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14. 異世界のステーキ
しおりを挟む「マイホーム、展開」
魔法の呪文を唱えて、今夜の拠点を確保する。人工的な明るさにホッとした。
ちなみにこの家では魔道ランタンを使用している。
魔道具というだけあり、動力は魔石。魔物や魔獣といったモンスターから採れる資源らしい。
『ねぇ、ボクお腹がすいたな』
足元にすりりと頬を寄せながら、黒猫のナイトが愛らしく鳴いた。
そういえば、そろそろ夕食の時間帯か。
「今からだと、簡単なメニューになるけれど。それでもいい?」
『うん、いいよ』
荷物はすべてストレージバングルとアイテムバッグに収納してあるので、急いで片付けをする必要もない。
ショルダータイプのアイテムバッグから取り出したエプロンを装着して、リリはキッチンに立った。
キッチンの大まかな作りは現代日本とそう大差がない。
タイル貼りのシンクには水道の代わりの水瓶の魔道具があり、蛇口を捻ると水が出る。
魔道コンロは二口。壁際にある大きめの箱はなんと魔道冷蔵庫だった。小さいながらも冷凍庫も付属してある。
冷蔵庫の中身はさすがに空だった。ホッとしたような、残念なような微妙な気分だ。
(さて、何を作ろう? ケットシーのナイトは何でも食べられるとは言っていたけれど、ネコさんは肉料理がいいよね?)
向こうの家の冷蔵庫と冷凍庫から食料をごっそり持ち込んできたので、肉や魚にはしばらく困らないはずだったが──
「あ……失敗したかも。冷凍したお肉しかない……」
ストレージバングルから取り出した肉のパックを手に、リリは肩を落とした。
「こっちにはレンジがないから、解凍できない……」
すっかり失念していた。
先に向こうで解凍してから収納すれば良かったのだ。
「うーん……? 冷凍肉のまま焼いてみたら、どうなるのかしら……」
悩んでいると、焦れた黒猫がぴょんとシンクに飛び乗ってきた。
肉のパックを片手に首を捻るリリに気付き、ナイトも同じ角度で首を傾ける。
『肉が欲しいの? なら、これを使ってよ』
前脚でとん、と黒猫がステップを踏むと、その場に大きな塊肉が現れた。
収納していた肉を取り出したのだ。
驚いたが、喜びが勝った。
「こんなに大きなお肉、使ってもいいの?」
『うん。リリにはお菓子と寝床を貰ったからね。そのお礼だよ』
「ありがとう」
カゴのベッドがよほど気に入ったのか、立派なお肉を恵んでもらえた。
綺麗な赤身の肉に感動しつつ、1センチくらいの厚さに切り分ける。
「すごく立派なお肉だから、ステーキにしよう。ナイトはガーリックは平気?」
『ボクは美味しければ、何でも食べるよ。毒耐性スキルもあるから多少の毒も平気だし』
「それはネコには嬉しいスキル。私も欲しい」
ストレージバングルから、その他の食材や調味料をせっせと取り出していく。
残念ながら、お米は炊いていなかったので、レトルトの炒飯を主食にすることにした。
魔道コンロの片方で肉を焼き、もう片方で冷凍の炒飯を温める。
この家のキッチンにあった重い鉄のフライパンにオリーブオイルを大さじ一杯、スライスしたガーリックを炒めていく。
ガーリックオイルの良い香りに瞳を細めた。きつね色に色付いたフライドガーリックは小皿によせておき、温めたフライパンで一気に肉を焼いていく。
その間に持ち込んだ日本製のフライパンで炒飯を温めた。
「そういえば、これは何のお肉?」
見た目は和牛ブランド肉。
ガーリックオイルで焼くと、食欲を刺激する香りに翻弄されそうだ。
『それはワイルドボアの肉だよ。ダンジョンでドロップしたやつ。やわらかくて、結構イケるんだ』
小さな舌をぺろりと見せる黒猫はかわいいが、聞き捨てならないことを口にしたような。
