【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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21. ルーファス

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 赤毛の男性に姿を変えたドラゴンはルーファスと名乗った。
 荒削りだが端正な容貌をしており、立派な体躯の持ち主だ。
 黄金色の瞳はドラゴンの時と同じ虹彩。愁いを帯びた眼差しが神秘的で、多分ものすごく玄人筋の女性にモテそう。
 その物憂げな様子が、さっきまで泣いていた所為せいだと知っているリリにはあまり響かなかったけれど。

『あらためて紹介するよ。もう、分かっているとは思うけど……彼女はシオンさまの曾孫だ。のっぴきならない事情があって、異世界からこの世界に移住することになったから、シオンさまの筆頭使い魔たるボクがそのお世話をしている』

 小さく咳払いして、ルーファスにそう切り出したのは黒猫のナイトだ。
 リリの肩にちょこんと座り、背の高いルーファスを見上げている。
 引き合わされたリリは素直に名乗った。

海堂凛々かいどうりりです。リリと呼んでください」

 異世界では日本の苗字はあまり意味がないだろうと途中で気付いて、名前で呼んでもらうことにした。
 ルーファスはうむ、と軽く顎を引いて頷いてみせると、さっそく名前を復唱する。

「リリィ、だな。よろしく」
『ルーファス。リリィじゃなくて、リリだよ』

 すかさずナイトに指摘され、「すまない」と慌てる様子が面白い。
 あんなに大きくて強そうなドラゴンなのに、小さな黒猫に叱られてしょんぼりする姿がおかしかった。
 ふふっ、と笑うとルーファスは驚いたようにこちらを凝視する。
 
(あ、もしかして笑われて嫌な気分になったのかしら?)

 バカにされたと思われたのかもしれない。
 リリは慌てて首を振った。

「ごめんなさい。リリィ、の響きがくすぐったくて笑ってしまったの。私のことをそう呼んでくれていたシオンおばあさまのことを思い出して」
「……シオンが?」
「はい。リリという響きが言いにくかったみたいで。シオンおばあさまだけが私のことをリリィと呼んでいたんです」

 少しだけ舌ったらずな口調で「リリィ」と呼ばれる瞬間が好きだったことも思い出す。
 甘やかで、優しいひとときだった。

「シオンだけの、彼女だけが呼んでいた名前なんだな。リリィ。いい名だ。俺もそう呼ばせてもらっても?」

 まるで大型犬が大好物を前に「待て」と言われたような。そんな切ない表情でねだられたら、リリに断れるはずもなく。

「どうぞ。好きに呼んでいいです」
「ありがとう、リリィ」

 目が合って、何となく微笑みを交わしていると、ずいっとナイトが二人の間に割り込んできた。もふもふの毛皮が顔に当たって気持ちがいい。

『ずるいよ、リリ! ボクもリリィって呼んだ方がいい?』

 ヤキモチかな? 拗ねた様子が愛らしすぎて、リリは笑みを深めた。

「ナイトにはリリって本名で呼んでもらいたいな。……ダメ?」
『──いいよ。ボクはそこの滑舌の悪いドラゴンとは違うからね。ちゃんと本当の名前でキミを呼んであげる』
「ありがとう」

 こっそりお腹の柔らかな猫毛を頬で堪能していたリリは笑顔でお礼を言った。
 ネコ吸いとやらを初めてしてみたのだが、これは素晴らしいものだと理解する。

 ともあれ、どうやら黒猫とドラゴンは久しぶりの邂逅らしいので、キャンピングカーに招くことにした。


◆◇◆


「見たこともない物ばかりだ」

 ドラゴンは好奇心が旺盛だったようで、キャンピングカーの中を大喜びで探索した。
 そしてナイトと同じく、曾祖母が手掛けた『改造リフォーム』にもすぐに気付いた。

「ほぅ。異世界の知識とこちらの世界の術式を組み合わせた魔道具を作ったのだな。これは便利だ」
『さすが、シオンさまだよね! このポットなんてすごいんだぞ。すぐにお湯が沸くんだ』
「この冷蔵庫とやらも素晴らしいぞ。食材を冷やして保管するなど、考えたこともなかった」
『ボクらには収納スキルやアイテムバッグがあるからね』

 男子二人でキャッキャと楽しんでいるようなので、リリは飲み物を用意することにした。
 紅茶やコーヒーはありきたりだ。
 せっかくドラゴンが訪ねてきてくれたのだ。この世界には無さそうなものを出して驚かせたい。
 そう考えたリリが選んだのは、コーラ。
 冷蔵庫内のペットボトルをそのままストレージバングルに収納したので、温くはなっていないはず。
 取り出して確認してみたが、キンキンに冷えていたので、笑顔でガラスのコップに注いだ。
 コーラときたら、お茶請けはポテチだろう。甘いお菓子の方が好きだった場合を考慮して、市販のクッキーも用意しておく。

『だけど、何よりも凄いのはこれだよ。なんと冷たい空気を発する魔道具だ!』

 ナイトはリリもイチオシのエアコンをルーファスにプレゼンしている。
 ドラゴンにとってもその魔道具は珍しいらしく、素直に驚いていた。
 その魔道具、冷たい空気だけでなく暖かい空気も出せるんですよ。
 そう告げて、さらに驚きを引き出したい気持ちもあったけれど、せっかくのコーラがぬるくなってしまう。

「お茶にしませんか、ふたりとも」
「む、すまない。いただこう」
『なにこの黒いの! 泥水っ?』
「シュワシュワした美味しい飲み物です。大人の味なので、苦手だったら甘いジュースもありますよ?」
『ボクはオトナだから、泥水だって平気だよ!』
「お前は俺と違って二百年とちょっとしか生きていないだろう」
『二百五十年だよ! キミだってドラゴンの中では若輩じゃないか!』

 喧嘩するほど仲が良いふたり、というやつなのだろう。小気味よくやり合いながらも、ふたりともどこか楽しそうだ。
 張り合いながらコーラをくぴりと飲んで、ふたりは同時にせた。

「うっ、ぐ…けほっ! なんだ、これは?」
『口の中がシュワシュワするうぅぅ』

 涙目のルーファスとナイトに慌てて口直しの甘いリンゴジュースを飲ませてやる。
 ドラゴンは炭酸が苦手だったらしい。
 コーラは受け付けなかったけれど、ポテチとリンゴジュースはふたりとも気に入ってくれた。

「面白い食感だな。これが異世界の食べ物なのか」
『にほんの食事はどれも美味しいよ。リリは料理が上手なんだ』

 なぜかナイトが胸を張って自慢する。
 ルーファスが大きく目を見開いて、リリを振り返った。

「まさか、シオンの血族が料理上手だと⁉︎」

 失礼な反応だが、そういえばナイトも似たようなことを言っていたような。

『驚きだよね。キミが寝床にしている溶岩そっくりのシチューを錬成するシオンさまの曾孫が料理上手とか』
「奇跡だな。リリィは天才だ。素晴らしい」

 誇らしげに褒められたが、あいにくルーファスには手作りの食べ物を一口も与えていない。溶岩そっくりのシチューと比べられても困るのだが。

 いつまでも話が進みそうにないので、リリは軽く咳払いをして注意を引いた。
 そうして、彼女がこの異世界に移住することになった過程を説明したのだった。
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