【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
28 / 180

27. ジェイドの街

しおりを挟む

「見えてきたぞ。あれが辺境の街だ」

 運転席のルーファスが教えてくれた。
 窓から外を眺めると、遠くに砦のようなものが見える。

「辺境の街って聞いたから、もっと小さい街を想像していたわ」

 だが、目の前に広がるのは長い石塀に囲まれた大きな街だった。

『ジェイドの街は『聖域』にもっとも近い、肥沃な土地だからね。それに近くにダンジョンがあるから、かなり栄えた街なんだ』

 黒猫のナイトが詳しく教えてくれた。
 石塀の街の外には畑や牧草地が広がっており、そこで働く人々の姿も見える。
 異世界の人の服装を確認してみたかったが、農作業に従事する人たちなので、似たような作業着姿だった。
 くたびれたシャツにデニムらしき繋ぎ。女性はシャツとスカートにエプロン姿だ。
 作業着なので、あまり参考にはならない。

「女の人は農作業の時でもスカート姿なのね」
『スカートじゃない女の人なんて、冒険者くらいだよ』
「そう。だから、ナイトが私の服装にあんなに驚いていたのね」

 女性はほとんどがスカートという世界に住むナイトからしたら、上下ゆったりとしたスウェット姿のリリはとんでもなく非常識に見えたに違いない。
 あらためて、曾祖母が用意してくれていたワンピースを見下ろして、リリは胸を撫で下ろした。
 今日のリリは背中半ばまでの栗色の髪をハーフアップにして、ワンピースと同色のミントグリーンのリボンで飾ってある。
 ワンピースはクラシックな落ち着いたデザインながらも、襟元の細かなレースが愛らしい。
 どうやら色々な付与付きの革靴とレースの靴下を履けば、ルーファスとナイトに「かわいい」と褒められた。
 身内の欲目だとは思うけれど、悪い気はしない。
 自衛のための結界のブローチと【身体強化】のネックレス、【雷属性魔法の魔道具】の指輪はしっかり装着してある。
 手首にはストレージバングル、ショルダータイプのアイテムバッグを肩に掛ければ、リリの異世界スタイルは完成だ。

「ふふ。これで街でも違和感なく過ごせるわね」

 キャンピングカーを人に見られるのはまずいのでは、と考えたリリが街の手前で降りようと提案したのだが、ナイトとルーファスに不思議そうな表情をされてしまった。

「シオンが幻惑魔術を施しているから、この車は普通の幌馬車に見えているぞ?」
「……げんわくまじゅつ…」
『あの窓のところに吊るしてある魔道具を媒体に、幻覚を見せているんだ。だから、このまま街に入っても騒がれることはないよ』
「なにそれ便利」

 ナイトが示してくれた助手席側の窓枠にはぬいぐるみが吊るしてあった。
 手作りのそれは、馬車を引いた愛らしい馬のぬいぐるみだ。
 フェルトで作られた不恰好なそれは、シオンの手作りなのだろう。
 
「魔法ってすごい」
『これは魔術だけどね。そのうち、リリも使えるようになる』
「ほんと? 楽しみだわ」
「俺もとっておきの魔法を教えてやろう。リリィは小さくて弱いからな。ワイバーンぐらいは瞬殺できる魔法がいい」

 そんな物騒な魔法は使いたくない。
 軽口を叩いている間に、キャンピングカーはジェイドの街の入り口に到着した。
 街を囲む石塀が途切れて、アーチ型の門がある。小さな砦のような建物が両脇にあり、そこで街へ入る人々の検問が行われているようだ。

(幻惑魔術で幌馬車に見えているようだけど、大丈夫なのかしら……?)

 荷台の中を確認すると言われたら、どうしよう。ドキドキしながら、窓から外を覗き見ていたのだが、武装した兵士のような人たちは運転席のルーファスと笑いながら会話をすると、あっさりと通してくれた。

「……え? 今のでいいの?」
「この街は領主がやり手で、関税も無しだからな。戦時中でもないと、こんなものだ」
「そうなんだ……」

 門を潜り抜けて、ゆっくりと車が進む。
 少し開けた広場に車を止めたルーファスが振り返った。

「ここで降りよう」

 ナイトを抱いて、車から降りる。
 このまま置いておくのかと思ったら、ルーファスがさっと腕をかざすとキャンピングカーは姿を消した。

『ルーファスは収納スキル持ちなんだ』
「すごいね。さすが、ドラゴン」

 空間属性持ちは稀少らしく、滅多にいない。曾祖母の手帳に書かれていた一文だ。
 あんなに大きな車を一瞬で消したのに、誰にも気付かれなかったらしい。
 きっと、それも何かの魔法なのだろう。

