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26. ふわふわのパンケーキ
しおりを挟む『うん、それなら昨日の服よりも悪目立ちはしないで済むと思うよ』
黒猫ナイトのお眼鏡にかなったワンピースを着て、リリは朝食を作る。
フリルとレースがたっぷりの愛らしいワンピースを汚したくなくて、しっかりエプロンを装着した。
朝食はパンケーキ。大袋のホットケーキミックスがあったので、一袋ぜんぶ使って、パンケーキを焼いていく。
余ったとしても、ストレージバングルに収納しておけば、いつでも焼き立てが味わえる。
「ナイト、ボウルに卵を割り入れてくれる?」
『卵はいくつ?』
「んー。三人前だから、六個くらい?」
『分かった』
ふわふわとボウルの上に浮かんだ卵が真っ二つに割れていく。相変わらず、どういう魔法か、さっぱり分からない。
(でも、すごく便利よね。手を使わずに料理できるなんて)
感心しながらも、手際よくパンケーキを焼き上げていく。
時間があれば、ふわふわの生地を用意するのだが、今日のところは市販の粉を使うことにした。
焼き上げたパンケーキはストレージバングルに収納しておき、【洗浄】で綺麗にしたフライパンでベーコンを焼いていく。
カリカリのベーコンに焼き上げるために、フライパンにはお砂糖を振りかけてある。
お砂糖が高温で加熱されるとカラメル化して香ばしさが上がるのだ。
「うん、美味しそう」
理想のカリカリベーコンに焼き上がり、リリはにっこりと微笑んだ。
ベーコンを三人前焼き上げたら、次はスクランブルエッグだ。
ナイトが割ってくれた卵に生クリームと塩胡椒を足して、かき混ぜる。
熱したフライパンに有塩バターをひとかけら。バターが溶けたところで、卵液を投入して外側からかき混ぜるようにして炒めていく。
「こっちはふわふわに仕上がったわね」
これだけだと彩りが寂しいので、ブロッコリーを茹でる。
パンケーキとスクランブルエッグ、ベーコンにブロッコリー。ミニトマトも添えてワンプレートにすれば、なかなかに見栄えの良い朝食になったと思う。
スープはいつものようにインスタントのポタージュで。
「ナイトもルーファスも甘い物は嫌いじゃないみたいだから、ジャムとクリームでパンケーキを盛ってみよう」
スクランブルエッグに使った生クリームと、『聖域』の森で採取したブルーベリーのジャムだ。
魔素が含まれているため、リリにとっては何よりの甘露だ。
「ナイト、ルーファスを呼んできてくれる?」
『ん、分かった!』
フットワークの軽い黒猫が駆けていく。
自動ドアのように自然と開く扉が不思議で仕方ない。あれも魔法なのだろうか。
「ナイトはミルク。ルーファスは私と同じ、オレンジジュースでいいわよね?」
返事は待たずに、グラスを用意する。
ドラゴンに好き嫌いはないと言っていたので、問題ないはず。
百パーセント果汁のオレンジジュースはリリお気に入りのメーカーのものだ。
酸味が強いが、さっぱりとしており、とても美味しい。
『連れてきたよ、ルーファス!』
トトトっ、と軽い足音が響いて、あっという間にナイトが戻ってきた。
「ありがと、ナイト」
抱き上げて、その額に唇を落としていると、ドアが開いてルーファスがやって来た。
2メートル近い長身の彼にはこの家の扉は小さいようで、身を屈ませて入ってくる姿が何だか微笑ましい。
こちらに気付いたルーファスが綻ぶように笑みを閃かせた。
「リリィ、おはよう。昨夜は素晴らしい酒と肴をありがとう」
「おはよう、ルーファス。二日酔いにはなっていないみたいね」
三人でテーブルに着くと、さっそく朝食に取り掛かる。
昨夜はお米に驚いていたナイトとルーファスだが、今朝はパンケーキに驚愕していた。
「硬くないパンだと……」
『この白いふわふわの、あまーい! これなに? 雲みたい!』
「白いのは生クリーム。ミルクの加工品よ」
説明が面倒で、適当に誤魔化してしまった。
パンケーキのやわらかさに驚いているということは、やはり異世界のパンは硬いハードパンなのだろうか。
