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25. 屋根裏部屋のクローゼット
しおりを挟む今夜はこの平原に泊まることになった。
魔獣が襲ってこないか心配だったけれど、この魔法の家は結界付き。
『それに、大魔女シオンさまの筆頭使い魔であるボクが一緒にいるんだ。安心して寝ていいよ』
ふすん、とドヤ顔で胸を張る黒猫をそっと撫でてお礼を言う。
「ありがとう、ナイト。とっても心強いわ」
『えへへ』
ちなみに、黒猫はともかく、ルーファスとはさすがに同じ屋根の下で眠ることは戸惑われたので、キャンピングカーを貸し出した。
家から追い出されて不機嫌にならないか心配だったが、むしろキャンピングカーで寝泊まりできることを喜ばれてしまった。
「この運転席の上の空間で寝ればいいのか?」
ワクワクしながら聞いてくる彼に、リリは首を振った。
「バンクベッドはルーファスには狭いと思います」
「そうか……」
なぜか、がっかりされてしまう。
自分も屋根裏部屋に胸をときめかせていたクチなので、リリは何となく気持ちを理解した。
(秘密基地感があって楽しそうなのよね。でも、きっとコレも気に入ってくれるはず)
手招きしたルーファスにテーブルを壁際に畳み、座席シートを倒して大きなベッドに模様替えする方法を教えてあげると、途端に破顔した。予想通り、チョロい。
「面白い。だが、合理的だ。ニンゲンは珍妙なことを考えるのだな」
ソファベッドの感触も気に入ってくれたようだ。
リリは収納スペースからキャンピングカー用の寝具を取り出して、ルーファスに渡してやる。
ちなみに、この収納スペースにも曾祖母は何やら魔法を仕掛けていたようで、見た目よりも大量の荷物が入っていた。
「はい、どうぞ。貴方には狭いかもしれないけれど、ここで我慢してください」
「すまない。感謝する」
追い出してしまったようで、ほんの少しだけ罪悪感のあったリリはストレージバングルから取り出した晩酌セットをそっと赤毛の男に押し付けた。
「? これは、酒か?」
「ワインとおつまみです。シオンおばあさまの秘蔵のワインなので、きっと上物だと思います」
リリはまだ二十歳になっていないので、お酒を飲んだことがない。
なので、その白ワインの味も値段も分からなかったけれど、ワインセラーで大切に管理されていた物なのだ。
(なら、大切なお友達にご馳走してあげた方が喜んでくれるはず)
おつまみはチーズとナッツ、ドライフルーツの盛り合わせだ。
「明日の運転に支障がない程度に飲んでくださいね?」
「ふ。ドラゴンは酒に強い種族だぞ。心配せずとも酔い潰れたりはしない。……厚意に感謝する」
グラスを掲げて、律儀にお礼を言う赤毛のドラゴンにリリは笑みを向けた。
「どういたしまして。……おやすみなさい」
「おやすみ、リリィ」
キャンピングカーから降りて、魔法の家へ戻る。
今夜の月は格別に美しい。
きっと、泣き虫のドラゴンはワインを飲みながら、亡くなった旧友との別れを惜しむことだろう。
◆◇◆
魔法の家に戻ると、ナイトが夕食の後片付けをしてくれていた。フライパンと食器にカトラリーがすべて綺麗になっている。
なんて優秀で気の利くネコさんなのだろう。
『ご馳走してもらったからね。当然のお礼だよ』
「でも、すごく助かったし、嬉しかったからお礼を言わせて? ありがとう」
『わっ! くすぐったいよ、リリ』
抱き上げて頬ずりする。
天鵞絨のような艶めいた光沢のある彼の毛皮は極上品だ。
『そうだ、リリ。明日の昼頃には街に到着すると思うよ』
「明日の昼? 馬車で三日の距離って言っていなかった?」
『馬車では三日だけど、この車は早いからね。多分、昼には着くよ』
「三日の距離を一日半に縮めちゃったのか……」
ナイトがリリの腕の中をすり抜けて、床に降りた。
『それよりも、リリ。その服装で街に入るつもりなの?』
「この服装……」
リリは自分の服を見下ろした。
日中ずっと運転をする予定だったので、動きやすい服装を選んだのだが。
「ダメだった……? スウェット」
一応、スポーツブランドの着心地の良い物を着ていたのだが、ナイトの呆れたような眼差しから、これはダメらしいと判断する。
「もしかしなくても、異世界の服とは違いすぎる……?」
『材質はもちろん、デザインも違いすぎるね』
「……それはダメね。目立ちたくはない。うーん、手持ちの服で異世界でも違和感のない服はあったかしら……」
従兄たちを筆頭に、伯父や伯母もなぜかリリに服を貢ごうとしてくるので、衣裳持ちではあるのだが。
『それなら、シオンさまの服を着たらいいよ。屋根裏部屋のクローゼットの』
「屋根裏部屋!」
そういえば、この魔法の家には屋根裏部屋があった。
地味に忙しくて、荷物置き場になっている屋根裏はきちんと確認していない。
さっそく、屋根裏部屋を探検することにした。
◆◇◆
「ものすごいお宝が眠っていそうな素敵なお部屋だけど、まずはクローゼットの中身を確認しないと」
子供が大切にしている宝箱の中身をひっくり返したような雑多な部屋だったが、今は片付ける余裕がない。
床に積まれた本や何かの道具、煌びやかな装飾が施された武器のような物などを跨いで、奥のクローゼットに向かう。
こちらも素敵なアンティークのワードローブだ。扉には草花の紋様が刻まれている。
そっと扉を開くと、可愛らしい色合いの洋服がぎっしりと詰まっていた。
目の前の一着を取り出して、姿見の前で当ててみる。
フリルエプロン付きの可愛らしいワンピースだ。
「てっきり異世界なんちゃって中世ヨーロッパ風の派手なドレスかと思ったけど、ワンピースで良かった」
ざっと吊るされている衣服を確認してみたが、ワンピース中心のワードローブだった。
フリルやレースが多めの華やかな衣装もあったけれど、コルセットやパニエ、クリノリンが必要そうなドレスではないことにホッとする。
「若草物語の映画を観たことがあるけれど、あんな感じの世界なのかも?」
それにしても不思議なのは──
『リリにピッタリだね、その服』
「ええ、そうね。これはシオンおばあさまの服じゃない」
曾祖母はあの年代にしては長身ですらりとした麗人だったのだ。
エルフと聞いても納得の、バレリーナのように細く、しかし鍛えられた肢体の持ち主だった。
ナイトが何とも言えないような表情でため息を吐く。
『どこまで未来視のスキルで見通していたんだか』
「え……?」
『これはリリのためにシオンさまが用意した服ってこと。キミにピッタリだろう?』
「……本当だ…」
しかも、よく見ると、どれも新品だ。
まだ誰も袖を通したことのない、綺麗なワンピース。
愛らしいデザインで、色とりどりの、まるでお花畑のような衣装が詰まったワードローブを、きっと彼女はワクワクしながら揃えてくれたのだ。
「嬉しい。大切に着ます、おばあさま」
ワードローブには箱に入った革靴も用意されていた。
やわらかな革製で、足を入れると、これもピッタリだった。
『自動調整機能付きの革靴……しかも色んな付与が山盛りだね、それ』
「おばあさま、心配性だったから……」
我が海堂家で、リリにいちばん過保護だったのは、何を隠そう曾祖母だった。
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