13 / 180
12. 異世界に移住します
しおりを挟む伯父に連絡した、翌日。
忙しいはずの伯父一家が総出で我が家を訪ねてきた。フットワークが軽すぎる。
「リリ!」
「無事か、リリ!」
インターホンに応えて、ドアを開けるなり大男二人に囲まれてしまう。
「いらっしゃい。早かったですね、伯父さま」
しれっと従兄たちからの拘束から逃れて、後から顔を見せた伯父を笑顔で出迎える。
「お邪魔するよ。元気そうで良かった」
「二日ぶりですね。ふふ、おかげさまで元気です」
「まぁ、本当! リリちゃん、血色がとてもいいわ」
「ありがとうございます、伯母さま」
両腕を広げて、そっとハグをしてくれる女性にリリは素直に身を任せた。
「リリ……冷たい」
「お前が鬱陶しいからだろ」
「何を。絶対にお前の方が面倒だったからだ」
「落ち着いて、ふたりとも。喧嘩するなら、ここから追い出すわよ?」
睨み合い始めた海堂兄弟を、リリはため息まじりに仲裁する。
途端に二人は圧の強い笑顔を浮かべて肩を組んだ。仲良しアピールのつもりだろうか。顔が引き攣っていて、説得力が皆無だ。
「……とりあえず、中へどうぞ。レオ兄もルカ兄も」
「おう!」
「お邪魔します」
海堂玲王は長男、二十五歳。海堂グループの跡継ぎとして現在は関連企業で勉強中だ。どちらかと言えば体育会系で、俗に言う陽キャタイプ。
次男の海堂瑠海は二十二歳。大学四年生。メガネがトレードマークの文系だ。
どちらもタイプが違うが美形なため、女性人気が凄まじい。
おかげで学生時代は、従妹であるリリに対する嫉妬の眼差しには辟易としたものだった。
二人とも過保護すぎるから、誤解されるのだ。
さすがに直接的に何かを仕掛けてくるような連中はいなかったけれど、ちくりと嫌味を言われることはあった。
省エネ少女のリリとしてはそんな連中は徹底的に無視したが。
ちなみにリリは自分が女子たちから嫌われていると考えていたけれど、実は密かに慕われていたことを知らない。
海堂家のお姫さまとして憧れの目で見られていたのだ。
イケメンの従兄二人に溺愛されている、こちらもまた美しく華奢な少女。
綺麗なお人形さんを愛でるように、そんな彼らを眼福だと女子たちは楽しんでいたのだ。
害がないなら、と放置していた従兄二人は確信犯。リリだけが知らないでいた。
「それで、リリ。大事な話とはいったい何なのかな?」
伯父の疑問ももっともだ。
むしろ、それだけの申し出に家族総出で郊外まで押しかけてこられたのには驚いた。
「ちょっとだけ長い話になります。なので、よければお食事をしながら、説明しても?」
「昼食を?」
伯父たちをダイニングに案内するリリに向かい、レオとルカの兄弟がうるさい。
「まさかリリが用意してくれたのか?」
「リリが作った? 大丈夫かな。怪我や火傷をしていないかい」
「カレーくらい、私でも作れます」
むぅ、と頬を膨らませながら訴えると、おお、と驚かれた。
「カレー! まさか、リリがカレーを?」
「リリが作ったのにも驚きだが、食べられるのか……?」
「失礼な。ちゃんと私が作りました。あと、食欲も出てきたので平気です」
疑わしそうな眼差しを二人から向けられたが、つんと顎を上げて主張する。
不本意ではあるが、従兄たちが信じてくれないのも仕方ない。
病弱な彼女は胃腸も弱く、少食だった。
カレーなんて匂いを嗅ぐだけで気分を悪くしていた。まず、肉をほとんど受け付けない体質であったので仕方ない。
そんな彼女が、まさかカレーを作り上げて自分たちと一緒に食べてくれるなんて!
昨夜から仕込んでおいたビーフカレー。
付け合わせはコブサラダ。小さく角切りにした色とりどりの野菜が愛らしい。
ついつい張り切って、ポテトサラダまで作ってしまった。
「どうぞ。召し上がれ」
にこりと笑って、リリは皆に手料理を振る舞った。
◆◇◆
たっぷりのカレーライスをぺろりと平らげて、サラダも完食したリリの様子を直接目にして、伯父一家は荒唐無稽な話を受け入れてくれた。
と言うか、伯父だけは曾祖母が異世界からの移住者であることを知っていたようだ。
「海堂家はシオンおばあさまの未来視の能力で成り上がった一族だからね」
「知らなかった……」
さすがにエルフというファンタジーな種族であったことは伯父も知らなかったようだが、彼女が不思議な能力を使うことは知っていたらしい。
「その血をリリが強く引いてしまったから、ずっと体が弱かったのだね」
「まぁ……。では、治らないの?」
「体質ですから。私が唯一、生き延びる方法がシオンおばあさまがとった移住という選択なの」
「反対! 異世界に移住なんて、とんでもない! こんな田舎で療養するのにも反対だったのに」
「レオ、我儘を言ってリリを困らせるのではないよ」
「そうだぞ、兄貴。俺もリリと離れて暮らすのは寂しいが、死別はもっと嫌だ。……リリ、もう二度と会えないわけではないのだろう?」
さすが、頭脳明晰で参謀タイプを自称するルカだ。リリは感心しながら頷いた。
「もちろん。シオンおばあさまが遺してくれた魔法のドアで異世界とこの家は繋がっているから」
「それは良かった。……で、俺たちもその異世界には行けるのだろうか」
「! その手があった!」
「レオ、黙りなさい。……リリ、どうなのかな?」
穏やかな口調ながら、伯父の目にも好奇心の色が見え隠れしている。異世界に興味津々らしい。
「残念ながら、エルフであるシオンおばあさまの血を濃く引いている私しか、あのドアを通れないみたい。魔法の道具も所有権は私に委譲されているから、多分使えないと思う」
そう答えると、全員にがっかりされてしまった。何だか申し訳ない。
「ちゃんと、この家には戻ってくるから」
「……この家? 本邸には帰ってこないのか?」
「難しいと思う。今は魔力が回復しているから元気だけど、この敷地から外に出たら、また魔力不足で具合が悪くなるかと……」
敷地内はどうやらシオンが張った結界があるようで、うっすらと魔力が残っているのだ。
ここでなら、異世界ほどではないが、『敷地の外』よりは楽に過ごせる。
「お風呂やトイレはこの家の物を使いたいし、文明の利器は手放せないもの」
「リリちゃん現代っ子だものね。それは仕方ないわ」
「それに、向こうの世界で暮らすのなら、お金を稼がないといけないでしょう? でも、バイトさえしたことがない私にできることって限られているから……」
思い付いたのは、『お店屋さん』だ。
それなら、従兄たちと楽しくごっこ遊びをしたことがある。
「日本の品物を異世界で売ろうかな、と」
「……悪くない。いや、面白いんじゃないか?」
荒唐無稽な考えに、真っ先に賛成してくれたのは伯父だった。
2,022
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる