【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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24. ディアとボアの合挽き肉ハンバーグ

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 ジビエ肉でハンバーグを作る際には、オリーブオイルやサラダオイルを足すレシピが多い。
 足りない油分をオイルで補っているのだ。
 鹿肉は特に筋肉質な赤身部分が多いために、パサパサとした食感になりやすい。
 オイルの代わりに牛脂やラードを使うこともあるようだ。

「今回は鹿肉とイノシシ肉を合い挽きにしてハンバーグを作るから、オイルは使わないことにします」

 ストレージバングルから取り出したるは、ワイルドディアとワイルドボアの塊肉。
 鹿ディア肉だけだと食感が悪く、物足りないところだが、ここにボア肉を追加すれば、美味しい合い挽き肉となる。

「ワイルドボアのバラ肉、ここがたっぷりと良質の脂を蓄えている部位だから、これを混ぜると、しっとり美味しいミンチ肉になるはず」
『ふーん。ボクはどうしたらいい?』

 スツールにお座りして、塊肉を前にしたリリに向かって首を傾げるナイト。

「そうね……。お肉をみじん切りにするのは私がするつもりだったのだけど……」

 ネコ。ネコに任せられる調理は何だろう?
 スープでも作って、火加減を見ていてもらおうか。そんな風に悩んでいたリリだが。

『お肉を切ればいいの? じゃあボクがするよ』

 にゃっ、と可愛らしく黒猫が鳴くと、まな板の上のお肉が綺麗にカットされた。
 食べやすそうな、一口サイズだ。

「私より、切るのが巧い……」
『斬るのは得意なんだよ、ボク』
「じゃあ、食材を細かく切り刻む担当をお願いします」

 ミンチ状になるよう切り方を教えて、後は頼れる黒猫さんにお任せした。
 その間にリリは野菜を切ることにする。

「ハンバーグの付け合わせに、にんじんのグラッセとマッシュポテト、あとはブロッコリーを茹でよう」

 お料理は栄養はもちろん、彩りが大事なのだ。ドライブ中に眺めたレシピ本の手順を思い浮かべながら調理していく。

『リリ、お肉切ったよー』
「早いです。さすがね、ナイト。では、玉ねぎのみじん切りもお願い」
『分かった』

 ニャンコの愛らしい前脚ではなく、どうやら風魔法で肉や野菜を器用に刻んでいるようで、玉ねぎに苦しめられることなく、さくさくと工程をすすめるナイト。
 刻んでもらった後で、はたと気付いた。

「はっ……そういえば、ネコさんに玉ねぎは厳禁では?」
『ボクはネコじゃなくてケットシーだし、毒耐性はMAXレベルだから問題ないよ?』
「ほんと?」

 ネギやチョコレートはもちろん、味付きの食べ物はネコには毒なので、今更ながらに慌ててしまった。

『ボクはずっとシオンさまと同じ食事を楽しんでいたんだよ? まったく問題はないね!』

 250年生きたネコさんに説得されて、それはそう、とリリも納得した。

「そうだったわね。それに、たしかに今更かも」
『うん、今更だねー? ステーキも美味しく食べたし、お菓子もたくさん食べたよ、ボク』

 ステーキソースには玉ねぎはもちろん、ガーリックも使われている。
 どれも幸せそうにぺろりと平らげていたし、体調も良さそうだ。

「ちなみにドラゴンは食べられない物は……」

 ちらりとリビングのルーファスを横目で見ると、目が合ってしまった。
 長い両足をゆったりと組み、ソファに座っていた赤毛の大男はニヤリと笑う。

「ないぞ? 不味いモノはわざわざ食わんが、ドラゴンは雑食だからな。好き嫌いは特にない」
「ちなみに今日のランチは」
「ワイバーンだな。ちょうど目の前を飛んでいたから」

 ワイバーン。空を飛ぶドラゴンもどきだろうか。何となくのイメージは恐竜のプテラノドンなのだが。

「……それは、共喰いでは?」
「あれは亜竜だ。同族ではないから問題ない。なかなか旨い肉だから、今度リリのために狩ってきてやろう」
「わぁ……。それは、ありがとうございます?」

 ドラゴンもどきは食べられるのか。
 少しだけ興味はあるけれど、今は鹿とイノシシ肉のハンバーグだ。
 黒猫ナイトが刻んでくれた肉と玉ねぎにパン粉、卵、塩胡椒にナツメグを混ぜ、捏ねていく。
 ボウルを覗き込んだナイトが『ボクもやりたい!』と張り切っていたので、ビニール袋を前脚にかぶせてやり、後を任せた。
 とても上手に捏ねる様子に感心する。

(そういえば、ネコさんは揉むのが得意だったわね)

 我が家にネコはいないが、可愛らしいネコの動画はよく眺めていた。
 もみもみ、こねこね。真剣な表情で、或いはうっとりと瞳を細めてブランケットやクッションをマッサージするネコさんはとても愛らしかった。

 さすがにタネを成形するのはリリがやったが、それまでは存分に可愛いらしい仕草を堪能させてもらいました。満足。


◆◇◆


「どうぞ、ハンバーグ定食です」

 テーブルに三人前の夕食を並べた。
 日本の家で炊いてきた、白飯とインスタントのコーンポタージュ。
 スープ系のインスタント食品は伯母が大量に送ってくれたので、在庫はたんまりある。

「ほう、旨そうだ」
『ただ焼いただけのお肉も美味しかったから、きっとこれも美味しいやつ!』

 ふたりの評価は悪くなさそうでホッとする。そっと手を合わせて、いただきます。
 ナイフとフォークを使い、ハンバーグを切り分ける。
 ソースは肉汁をベースにケチャップとウスターソースを合わせて作った。
 一口サイズのハンバーグを口に放り込み、ゆっくりと咀嚼する。溢れる肉汁に驚きながら、ご飯と一緒に噛み締めた。

「おいしい……」
「驚いたな。まさか、鹿とイノシシのような低ランクの魔獣がこれほどに旨いとは。こんなに旨い食事は生まれて初めて食べた」
『リリは料理の天才!』

 たかがハンバーグに過剰な評価だ。
 だけど、褒められたことは純粋に嬉しい。

「魔獣のお肉、やっぱり美味しい……。全身に血が巡っている気がするわ」

 言葉にして説明しにくいけれど、食べた肉がそのまま自分の血肉に変化している、と。実感できそうなくらい、体中に活力が満ちてきた気がする。

「舌で押すだけでほどけるほどに肉がやわらかいぞ。どんな魔法だ?」
鹿ディア肉って硬いはずなのに、リリが調理するとやわらかく食べやすくなるんだよね。もしかして、そういうスキル持ち?』
「そんなスキルはないよ? ハンバーグはナイトがミンチにしてくれたから、やわらかくなったの。イノシシの脂と鹿の赤身肉が合わさると絶妙よね」

 あんまり美味しくて、リリはハンバーグをおかわりしてしまった。
 ルーファスじゃないけれど、肉料理をおかわりしたなんて生まれて初めてだ。
 異世界の黒猫とドラゴンの口に合うか心配だった白飯も意外と好評なようで嬉しい。

「この白い穀物もだが、スープもとんでもなく旨い! すまないが、リリィ。おかわりを貰えるだろうか?」

 大きな図体で恥ずかしそうにそっと皿を差し出してくるルーファスに、リリは口元を綻ばせた。
 幸い、ハンバーグはたくさん仕込んで焼いてある。
 食いしん坊のドラゴンのために、いちばん大きなハンバーグを皿に盛り付けてあげた。

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