【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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31. 商業ギルド

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 ハムと卵焼き、レタスとトマトのサンドイッチを皆で分けて食べた。
 魔獣肉は使っていないので、お腹はいっぱいになっても魔力の回復はあまり見込めない。
 なので、食後のデザートにブルーベリーのジャムを食べることにした。
 もちろん、そのまま舐めるわけではない。

「じゃん。業務用のバニラアイスです」
『業務用……?』
「デカいな。それは食えるのか」

 不思議そうにバケツサイズのアイスを見つめる二人の前で、リリはガラスの器にアイスを盛り付けていく。
 ちなみに、この業務用のアイスは従兄のレオが注文して送ってくれたものだ。
 リリも嫌いではないが、どちらかといえばレオの好物である。
 リリが相続した曾祖母の家に遊びに来たついでに自分で食べるつもりだったのだろう。
 バニラだけでなく、チョコやストロベリーなど色々なフレーバーの物をクール便で送ってきたのだ。
 クール便だと宅配ボックスで受け取れない。時間指定をして対面で受け取る必要があるので、面倒だった。
 なので、これはちょっとした悪戯である。

「レオ兄のいちばんの好物を私たちで食べちゃいましょう。うふふ」

 バニラアイスにブルーベリージャムを添えて、ひんやり冷たいデザートを堪能する。

「うん、おいしい」

 『聖域』の森で採取したブルーベリーには魔素がたっぷり含まれている。口に含むと冷たいアイスだが、お腹はぽかぽかと温かい。
 うまうまとアイスを味わうリリを前にして、黒猫のナイトとルーファスは戸惑いを隠せない。

「ばにらあいすとは何だ、ナイト」
『ボクが知るわけないだろ。にほんのデザートみたいだし』

 だが、異世界にほんの食べ物がどれも美味しいことを、この二人はもう知っている。
 なので見慣れない白い食べ物を思い切って口に入れてみて──言葉を無くした。

「甘くて冷たい。これは、雪なのか? 口の中で消えてなくなったぞ!」
「アイスですから」
『ふわぁ! 何これぇ。とろけそう! おいしい!』
「ナイトは気に入ってくれた?」
『うん! こんな食べ物、初めて食べたよ! もしかして、霊峰の天辺の雪を集めてきたの?』
「ふふっ。違いますよ。原料はミルクです」

 予想通り、二人はアイスクリームも気に入ってくれたようだ。
 あっという間に完食して、そわそわとリリを見つめてくる。

「おかわりが欲しいのですか?」
『欲しい!』
「俺も欲しい。とても美味かった」

 ナイトにはガラスの器におかわりを盛り付けて、ルーファスは「それっぽっちでは足りない……」と悲しそうに言い募るので、残りをそのまま渡して上げた。
 バケツサイズのアイスを抱えて、大きめのスプーンでもりもり食べる大男をリリは呆れて見やる。
 赤毛のイケメンなのに子供のように無邪気な笑みを浮かべており、色々だいなしだ。面白いけれど。
 バニラアイスを綺麗に完食したナイトとルーファスは夢見心地でうっとりしている。
 余韻に浸りたそうにしていたが、リリは心を鬼にして、彼らを宿の外へと連れ出した。
 ルーファスの広くて硬い背中をリリがぺちぺちと叩くと、ようやく我にかえってくれた。

「今日は商業ギルドに行く予定です。二人ともちゃんと案内をお願いします」
「む。もちろんだとも。任せてくれ、リリィ」
『お店を借りるためだよね! ボクも忘れていないから!』