生クリーム入りのスクランブルエッグにも衝撃を受けている二人をよそに、リリはブルーベリーのジャムと生クリームをたっぷり添えたパンケーキを堪能する。
「んふ。おいしい。生クリームの甘さとブルーベリージャムの酸味が絶妙」
うまいうまいウミャイウミャイと大喜びで食べているドラゴンと黒猫を横目に、今日もしっかり一人前を完食することができた。
◆◇◆
「さて、お腹がいっぱいになったことだし、街に向かいましょうか」
「運転は任せてくれ」
張り切るルーファスに車の運転は任せて、リリはナイトと二人、後部座席のシートに座る。
念のためにシートベルトは装着して、テーブルにノートと筆記用具を並べた。
『リリ、何をするの?』
「移動中にストレージバングルとアイテムバッグの中身を確認しようと思って」
『あー……そうだね。何が入っているのかは、ちゃんと確認しておく方がいいかも』
「くっ…ハハハ!」
言葉を濁す黒猫と、運転席で豪快に笑うドラゴン。
「シオンは片付けが苦手でなぁ。面倒になると、アイテムバッグやストレージに何でも放り込んでいた。きちんと中身を把握するのはいいことだと思うぞ」
「雑然としたお部屋の様子から、薄々と察してはいたけど……おばあさまったら」
自室以外が片付いていたのは、凄腕のハウスキーパーの仕業なのだろう。
完璧なレディだと思っていた曾祖母がまさか片付けが苦手だったとは。
「中身を確認しようと思ったのは、お財布を探しているんです。街で暮らすとしたら、先立つ物が必要でしょう? お金が無くても、何か売れそうな物があるかな、と」
『どうかなぁ……? シオンさまの持ち物はダンジョンで手に入れた貴重な魔道具や素材が多いから……』
「そうだな。価値の高い、売れる品物はかなりあるとは思うが、どれも国宝レベルだ。手放せない代物の方が多いんじゃないか?」
「ええ…? それは、困ります。生活費どうしよう」
『家と車はあるし、食べ物はにほんで手に入るんでしょ? いざとなったら、冒険者に登録して魔物を狩って稼げばいいよ!』
「おお、それはいい。ダンジョンはいいぞ。魔物は高く売れるし、肉も旨い。宝箱も手に入るから一攫千金も狙えるな」
「やめてください死んでしまいます」
軽々しく、危険な道へと唆さないでほしい。こちとら十九年間をどうにか生き延びてきた、筋金入りの貧弱なのだ。
脳筋な二人の発言はスルーして、リリはせっせとマジックバッグの中身を確認して、リストを作っていった。
◆◇◆
「朗報です。お金がありました」
『えっ、ほんと? 良かったねぇ、リリ』
ストレージバングルの収納容量はマジックバッグよりも少ないが、時間停止機能付き。
食料や水はもちろん高価な魔道具や劣化が心配な美術品、魔道具など、たくさん貴重品が収納されていた。
が、今回の目標はマジックバッグである。中には大量の物資が詰め込まれていた。
ほとんどは異世界の魔物や魔獣の素材だ。肉以外の牙やウロコ、鋭いツメや鞣された皮など。
ナイト曰く、どれも今では手に入りにくい希少な素材なため、冒険者ギルドや商業ギルドに持って行けば高値で売れそうだったが。
『マジックバッグにお金が入っていたの?』
途中で飽きて眠ってしまったナイトに尋ねられて、リリは苦笑を浮かべた。
「いいえ。なんと、このワンピースの裾に縫い込まれていたの」
そう言うと、てのひらを広げてみせた。
ワンピースに縫い込まれていたのは、金色のコインだ。親指の爪くらいのサイズをしており、麦の意匠が刻まれている。
鼻先を突っ込むようにして確認したナイトが声を弾ませた。
『グリュー金貨だ』
「これ、今から行く街でも使えるお金?」
『もちろん! これ一枚で三人家族が1ヶ月は暮らせるお金だよ』
「良かった。うーん…十万円くらいの価値かしら?」
魔法の家の屋根裏部屋にシオンが用意してくれていた衣装は三十着以上はあった。
その服に一枚ずつ金貨が縫い付けられているとすれば、一年間は余裕で生活できるだろう。
ありがたく使わせてもらおう。
無くさないように金貨はストレージバングルに収納しておくことにした。
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