木製の大皿で、ちょっとオシャレなカフェ飯風に盛り付けることができた。

「ガーリックステーキ炒飯、完成!」
『わーい! いい匂い』

 ステーキには日本から持ち込んだステーキソースを添えてある。
 テーブルに向かい合わせに座って、さっそくディナーを楽しんだ。

「いただきます。ナイトもどうぞ召し上がれ」
『うん! ……んんっ、おいしー!』

 はぐはぐとお皿に顔を突っ込んだ黒猫が歓喜の声で叫んだ。
 口にあったようで、ほっとする。
 リリもお箸を手にして、まずは魅惑の香りを放つワイルドボアのステーキに狙いを定めた。
 焼き加減はミディアムレア。ほんの少し赤身を残して焼き上げたので、ジビエ肉でも食べやすいはずだが──
 
「ん……本当だわ。すごく、やわらかい」
『でしょ? まだ若い個体だったから、肉もやわらかいんだ』

 どうやら狙って狩ったようで、さすが天性のハンター、ネコさんだと感心する。
 
「噛み締めると肉汁が溢れて、それがまた美味しい。お肉の脂身って、こんなに甘いものなのね……」

 自然と熱いため息をこぼしていた。
 今まで、どれほどの高価な肉もリリの口には合わなかったのだ。
 赤身肉は生臭くて硬く感じたし、霜降り肉は脂が胃にもたれ、胸やけに苦しめられるから、ずっと苦手だったのに。

「このお肉はとても美味しく感じる。いくらでも食べられそう」
『ああ、そっか。リリはずっと魔力が足りなくて身体が弱りきっていたから、魔素を含む肉が特別に美味しく感じるんだね』
「……なるほど? そういえば、このお肉を食べてから、お腹がぽかぽかしてきた気がする」
『肉体が自然と魔素を欲しがっているんだ。しばらくは、こっちの世界の魔素が濃い食材をたくさん食べるといいよ』
「うん、そうする。ふふっ、異世界のご飯、楽しみ」
『ボクはこの、ちゃあはん? こっちも好きだよ。すごくおいしい。ソースも最高。こっちじゃ、塩味ばっかりだもの』

 どうやら、ナイトは美食家グルメな黒猫のようだ。
 リリは夕食も一人前を完食できた。
 心配性な従兄たちに教えてあげたら、盛大にお祝いをされそうだ。

「ご飯を美味しく、お腹いっぱい食べられるって、とても素敵なことなのね」

 ポカポカと身体中が満たされたように気持ちいい。
 きっと、半分以下まで減っていた魔力も回復しているに違いない。
 心地よい気分に促されるまま、リリはリビングのソファに転がった。
 
「とっても幸せ……」
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...