【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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22. 泣き虫ドラゴンと黒猫

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「つまり、リリィはずっとこの世界にいてくれるのだな?」

 鼻息荒く聞いてくるルーファスの頭をナイトが軽くネコパンチで叩いた。

『話、聞いてた? 魔素欠乏症なリリが生きていくために、この世界に移住はするけど、ちゃんと向こうの世界とも行き来するって。だから、ずっとではないよ』
「にほんにも帰るのか……。シオンを奪った、憎きにほんに」
『言い方。別にシオンさまを奪われたわけじゃないぞ』

 ぺちぺちとネコパンチを繰り返されたルーファスが唇をきゅっと引き結ぶ。

「……お前だってシオンがいなくなった時には大泣きしていたくせに」
『大泣きしたのはキミだろ。聖域に川ができるくらい泣き暮らしていたキミに言われたくないね!』

 ぼそりと呟かれた内容に、ナイトは背中の毛を立てて怒った。

(おお、初めて見た。これが「やんのか」ポーズ。不思議と胸がときめく……)

 やんのかネコちゃんの姿を愛でていたい気持ちはあるが、いい加減で話を進めたい。
 リリは摘み上げたクッキーを黒猫と人型のドラゴンの口にそれぞれ突っ込んでやった。

「むぐっ……急に何をする、リリィ…もぐもぐ…うまいな……もぐ」
『何これおいしい』

 文句を言いつつも大人しく口の中の物を噛み砕き咀嚼する二人。育ちが良さそうだ。

「うん、静かになった。喧嘩はやめてくださいね、ふたりとも」

 きっと睨み付けて叱ると、二人は素直に押し黙った。

『……あまり似ていないと思ったが、怒った表情はシオンとそっくりだ』
『笑った顔もシオンさまと良く似ているよ、リリは』
『なに! キサマ、リリィに笑い掛けてもらったのか。羨ましい!』

 こっそり念話で会話するふたりには気付かず、リリは説明を続ける。

「ナイトの言う通りに、基本はこの世界で過ごすつもりだけど、毎日必ず日本に戻って、家族に連絡しないといけないんです。向こうのお風呂にも入りたいし、通販の荷物も受け取りたいので」

 料理のレシピ本やキャンプ用品など、購入した物がそろそろ届いている頃だ。

「で、今は近くの街に向かっている途中なんです。聖域は素敵な場所だったけど、人が生活するには不向きなので」
『街なら、お店も持てるしね』
「そう。街で拠点となるお家とお店が欲しいんです。魔素のおかげで元気になれそうだし、せっかくの一人暮らしを楽しもうと思って」

 ルーファスが不思議そうに聞いてくる。

「店、とは? リリィが店を営むのか?」
「はい。自分の食い扶持はちゃんと自分で稼ぎたいので」

 リリィには物作りの才能はないので、日本から仕入れた品を売ることになるが。

「金が欲しいのか? シオンの財産があるだろう。使い切れない額をいつも持て余していたはずだが」

 なんと、曾祖母はそんなにお金持ちだったのか。そういえば、この世界を救った伝説の大魔女だった。

『シオンさまは異世界に移住する前にポーションや魔道具、魔石、希少な薬草や黄金の装飾品をしこたま買っていたから、お金はもうないんじゃないかなぁ』

 筆頭使い魔の話を聞いて、ルーファスが頭を抱えてしまった。
 使い切れないほどの財産を移住に向けてきっちり使い切ったらしい。
 思い切りがいいのは昔から変わらなかったようだ。