「リリィ。街の中とはいえ、油断はできない。手を繋いで歩こう」

 異世界の街に、密かに興奮していたリリはルーファスに手を引かれて驚いた。
 子供扱いは面白くないが、ここは異世界。
 何があるのかは分からないのは確かなので、大人しく手を繋いだままでいることにした。
 黒猫のナイトだけが、尻尾を膨らませてシャーッと鳴いた。


◆◇◆


 石塀に囲まれた堅牢な街の中央には聖堂がある。
 周辺には広場があり、日中はそこに市場が立つらしい。
 街並みは格子状に作られていて、通りごとに区分けされていた。
 
「木造と漆喰で作られた家が多いわね。煉瓦造りの建物は、お店?」
『そうだよ。煉瓦造りの建物が続くあたりは高級店。ちょっと覗いて見る?』
「見てみたいわ」
「なら、その店に入ろう。ちょうど昼飯時だ」

 ルーファスが示したのは、洒落た構えのレストラン。アイビーが蔓を伝わせており、なかなか趣き深い。

「異世界のご飯、気になります」
「あー……あまり期待はしない方がいい」

 端正な口元に微苦笑を浮かべるルーファスの言葉の意味を知ったのは、テーブルに料理が並べられてからだった。

「これは……塩水?」
「スープだ」
「野菜と肉が入った塩味のお水……」
『スープだよ、リリ』

 姿を消して、こっそりレストランに忍び込んだナイトが繰り返す。
 どうにか、その塩味のスープを飲み干したところで、魚料理が給仕される。
 リリはカトラリーを手にしたまま困惑した。

「お魚のミイラ……」
『魚のハーブ煮だよ、リリ』
「いや、これはたしかに魚のミイラだな。ははは」
『ルーファス!』

 海から遠い場所なのだろうか。
 使われているのは魚の干物のようだ。水で戻してハーブと共に煮込まれたようだが、こちらも味付けの基本は塩。
 切り分けた魚の身を口に含むと、リリは微妙な表情を浮かべた。

「かぴかぴ……」
「うむ。硬くて不味いな。リリィの料理とは比べようもない」

 育ちの良いリリには、口の中の物を吐き出すことはできない。

「んん…っ……」

 どうにか飲み込んだが、二口目に手が伸びない。これは拷問に近い食事だ。
 テーブルの中央に盛られたパンをおそるおそる手に取る。硬い。もう、手に持っただけで分かる。これは無理。

『無理しないでいいよ、リリ。多分、君にはこれを噛み切れない』

 そっと柔らかな前脚がリリの手に触れる。途方に暮れていると、手に持ったパンをルーファスが取り上げてくれた。

「これは俺が食おう」

 ガリッ、ボリッ。
 とてもパンを食べているとは思えない音がルーファスの方から聞こえてくる。
 リリは震撼した。

「異世界のご飯って……」

 怯えるリリの目の前に、肉料理が置かれた。シンプルなステーキだ。
 給仕が笑顔で「ワイルドボアのステーキです。美味しいですよ」と説明してくれた。

「これが、ボアのステーキ」

 ワイルドボアはナイトがリリにプレゼントしてくれた肉だ。
 ステーキやハンバーグに調理して食べたが、上質の美味しいお肉だ。
 だが、目の前にあるコレはどう見ても──

「たわし?」
『ステーキだよ、リリ。ごめんね、こっちの世界の料理はあまり発展していなくて……』

 それで、たかがハンバーグやパンケーキにあれほど喜んでくれたのか。
 
「でも、食材は素晴らしいもの。レシピがあればきっと美味しいご飯が食べられるはずよね?」
「そうだな。きっと、この世界の食材をリリが美味しくしてくれる」
『そうそう! はんばーぐ、また食べたい!』
「俺はパンケーキが気に入った」

 前向きになった三人の前に、デザートが運ばれてくる。ちなみにサラダなどの野菜がメインの料理はなかった。

「え、泥まんじゅう……?」
「一応、菓子だぞ」
『そうそう、小麦粉と卵とラードを混ぜて捏ねて焼いたお菓子!』

 それだけ聞くと、美味しそうに思える。
 リリは勇気を持って、その焼き菓子を食べてみた。

「しょっぱい……」
 
 
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...