【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
30 / 180

29. 異世界の宿と可愛いお洋服

しおりを挟む

 雑貨屋と薬屋で買い物を楽しんだリリは、上機嫌で街を歩いている。
 腕に黒猫を抱いて、弾むような足取りで石畳を歩く少女は周囲の人々の目を引いた。
 明るい栗色の髪と神秘的な翡翠色の瞳を持つ、美しい少女だ。
 繊細に整った容貌にはまだ幼さが宿っており、愛らしい。
 声を掛けたいと思う若者は多くいたが、その少女の背後に立つ赤毛の大男が怖くて誰も実行できそうになかった。
 その赤毛の大男──ルーファスは目に見えて不機嫌な表情をしている。
 なぜなら、リリがエスコートを許してくれなかったので。
 屋台の串焼き肉を奢ったことで、どうにか失言は許してもらえたが、まだ少し根に持っていたようだ。

「小さな私と大男のルーファスが並ぶと、余計に子供っぽく見えるから、手を繋ぐのは嫌です」

 つん、と顎を軽く上げながらエスコートを断られたルーファスはがっくりと肩を落としたものだった。
 だが、不興を買ったのは自分の軽口が原因なのだ。仕方ない。甘んじて、背後でボディガード役に徹している。
 愛しい少女に構われずに、少しばかりやさぐれてしまい、目付きが悪くなってしまったが。
 おかげでリリに悪い虫が寄ってこない、と黒猫のナイトはこっそり喜んでいる。

 ともあれ、リリは伯父一家へのお土産を無事に手に入れることができて、上機嫌で街歩きを楽しんでいた。

「そういえば、今日は宿に泊まるの?」
『街の宿よりはトランクの家の方が、きっと居心地がいいと思うよ?』
「ああ、同感だ。シオンは宿に泊まりたくなくて、持ち運べるトランクの家を作ったくらいにひどい物だぞ。特にこの辺境の街の宿はあまり期待できない」
「そんなにひどいの……?」

 そこまで言われると、むしろ気になってしまった。
 異世界の宿。どんな部屋なのだろう。
 期待に満ちた眼差しを前に、ナイトとルーファスはまたしても肩を落とすことになった。
 

◆◇◆


「殺風景な部屋です。ベッドと小さなテーブルとスツール。収納は壁の棚だけ。機能的ですね」

 リリの感想に、二人は苦笑した。
 無理にポジティブに言い直しているが、彼女がショックを受けているのは明らかだ。
 粗末だが、頑丈な家具。水洗いで綺麗にするため、部屋はフローリングだ。
 木製のベッドにはマットレスがないため、横になっても体が痛くて眠れそうにない。
 シーツはかろうじて洗濯はしているようだが、アイロンがけはもちろんされていなかったのでシワだらけだ。

「リリィ、本気でここで寝るつもりか」

 心配そうに眉を寄せるルーファスに、リリはきっぱりと首を横に振ってみせた。

「無理ですね。想像以上でした。ここで魔法の扉を繋いで、日本へ帰ることにします」
『ええっ⁉︎   じゃあ、ボクらは?』
「あ……」
「あ、って忘れていたのか? ひどいぞ、リリィ」
「ごめんなさい。一緒に来ますか」
『魔法のドアは異物であるボクたちは弾いてしまうから、にほんには行けないんだ』
「……そうでしたね」

 宿は二人部屋だ。
 古ぼけたシングルサイズのベッドが二つ。体格の良いルーファスには少しばかり狭そうだ。

「ええと、キャンピングカーを貸し出しましょうか?」
「! それはいいな。うん、俺にはこの宿は狭すぎる。街の外で野営をしよう」

 あからさまに笑顔になるルーファス。
 黒猫のナイトも耳をぴんと立てて、リリを見上げてきた。

『ボクも! ボクも車に泊まりたい』
「キャンピングカー、大人気ですね」

 まぁ、この宿のベッドと比べたら、シートを倒しただけの車内ベッドの方が快適か。
 キャンピングカーはルーファスの収納スキル内にあるので、そのまま使ってもらうことにした。

