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13. 説得しました
しおりを挟むそれから伯父一家と異世界へ移住する件について話し合いをして、どうにか許してもらえた。
いくつかの条件付きとなったけれど、それで彼らの協力を得られるのなら問題はない。
日が暮れる前に、彼らは帰宅した。
最後までここに一泊すると主張していたレオとルカの兄弟を伯母が叱りつけ、伯父が引き摺るようにして連れ帰ってくれた。
「ようやく静かになった……」
ふぅ、とため息を吐く。
思ったよりも簡単に許可がもらえて、少しの戸惑いが残ったが。
「でも、これで気兼ねなく向こうの世界へ行ける」
新しい世界へ一歩を踏み出せるのだ。
不安や怯えよりも、期待がそれを上回っていた。
「きっと、異世界なら、私は他の子と同じように走ったり跳んだりできるのよね。今日のカレーのように、お腹いっぱい肉料理も食べられるし、旅行だって楽しめるはず」
海外どころか、国内旅行もほとんど経験がないリリにとって、旅を楽しめるのなら、異世界だろうが関係ない。
まだ見ぬ世界に期待が膨らんだ。
伯父一家は自分たちが異世界へ行けないことを残念がっていたが、リリが唯一使える生活魔法を見せると、目を輝かせて喜んでくれた。
使ったのは【洗浄】の魔法。カレーがこびりついた鍋が一瞬でピカピカになって、伯母が手を叩いて喜んでくれた。
あとは結界の魔道具を試してもらった。レオに麺棒を渡して「それで殴ってみて」と頼んだ瞬間、膝から崩れ落ちてしまい、驚いたけれど。
できるわけがないだろう、と涙目で訴えられて、渋々ぬいぐるみを手渡した。
投げつけられた、軽くてふわふわのぬいぐるみを結界が弾いたことで、ようやく安心してもらえたので、やってみるものである。
なぜかルカにまで「おそろしい子……」みたいな目で見られたのは解せないけれど。
「明日は移住用の荷造りをしなくちゃ。伯母さまも荷物を送ってくださるようだし」
心配性の伯父と伯母が色々と物資を用意してくれるらしい。
異世界での商売については、まだ先の話だけれど、伯父に頼まれたことがあるのだ。
「それはもう少し落ち着いてからになるかしら。伯父さまのおかげで資金がたっぷり使えそうで心強いわ」
従兄たちも異世界で必要そうな物を揃えてくれるらしいので、何が送られてくるのか、今から楽しみだった。
「一日に一度は必ず、こちらの世界に戻って、無事かどうかの連絡を入れるのはちょっとだけ面倒だけど……」
生存確認というやつなのだろう。
まぁ、日本のトイレとお風呂は使いたいので、そこまで負担もないし問題はない。
「ネット通販で購入した荷物も引き取りたいから、特に問題はないわね」
日中、異世界で過ごしたとしても、敷地内に宅配ボックスを設置してあるので買い物にも不自由はしない。
何なら、近くのお店からピザの出前だって頼める。
「私の異世界移住、わりと勝ち組では?」
あれから暇な時間に流し読みした異世界モノの小説では、衣食住に苦労する話が多かったけれど、リリはあの魔法のドアでいつでも日本の家へ帰還できるのだ。
(まぁ、あまり長時間こちらには滞在できそうにはないけれど……)
半日過ごした今、実感している。
以前ほどではないけれど、少しだけ身体が怠い。
ステータスを鑑定してみると、魔力が半分まで減っていた。
「うそ……。だって、生活魔法では魔力をほとんど消費しなかったのに?」
まさか、魔法を使わなくても魔力は自然と減少していくのだろうか。
「でも、シオンおばあさまは回復力が上回っていたと言っていたわよね……?」
理由は分からないが、このままこちらに滞在していると、また寝込むことになりそうだ。
「とにかく、すぐに異世界に行かなくちゃ! 暗くなる前にはドアを使いたい」
真っ暗な森を歩くことを考えると、ぞっとした。いくら安全な場所だと言われていても、普通に怖い。
夜は向こうで過ごすことにして、とりあえずは荷造りが必要だ。
大急ぎで自室へ戻ると、衣服や日用雑貨などをごっそりショルダータイプのアイテムバッグに収納する。
少し考えて、寝具一式も持って行くことにした。魔法の家にもベッドは揃っていたが、やはり日本製の寝具の方が質が良さそうだったので。
「あとはキッチン用品と食料は必須ね」
キッチンへ降りて、目についた調理器具に調味料などを収納していく。
冷蔵庫と冷凍庫の中身、パントリー内の食料も全てストレージバングルに移した。
時間が停止した状態で保存できるなら、ストレージバングルで収納しておいた方が断然いいに決まっている。
あとは念のために救急箱や衛生用品などもアイテムバッグに収納すると、ようやく一息をつけた。
「薄暗いかもしれないから、懐中電灯も持って行こう」
玄関脇のシュークローゼットに置いてあったはず。
懐中電灯の他にランタンも見つけたので、これも持って行こう。
「あ……靴を忘れていた。スニーカーとショートブーツ、サンダルにスリッパも持っていこう」
異世界へのドアを通る際にはスリッパから靴に履き替えていたのを忘れていた。
森の中を歩きやすい靴がいい。
ちょうど新品のスニーカーがあったので、そのまま履いていくことにした。
◆◇◆
鍵を右側に回して、魔法のドアを開ける。森の中だからか、こちらの世界よりも日が暮れるのが早い。
真っ暗闇ではないが、薄暗くて落ち着かない。懐中電灯と迷ってランタンを使うことにした。
LEDランプの明るい光が心強い。
とはいえ、視界はあまり良くないのでゆっくりと歩いていく。
昼間とはまったく違う森の中の様子に戸惑いながら、湖を目指した。
「……こっちで合っていた、よね?」
ぽつりと呟くと、途端に不安になった。
立ち止まり、途方に暮れていると、何かが足元で蠢いた。
「っ⁉︎」
『一週間後に来るんじゃなかったの?』
どうにか悲鳴を上げるのは我慢できた、と思う。
激しく脈打つ左胸をそっと片手で押さえて、リリは細く長い息を吐き出した。
そうして、足元に寄り添う黒猫のナイトを恨めしげに見下ろす。
「ふぅ……死ぬかと思った」
『えっ、どうして⁉︎ ボク、声を掛けただけだよ?』
「貴方の素敵な闇色の毛皮は、今の私には見えないの。だから、すごくすごく驚いた。心臓が止まってしまうかと思った」
『ニンゲン、脆弱すぎない⁉︎』
「脆弱なのよ。しかも、私はその中でもとびきり弱い。最弱と言ってもいい」
『何でそこで胸を張るの……ええぇ…?』
「よわよわなので、あまり驚かさないでください」
『分かった……。まさか、このくらいで見えなくなるなんて』
ため息を吐く黒猫を憮然と見やる。
「あいにく私はネコではないから、夜は見えにくいの」
『そうなの? シオンさまは平気で夜の散歩を楽しんでいたけど……』
「エルフと一緒にしないでください」
『うん……まぁ、リリが最弱なのは分かった。責任重大だなぁ……』
「なので、道案内をお願いします。湖があった場所まで」
暗がりを怖がる彼女のためにナイトが生活魔法のひとつ、【照明】を使ってくれたおかげでリリは転ぶことなく、目的地に辿り着くことができた。
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