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11. 魔素のある世界
しおりを挟む魔法の家へと姿を変えたトランクは、半日ほどで魔力を充填できたようだ。
空っぽになっていた魔力が満タンになった今なら、魔素の薄い街中でもちゃんと稼働ができるらしい。
太陽光発電のように、自動で周囲の魔素を吸収するのだと黒猫のナイトが教えてくれた。
『これで、外の世界でも結界が稼働するようになったよ。中の魔道具もちゃんと動く』
「ほんと? 良かった。水とコンロが使えるなら、ここで調理ができる」
異世界に移住するのなら、まずは住む場所が必要だ。それは、この魔法のトランクがあれば心配ない。
持ち運びができる素敵な家があるので、落ち着いたら異世界を旅しながら暮らすのも楽しそう。
食事はまずは日本から持ち込んだ食材を使えばいい。異世界の食べ物もすごく気になるけれど。
「フライパンや鍋はあるけれど、どれもすごく重い……。日本製の軽い調理器具を持ち込んだ方が良さそう」
キッチンを確認していると、スツールにちょこんと腰掛けてこちらを眺めていた黒猫がぽつりと呟いた。
『……キミ、料理できるの?』
ナイトと名乗った黒猫は懐疑的な眼差しをこちらに向けている。失礼な。ちょっとムッとしながらも、リリは胸を張った。
「できるわ。調理実習は好きだったし、伯母さまに教えてもらったもの。……あまり手の込んだものはまだ作ったことはないけれど」
レシピがあればその通りには作れる程度の腕前だ。本人が少食なため、レパートリーが豊富とは言い難かったが。
呆れられるかしら? ほんの少し不安だったけれども、なぜかナイトは白いヒゲをぴんと立てて目を丸くした。
『え、すごい! ちゃんと食べられるものを作れるんだねっ? すごいじゃないか、曾孫!』
「え、喧嘩を売られている……? あと、曾孫と呼ばないで」
綺麗な空色の瞳がキラキラと輝きながら自分を見上げてくるので、バカにされているようではないと気付いた。
黒猫は不思議そうに小首を傾げている。
『喧嘩は売っていないよ? だって料理ができるなんて、すごいじゃないか。シオンさまは消し炭を作るのが得意だったから……』
「消し炭……」
そういえば、何でも器用にこなす曾祖母だが、料理の腕前だけは壊滅的であったと、以前に父から聞いたことがあったような。
『せっかくの上質な魔獣肉を一瞬で台無しにするんだ。あれは一種の才能だったね』
やれやれと首を振る黒猫。感情表現が豊かだ。省エネ少女とからかわれていたリリからしたら少し羨ましい。
「安心して。ものすごく得意というわけではないけれど、普通に食べられるご飯は作れるから」
『そう? なら、楽しみにしてる。曾孫……じゃなくて。キミのこと、何て呼べばいい?』
ちゃんと聞いてくれていたようだ。
「リリでいい。あらためて、よろしく」
『分かった。リリ』
小さな前脚とそっと握手をかわす。ふわふわの毛並みが最高だ。
さりげなく肉球にも触れてみたが、とても素晴らしかった。あれはいい。
『魔力が回復したようだし、もう家に帰るといいよ。移住の準備ができたら、ここにおいで』
「分かった。まずは家族を説得しなくちゃ。一週間くらいはかかるかも」
心配性の従兄たちの顔を思い浮かべて、リリは眉を顰めた。あれを説得するのは大変そうだ。もう少しかかるかもしれない。
「ナイトはこの場所で待っていてくれるの?」
『聖域はボクの庭みたいなものだからね』
「そう……。じゃあ、これを」
リリはキッチンの隅で見つけた、ひと抱えほどの大きさのカゴをナイトに差し出した。
中には膝掛けを敷き詰めて、居心地良く整えてある。これだけだと寂しいので、クッキーやマドレーヌも添えてみた。
カゴの中を覗き込んだ黒猫が何とも言えない表情を浮かべている。
「夜になると冷えそうだから。あと、甘いお菓子が好きそうなので、クッキーとマドレーヌをどうぞ。マドレーヌはおばあさまの好物だったの」
『ふぅん。べつに、いいのに。……でも、ありがと』
ふすん、と小さく鼻を鳴らすと黒猫はカゴに鼻先を触れ合わせる。
すると、カゴは中身ごと消えてしまった。
「消えた」
『収納スキルだよ』
「え、すごい……有能……」
『ふふん』
胸を張る姿がとてもかわいい。
リリは口元を微かに綻ばせて、そっとナイトの頭を撫でてあげた。
「じゃあ、行くね」
魔法の家を出て、トランクに戻す。
ドアノブに手を触れて「マイホーム、収束」と唱えると、煉瓦造りの家は元のトランクに変化した。
こんな魔法があるなんて、異世界はすごいと思う。
魔法のトランクは曾祖母の血を濃く引いたリリにしか使えないと手帳には書かれていた。
万が一、誰かに盗まれたとしても『魔法の家』を展開させることはできないようだ。
装飾品にしか見えない、魔法の指輪やネックレス、ブローチなどもリリが装着した時点で所有者登録がされているらしい。
「トランクはストレージバングルに収納」
気楽に手ぶらで歩いていく。
日本の我が家と繋がるドアまでのんびりと、森林浴を楽しみながら向かった。
傍らを歩く黒猫は、転移扉まで見送ってくれるようだ。
開け放ったままのドアの手前に止まり、リリは黒猫を振り返った。
「一緒に行く?」
『行けないよ。この世界のモノはそのドアを通れないんだ。……まぁ、リリと魔法の契約を交わして、ボクが正式にキミの使い魔になったら通ることもできると思うけど』
きっぱりと首を振ってはみたけれど、扉の向こうの世界がナイトは気になるようだった。
(シオンおばあさまが暮らしていた世界が、きっとどんな場所か気になるんだろうな)
そう考えると、とてもいじらしく思える。
「そう。ナイトが私の使い魔になってもいいなと思ってくれたら、教えてほしい。私はいつでも歓迎するから」
それには答えずに、黒猫は小さくニャアと鳴いた。
◆◇◆
ドアを通り抜けると、そこは見慣れた曾祖母の部屋だった。
扉を閉めると元通り。異世界の痕跡はどこにも見当たらない。まるで夢を見ていたかのようだが、現実だ。
(だって、こんなにも身体が軽い)
まるで背中に翼が生えたみたい。
油断するとスキップを踏みそうになるくらい、リリはかつてないほどに元気だった。
「さて、まずは最大の難関をどうにかしないといけない。……どうやって説得しよう?」
両親は放任主義なので、おそらくはリリの選択をすんなり認めてくれるだろう。
伯父と伯母もきちんと説明すれば、心配しつつも手助けしてくれるはず。
問題は、兄代わりの従兄たちの存在だった。
「うーん……やっぱり、異世界に行って元気になった姿を見せるのがいちばん手っ取り早いかしら?」
それでもダメなら、最後はとっておきの『泣き落とし』作戦に持ち込むしかない。
「うん、それがいい。さっそく連絡してみよう」
下手に誤魔化したりすれば、あの従兄たちのことだ。絶対に反対するに違いない。
曾祖母のことや異世界の話をどこまで信じてくれるかは分からないが、真摯に説明しようと思った。
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