 慌てて頷く二人をリリは胡乱げに見やったが、ここはレディらしく鷹揚に許してあげることにした。
 そう、今日のリリは淑女なのだ。そういう設定でドレスアップしている。
 
「商業ギルドを介してお店を借りるのですから、小娘と侮られないようにしなければ」

 そう考えて、本日の彼女の装いはクラシカルなデザインのワンピースドレス。
 そう、伯母が趣味を全開にして送ってくれた、クラシカルロリータ衣装だった。
 伯母が懇意にしている店は高級店。セミオーダーで仕立ててくれるため、既製品プレタポルテはあまり扱っていない。
 リリのために誂えてくれた衣装はもちろんオーダー品だ。
 お手軽なお値段で手に入る物ではないため、上質な生地と丁寧な縫製が目を引く。
 ブルーグレーのロングワンピースと繊細な刺繍が施された付け襟。ワンピースと同色のリボンが華やかに胸元を彩っている。
 二の腕のあたりで柔らかくドレープをつくる、ゆったりとした長袖はむしろリリの華奢さを浮かび上がらせていた。
 裾から白いレースが覗くパニエを着用しているため、スカート部分は優雅に広がっている。
 シンプルなだけに、優美なシルエットが逆に映える素晴らしいデザインだった。
 栗色の自慢の髪は編みあげることなく、さらりと流している。
 これはスタイリストを買って出てくれた伯母の案。どんなに凝った髪型にするよりも、その髪質の良さを見せつけてやった方が、相手を圧倒できるらしい。
 これはナイトも同意してくれた。
 異世界でも肌や髪を美しく手入れされているのは上流階級のご婦人、ご令嬢くらいなのだとか。
 年若いと侮られないように、今日はしっかりとメイクも施してある。
 おかげでルーファスには「十五歳くらいに見えるぞ!」と褒められた。……褒められたのだと、思いたい。
 ともあれ、着飾ったリリはルーファスとナイトをお供に、張り切って商業ギルドに向かったのだった。


◆◇◆


 街の中心部、大通り沿いに商業ギルドはあった。煉瓦作りの四階建ての建物だ。
 ジェイドの街の中でも、かなり大きい。
 通りを挟んで少し離れた場所には冒険者ギルドがあるようだ。ファンタジー世界では定番の職業斡旋所である。

(あとでちょっと覗いてみたいかも……)

 特に従兄たちが大喜びしそうだと思う。これは異世界動画でお小遣いのチャンス!

(商業ギルドの中も撮影したかったけれど、さすがに無理そうだわ)

 ここは人の目が多い。しかも、目端のきく商人や職員が大勢行き交っている。
 スマホで撮影するのは諦めた。

 商業ギルドの中は役所と似た雰囲気だった。横に長い、大きなカウンターがあり、受付職員が五人ほど担当している。
 隣の席とは衝立で仕切られていた。一応は個室扱いなのか。

『遮音の魔道具を使っているから、隣に声は漏れないよ』

 腕に抱いた黒猫のナイトが念話で教えてくれた。異世界、意外と便利だ。
 それぞれ担当する内容が決まっているようで、ルーファスが不動産関係の窓口まで連れて行ってくれた。
 受付に座っていたのは妙齢の女性職員だ。
 ルーファスがリリの代わりに話し掛けてくれる。

「すまない。店舗を借りたいのだが」
「はい、承ります。どうぞ」

 にこりと微笑んだ女性職員がイスをすすめてくれる。ルーファスは迷わずリリを手招きした。

「リリィ」
「ありがとう、ルーファス」

 イスを引いてくれたルーファスに礼を言って、リリが腰掛ける。女性職員は微かに目を見張ったが、すぐに控えめな笑みを浮かべ直した。今の一瞬で、リリが契約相手なのだと理解したのだろう。
 ルーファスはリリの背後に立っている。
 どこからどう見ても育ちの良いお嬢さまとその護衛に見えるはず。

「お客さまはどのような店舗をお望みで?」

 ルーファス曰く、十二、三歳に見えるリリに向かって、女性職員は丁寧に対応してくれた。
 リリの要望もきちんと聞き取って、何件かを案内してくれることになった。

(これも、ルーファスと伯母さまのお洋服のおかげね)

 その日のうちに、空き店舗を何軒か内見させてもらい、リリは早々に契約を交わした。
 
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