「……ワイルド、ボア?」
『ワイルドボアだよ。知らないの? 平原地帯に生息するイノシシの魔獣。大きくて、すぐに怒る短気なヤツなんだよね。でも、お肉は美味しいからボクは嫌いじゃない』
「そう。イノシシの魔獣。……うん、イノシシなら食べられる、大丈夫」
念のために、こっそりと鑑定スキルで確認してみたが、食用可、美味とあった。
(食べられるお肉なら問題ない。それに、こんなに美味しそうな匂いがするのだもの。我慢できそうにない)
肉が苦手だったはずのリリだが、魔素を取り込んだおかげで体調が良くなって、食欲も感じるようになっていた。
野菜カレーじゃなく、ビーフカレーを一人前完食できたことは本人さえ驚いたものだが。
「……このステーキ、美味しそう……」
きゅう、と切なく鳴るお腹を押さえる。
ここまで空腹を感じたのは、何時ぶりだろう。
黒猫のナイトも待ちきれないようで、リリの肩に飛び乗ってフライパンを覗き込んでくる。
「危ないわよ、ナイト」
『だって、すごーくいいにおい! はやく食べたい!』
「もう少しだけ待って」
うん、炒飯も火が通ったことだし、ステーキの焼き具合もちょうどいい。
魔道コンロの火を止めて、お皿を食器棚から取り出した。
木製の大皿で、ちょっとオシャレなカフェ飯風に盛り付けることができた。
「ガーリックステーキ炒飯、完成!」
『わーい! いい匂い』
ステーキには日本から持ち込んだステーキソースを添えてある。
テーブルに向かい合わせに座って、さっそくディナーを楽しんだ。
「いただきます。ナイトもどうぞ召し上がれ」
『うん! ……んんっ、おいしー!』
はぐはぐとお皿に顔を突っ込んだ黒猫が歓喜の声で叫んだ。
口にあったようで、ほっとする。
リリもお箸を手にして、まずは魅惑の香りを放つワイルドボアのステーキに狙いを定めた。
焼き加減はミディアムレア。ほんの少し赤身を残して焼き上げたので、ジビエ肉でも食べやすいはずだが──
「ん……本当だわ。すごく、やわらかい」
『でしょ? まだ若い個体だったから、肉もやわらかいんだ』
どうやら狙って狩ったようで、さすが天性のハンター、ネコさんだと感心する。
「噛み締めると肉汁が溢れて、それがまた美味しい。お肉の脂身って、こんなに甘いものなのね……」
自然と熱いため息をこぼしていた。
今まで、どれほどの高価な肉もリリの口には合わなかったのだ。
赤身肉は生臭くて硬く感じたし、霜降り肉は脂が胃にもたれ、胸やけに苦しめられるから、ずっと苦手だったのに。
「このお肉はとても美味しく感じる。いくらでも食べられそう」
『ああ、そっか。リリはずっと魔力が足りなくて身体が弱りきっていたから、魔素を含む肉が特別に美味しく感じるんだね』
「……なるほど? そういえば、このお肉を食べてから、お腹がぽかぽかしてきた気がする」
『肉体が自然と魔素を欲しがっているんだ。しばらくは、こっちの世界の魔素が濃い食材をたくさん食べるといいよ』
「うん、そうする。ふふっ、異世界のご飯、楽しみ」
『ボクはこの、ちゃあはん? こっちも好きだよ。すごくおいしい。ソースも最高。こっちじゃ、塩味ばっかりだもの』
どうやら、ナイトは美食家な黒猫のようだ。
リリは夕食も一人前を完食できた。
心配性な従兄たちに教えてあげたら、盛大にお祝いをされそうだ。
「ご飯を美味しく、お腹いっぱい食べられるって、とても素敵なことなのね」
ポカポカと身体中が満たされたように気持ちいい。
きっと、半分以下まで減っていた魔力も回復しているに違いない。
心地よい気分に促されるまま、リリはリビングのソファに転がった。
「とっても幸せ……」
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