「なら、俺が養ってやろう。シオンの曾孫なら、俺にとっても曾孫のようなものだ。うん、それがいい。そうしよう!」

 何故だか、そんな結論に至ったようだ。
 一人で盛り上がるルーファスをナイトとリリが冷ややかに見詰める。

「いえ、結構です。私、貴方の曾孫ではないですし、ちゃんと自活したいので」
「……曾孫が冷たいぞ、黒猫」
『曾孫じゃないし。リリはボクのあるじだ』

 ふふん、と胸を張るナイト。ぐぬぬ…と顔を赤くして怒るルーファス。
 かわいいネコちゃん相手に大人げないドラゴンである。

「とにかく、今は私たち急いでいるんです。日が暮れたら運転できないので、日中になるべく距離を稼ぎたいの」
『そうそう。だから、邪魔なドラゴンは尻尾を巻いて寝床に帰るといいよ。ボクたちは先を急ぐから』
「ずるい。黒猫はいつもそれだ。俺は放出する魔力が濃くて鬱陶しいとシオンに追い払われていたのに、筆頭使い魔だからねってべたべたシオンにひっついて! 俺は友達だったのに!」

 再びしくしくと泣き始めた男に、リリはうわぁと呆れてしまった。
 ドラゴンの姿の時はまだ可愛げがあったのだが、赤毛の大男の泣き顔はキツい。
 魔力過多症を患ったシオンには確かにこの魔力は毒にしかならないだろう。
 そうリリでさえ納得するほどに、ルーファスから自然と放出されている魔素は濃い。

(これ、聖域よりも濃いのでは?)

 魔素欠乏症のリリにとっては、この男が傍にいるのは心地よいが、シオンにはさぞ辛かったことだろう。

(だから邪険に扱ってしまったのね。それで、このドラゴンは拗ねて泣き虫になってしまった、と)

 同情の余地はあるが、鬱陶しいことには変わりない。

「そうだ! 急いでいるなら、俺が運んでやろう。最寄りの街まで、ひとっ飛びだぞ」

 名案だ、とばかりに顔を輝かせているが却下だ。すわドラゴンの襲撃かと、街の皆さんに警戒されてしまう。

「目立ちたくないので結構です」
「ううぅ……っ」
『……そんなに一緒にいたいの、キミ?』
「いたい。だってニンゲンは目を離すとすぐに死んでしまう。エルフは長生きだから友達になれると笑っていたシオンだっていなくなった」

 ルーファスは二百五十歳のナイトを「ちょっとしか生きていない」と言っていた。
 長命で頑丈なドラゴンにとって、多種族の友達は得難いものなのだろう。
 それを考えると、少し可哀想な気もする。

「……でも、私も人間だし、とても弱いので、たぶんあまり長生きはできないと思います。それでも一緒にいたいですか?」

 酷な質問だとは思うが、聞かずにはいられなかった。
 ルーファスは俯いていた顔を上げた。潤んだ双眸でまっすぐリリを見詰めてくる。

「一緒にいたい。今度こそ目を離さない。絶対に守り切る。大切な親友の忘れ形見を、俺が彼女の代わりに庇護する。だから……」
『ルーファス……』

 ナイトも戸惑っているようだ。
 空色の瞳を曇らせながら、喧嘩仲間の赤毛の男とリリを交互に見やっている。
 ふぅ、とリリはため息を吐いた。

「仕方ないですね。ルーファスの同行を認めます。ただし、ドラゴンの姿は禁止! 私を守るためだとしても、軽率に人を傷付けるのもダメですよ?」
「! 分かった。人の姿でリリィの傍にいる。リリィを害するようなニンゲンがいたとしても、じっくり考えてから倒すと誓おう」
「はい。それでお願いします」
『え、いいの? 結局、人は傷付けてない?』
「シオンおばあさまの手帳に、この世界は過酷だと書いてありました。野盗や強盗、犯罪者がごろごろいると」
『ああ、うん。いるね、たくさん』
「そういう輩に容赦は無用だと」
「さすが、シオン。趣味が野盗狩りだけあるな」
『シオンさま、犯罪者には容赦なかったからなぁ……』

 平和な日本に住んでいたリリだが、犯罪に巻き込まれるのはごめんだ。
 無辜むこの民に害が及ぶのはダメだが、犯罪行為には断固として反対する。

「正当防衛は仕方ないので、ルーファスには護衛役をお願いします」

 にこりと微笑みかけると、大輪の薔薇が咲き乱れるような、それはそれは華やかなルーファスの笑みが披露された。
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