 宿の部屋には中から鍵を掛けておく。
 ストレージバングルから、魔法の扉の鍵を取り出した。何もない壁に向けて、その鍵をかざして魔力を流す。
 すると、魔法の扉が壁に現れた。

「何度見ても不思議な光景ね」

 扉を開けると、そこには見慣れた曾祖母の部屋がある。ここを通り抜けることができるのは、リリだけだ。
 
「ただいま、おばあさま」


◆◇◆


 日本の家でリリが過ごすのは、今のところ五時間が限度だ。
 それ以上の時を過ごすと、以前のような症状が出てしまう。
 まずは雑用を大急ぎで片付ける必要がある。
 
「今日届いた荷物は、伯母さまからね。何かしら?」

 宅配ボックスから取り出したのは、かなり大きな段ボールだ。品名は衣類。
 手に持つとずしりとした重さを感じる。これを二階に運ぶのは大変そう。

「アイテムバッグがあって良かった」

 ひと抱えもする大箱がそれよりも小さなショルダーバッグに吸い込まれる様子は、いつ見ても不思議で面白い光景だ。
 自室で荷物を開封すると、中身は服がぎっしりと詰まっていた。
 異世界でも着られるようにと、伯母が用意してくれたようだ。

「伯母さまの趣味が全開なお洋服です……」

 曾祖母であるシオンが魔法の家の屋根裏部屋に残してくれていた、可愛らしいワンピース。あれと似たデザインの服をかき集めて送ってくれたのだろう。
 レースとフリルがこれでもかと主張しているロリータ風衣装だ。
 
「これは甘ロリというやつですね。まるでお姫さまみたいなお洋服で可愛い……」

 淡いパステルカラーなため、リリでもどうにか着られそう。

「こっちはナチュロリ……? ナチュラルなデザインなので、普段着に良さそう」

 森ガール風のエプロンドレスなので、甘ロリなワンピースよりは気軽に袖を通せると思う。

「これは……クラシカルロリータ! 甘ロリが童話世界のお姫さまなら、こっちは異世界悪役令嬢が似合いそうですね。クラシックで綺麗なラインのワンピース……」

 これは正直、リリの好みだった。
 スカートの丈は長めで、レースやフリルも控えめ。ボルドーやブラウンなど落ち着いた色合いも好ましい。
 
「気品があって、落ち着いて見えるから、これを着ればもう少し年上に見てもらえるのでは……?」

 うん、これはいい。
 あの街でお店を持つとしたら、ぜひ、このクラシカルロリータな服を着て店頭に立とう。

「伯母さまに、この系統のお洋服を何着か注文しておこう」

 他にも、姫ロリと言われる、マリーアントワネット風のひらひらキラキラなドレス風ワンピースなどもさりげなく混じっていた。

「さすがにこれは恥ずかしいです、伯母さま……あと、これ。ゴスロリ。ロリータパンクというやつでしたっけ? 見ている分には楽しいけど、着るのは恥ずかしい……」

 公の場では着物や上品なスーツ姿でドレスアップする美しき伯母の趣味は、ロリータファッションを可愛い女の子に着せ替えさせて遊ぶこと、らしい。
 娘がいたら存分に可愛い服を着せてあげたかったのに、生まれたのは二人ともデカくて可愛げのない男の子! と嘆いていたことを思い出す。
 おかげで、伯父の家に引き取られた七歳の頃から、リリは着せ替え人形に甘んじている。

(綺麗で可愛い服を着るのは嫌いではないので、まぁ良いのだけど)

 異世界のお洋服姿です、と。
 ついスマホで自撮りした画像を送ってしまった自分が悪い。あれを見て、伯母の欲望(リリちゃんに可愛いお洋服着せたい♡)が爆発してしまったのだと思われる。

「服の他にもリボンやカチューシャ、服とセットの帽子や小物類がたくさん……」

 たった一日でこれだけの量を集めて送ってくれた伯母の本気が怖い。
 これはまた着用した写真を送らないと、盛大に拗ねそうだ。

「まぁ、しばらくは異世界衣装に困らないで済みそうで良かった……のかな?」

 ありがたく衣装や小物類は全てアイテムバッグに収納した。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...