【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
14 / 180

13. 説得しました

しおりを挟む

 それから伯父一家と異世界へ移住する件について話し合いをして、どうにか許してもらえた。
 いくつかの条件付きとなったけれど、それで彼らの協力を得られるのなら問題はない。

 日が暮れる前に、彼らは帰宅した。
 最後までここに一泊すると主張していたレオとルカの兄弟を伯母が叱りつけ、伯父が引き摺るようにして連れ帰ってくれた。
 
「ようやく静かになった……」

 ふぅ、とため息を吐く。
 思ったよりも簡単に許可がもらえて、少しの戸惑いが残ったが。

「でも、これで気兼ねなく向こうの世界へ行ける」

 新しい世界へ一歩を踏み出せるのだ。
 不安や怯えよりも、期待がそれを上回っていた。
 
「きっと、異世界なら、私は他の子と同じように走ったり跳んだりできるのよね。今日のカレーのように、お腹いっぱい肉料理も食べられるし、旅行だって楽しめるはず」

 海外どころか、国内旅行もほとんど経験がないリリにとって、旅を楽しめるのなら、異世界だろうが関係ない。
 まだ見ぬ世界に期待が膨らんだ。

 伯父一家は自分たちが異世界へ行けないことを残念がっていたが、リリが唯一使える生活魔法を見せると、目を輝かせて喜んでくれた。
 使ったのは【洗浄ウォッシュ】の魔法。カレーがこびりついた鍋が一瞬でピカピカになって、伯母が手を叩いて喜んでくれた。
 あとは結界の魔道具を試してもらった。レオに麺棒を渡して「それで殴ってみて」と頼んだ瞬間、膝から崩れ落ちてしまい、驚いたけれど。
 できるわけがないだろう、と涙目で訴えられて、渋々ぬいぐるみを手渡した。
 投げつけられた、軽くてふわふわのぬいぐるみを結界が弾いたことで、ようやく安心してもらえたので、やってみるものである。
 なぜかルカにまで「おそろしい子……」みたいな目で見られたのは解せないけれど。

「明日は移住用の荷造りをしなくちゃ。伯母さまも荷物を送ってくださるようだし」

 心配性の伯父と伯母が色々と物資を用意してくれるらしい。
 異世界での商売については、まだ先の話だけれど、伯父に頼まれたことがあるのだ。
 
「それはもう少し落ち着いてからになるかしら。伯父さまのおかげで資金がたっぷり使えそうで心強いわ」

 従兄たちも異世界で必要そうな物を揃えてくれるらしいので、何が送られてくるのか、今から楽しみだった。

「一日に一度は必ず、こちらの世界に戻って、無事かどうかの連絡を入れるのはちょっとだけ面倒だけど……」

 生存確認というやつなのだろう。
 まぁ、日本のトイレとお風呂は使いたいので、そこまで負担もないし問題はない。

「ネット通販で購入した荷物も引き取りたいから、特に問題はないわね」

 日中、異世界で過ごしたとしても、敷地内に宅配ボックスを設置してあるので買い物にも不自由はしない。
 何なら、近くのお店からピザの出前だって頼める。

「私の異世界移住、わりと勝ち組では?」

 あれから暇な時間に流し読みした異世界モノの小説では、衣食住に苦労する話が多かったけれど、リリはあの魔法のドアでいつでも日本の家へ帰還できるのだ。

(まぁ、あまり長時間こちらには滞在できそうにはないけれど……)

 半日過ごした今、実感している。
 以前ほどではないけれど、少しだけ身体が怠い。
 ステータスを鑑定してみると、魔力が半分まで減っていた。

「うそ……。だって、生活魔法では魔力をほとんど消費しなかったのに?」

 まさか、魔法を使わなくても魔力は自然と減少していくのだろうか。
 
「でも、シオンおばあさまは回復力が上回っていたと言っていたわよね……?」

 理由は分からないが、このままこちらに滞在していると、また寝込むことになりそうだ。

「とにかく、すぐに異世界むこうに行かなくちゃ! 暗くなる前にはドアを使いたい」

 真っ暗な森を歩くことを考えると、ぞっとした。いくら安全な場所だと言われていても、普通に怖い。
 夜は向こうで過ごすことにして、とりあえずは荷造りが必要だ。
 大急ぎで自室へ戻ると、衣服や日用雑貨などをごっそりショルダータイプのアイテムバッグに収納する。
 少し考えて、寝具一式も持って行くことにした。魔法の家にもベッドは揃っていたが、やはり日本製の寝具の方が質が良さそうだったので。

「あとはキッチン用品と食料は必須ね」

 キッチンへ降りて、目についた調理器具に調味料などを収納していく。
 冷蔵庫と冷凍庫の中身、パントリー内の食料も全てストレージバングルに移した。
 時間が停止した状態で保存できるなら、ストレージバングルで収納しておいた方が断然いいに決まっている。
 あとは念のために救急箱や衛生用品などもアイテムバッグに収納すると、ようやく一息をつけた。

「薄暗いかもしれないから、懐中電灯も持って行こう」

 玄関脇のシュークローゼットに置いてあったはず。
 懐中電灯の他にランタンも見つけたので、これも持って行こう。

「あ……靴を忘れていた。スニーカーとショートブーツ、サンダルにスリッパも持っていこう」

 異世界へのドアを通る際にはスリッパから靴に履き替えていたのを忘れていた。
 森の中を歩きやすい靴がいい。
 ちょうど新品のスニーカーがあったので、そのまま履いていくことにした。


◆◇◆


 鍵を右側に回して、魔法のドアを開ける。森の中だからか、こちらの世界よりも日が暮れるのが早い。
 真っ暗闇ではないが、薄暗くて落ち着かない。懐中電灯と迷ってランタンを使うことにした。
 LEDランプの明るい光が心強い。
 とはいえ、視界はあまり良くないのでゆっくりと歩いていく。
 昼間とはまったく違う森の中の様子に戸惑いながら、湖を目指した。

「……こっちで合っていた、よね?」

 ぽつりと呟くと、途端に不安になった。
 立ち止まり、途方に暮れていると、何かが足元で蠢いた。

「っ⁉︎」
『一週間後に来るんじゃなかったの?』

 どうにか悲鳴を上げるのは我慢できた、と思う。
 激しく脈打つ左胸をそっと片手で押さえて、リリは細く長い息を吐き出した。
 そうして、足元に寄り添う黒猫のナイトを恨めしげに見下ろす。

「ふぅ……死ぬかと思った」
『えっ、どうして⁉︎   ボク、声を掛けただけだよ?』
「貴方の素敵な闇色の毛皮は、今の私には見えないの。だから、すごくすごく驚いた。心臓が止まってしまうかと思った」
『ニンゲン、脆弱すぎない⁉︎』
「脆弱なのよ。しかも、私はその中でもとびきり弱い。最弱と言ってもいい」
『何でそこで胸を張るの……ええぇ…?』
「よわよわなので、あまり驚かさないでください」
『分かった……。まさか、このくらいで見えなくなるなんて』

 ため息を吐く黒猫を憮然と見やる。

「あいにく私はネコではないから、夜は見えにくいの」
『そうなの? シオンさまは平気で夜の散歩を楽しんでいたけど……』
「エルフと一緒にしないでください」
『うん……まぁ、リリが最弱なのは分かった。責任重大だなぁ……』
「なので、道案内をお願いします。湖があった場所まで」

 暗がりを怖がる彼女のためにナイトが生活魔法のひとつ、【照明ライト】を使ってくれたおかげでリリは転ぶことなく、目的地に辿り着くことができた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...