【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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28. 街歩き

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「異世界のご飯、とんでもなかった……」

 結局、ほとんどの食事が口に合わず、リリの分もルーファスが食べてくれた。
 残さずに済んで、リリは胸を撫で下ろす。

「全ての料理がマズいわけではないぞ? 今の店はひどかったが……」
「むぅ。お腹が空きました……」

 ルーファスが宥めてくれるが、リリは哀しそうな表情でぺたんこのお腹を撫でた。
 魔力が満ちているおかげで、ここしばらくのリリの体調はとても良い。
 元気になった途端に、人並みの食欲を覚えたのだ。
 
「異世界のご飯、楽しみだったのに」

 しょんもりと肩を落とす姿に男たちが動揺する。

「リ、リリィ! そんなに哀しそうな表情をするなんて。先ほどの店のシェフを締め上げてやろうか」
「いい。もう、あのレストランには行かないだけ」
『リリ、向こうの通りに市場が立っているから、そこへ行こう! きっと、リリが気に入る屋台があるから』
「屋台」

 黒猫ナイトの提案に、リリは顔を上げた。屋台。とても興味深い単語を聞いた。
 何を隠そう、病弱な箱入り令嬢である彼女は屋台で何かを食べたことがないのだ。
 お祭りには興味があったので、花火大会には参加したことがある。
 伯母が仕立ててくれた浴衣を着て、わくわくしながら向かった先はラグジュアリーな高級ホテルの最上階。
 プレジデンシャルなスイートルームから眺める花火を心ゆくまで堪能できたが。

(私が楽しみたかったお祭りは、屋台を見て回って、地面に座って花火を眺めることだったのよね……)

 張り切ってホテルの部屋を押さえてくれた伯父に悪いので、まさか外で見たかったとは言えず、結局、屋台飯は食べられないまま。
 もっとも当時の自分が真夏の人混みを歩けたかどうかは自信がないけれど。

 ともあれ、屋台だ。しかも、異世界の屋台飯。これは期待しかない。
 曾祖母譲りの翡翠色の瞳をきらきらと期待に輝かせるリリを前に、男二人は張り切った。

「よし、市場へ行こう。リリィ、人混みは危険だから、エスコートは俺に任せてくれ」
「ん、よろしくお願いします」

 エスコートと言われたら、断れない。
 差し出された手に己のそれをそっと重ね合わせると、ぎゅっと握り込まれた。

「ルーファス。これはエスコートじゃないわ」
「こっちの方が逸れないで済むからな」
「私、子供じゃないですよ?」
「俺からしたら、リリィは小さな子供だ」
「長命なドラゴンさんと比べないで。これでも成人しているんですからね」
「……成人?」

 はた、とルーファスが動きを止める。
 何だか神妙な表情でこちらを見つめてきた。何だろう?

「つかぬことを聞くが、リリィが育った『にほん』という国の成人年齢はいくつだ?」
「少し前までは二十歳でしたけど、今は十八歳で成人です。ちなみに私は十九歳──」
「十九歳⁉︎   まさか、そんな……俺はてっきり十二、三歳かと」
「…………は?」

 聞き捨てならないセリフを聞いた気がする。リリは隣に立つ男を静かに見上げた。

「私が十二、三歳の少女に見えた、と?」
「あ、いや。その……だな? リリィはシオンの血が濃いから、きっとエルフの特質ゆえ若く見えるのだと思うが」

 しどろもどろに何事かを言い募る赤毛の大男の手をリリはぺいっと引き剥がした。
 そうして、賢くも口を噤んで二人のやり取りを見守っていた黒猫を抱き上げる。

「ナイト、行きましょう」
「すまない、リリィ!」

 つん、と顎を上げて、リリは足早に目的地へ向かう。
 感情が省エネ少女と言われるリリだが、彼女にも触られたくないナイーブな心があるのだ。
 リリのいちばんのコンプレックス。
 それは、虚弱体質により育ちの良くない肉体だった。
 肉付きのよくない、ほっそりとした華奢な肢体は人形のようだと子供の頃から幾度もからかわれた。
 その都度、従兄たちが代わりに怒ってくれて、苛烈な仕返しをしてくれたのは余談だ。

 体重もそうだが、まず身長が低い。
 リリの身長は百五十センチだ。
 百八十センチ越えの従兄たちと並ぶと、特に幼なさが際立っていた。頭ひとつ分以上、身長差があるので仕方ない。
 ちなみに体重は四十キロを切っている。

「日本でだって、せいぜい十五歳くらいにしか間違えられなかったのに、十二、三歳だなんて。ルーファス、ひどい」
『落ち着いて、リリ。こっちの世界の成人年齢は十五歳なんだ。その年齢で親元を離れる子供が多いから、にほんより大人びた子供が多いんだと思うよ』
「……むぅ」

 唇を尖らせて拗ねた様子のリリはいつもより更に幼く見えたが、賢明な使い魔は迂闊なドラゴンのようにそれを指摘したりはしない。
 すりり、と頬をすり寄せて、自慢の毛皮に触れさせてやる。
 そうすると、少しずつリリは機嫌が良くなってきた。

(貸しひとつだぞ、ルーファス)

 ちらりと横目で一瞥すると、察した赤毛の大男は素早く動いた。

「リリィ、これ! この串焼き肉が市場ではいっとう旨いから食ってみろ」
「ん……?」
『何の肉かな』
「ダンジョン産のオーク肉だ。塩とハーブで味付けをしている。焼き加減もいい。先ほどの失言の詫びだ。受け取ってくれ」

 勢いよく頭を下げられて、リリは思案する。差し出された串焼き肉はレストランのステーキとは違い、美味しそうな匂いがした。
 しかも、オーク肉だという。
 ファンタジー世界では定番のお肉である。これは気になる。
 リリは小さく咳払いした。

「分かりました。謝罪を受け入れます」
「良かった」
「では、失礼して」

 手渡された串焼き肉を、あむっと頬張る。外で立ったまま何かを食べるなんて、初めてのことだ。しかも念願の屋台飯でオーク肉!
 ハーブのおかげか、ジビエ肉特有の臭みはない。味付けは岩塩だろうか。まろやかな甘みもあって食べやすい。

「美味しいです。こんなにやわらかな肉質とは驚きました」
『ルーファス、ボクにも一口!』
「ああ、もちろん。……さっきは助かった。ありがとう」
『これに懲りたら迂闊なコトを口走らないでよね』
「肝に銘じる」

 小声で何やら囁き合っている二人を無視して、リリは串焼き肉を夢中で平らげた。
 味は少しばかり物足りなかったけれど、お肉の美味しさで帳消しだ。

「オーク肉、すごいわ。これはお土産にしたいです」

 屋台のおじさんに三十本、オーダーする。ストレージバングルに収納しておけば、いつでも焼き立てが食べられるので。

(ふふっ。伯父さまたちにもお土産にしてあげよう。きっと喜ぶわ)

 リリが異世界に移住する条件として、異世界の物を手に入れて欲しいと頼まれていたのだ。ちゃんと対価は日本円で支払ってくれるらしい。
 オーク肉の他にもダンジョン産のラム肉の串焼きも食べることができて、リリはすっかり上機嫌だった。

「次はあのお店に入ってみたいわ」
「あれは雑貨屋か」
「お隣のお店も気になる」
『そっちは薬屋だよ』
「行きましょう」

 二人の従者を引き連れて、リリは異世界の街歩きとショッピングを存分に楽しんだ。
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