【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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32. 店舗を借りました

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 商業ギルドの仲介で借りたのは、大通りからは外れた閑静な住宅街の中にある店舗。
 煉瓦作りの二階建て物件で、何より気に入ったのは庭が広いこと。

「これだけの広さのお庭があれば、魔法のトランクのお家を展開させることができます」

 通りに面した側の一階が店舗部分で、二階が住宅になっている。
 建物自体はそれほど大きくはないけれど、ウッドフェンスに囲まれた広い庭を目にするや否や、リリは「ここがいいです」と即決した。
 フェンスに沿って庭木は植えられていたが、芝生を敷いた敷地内はほぼ手付かずだった。
 商業ギルドの職員の説明によると、前の持ち主は無類の犬好きで、庭をドッグランとして使っていたらしい。

 ナイトとルーファスも建物やその周辺を確認してくれたが、特に問題はなさそうだと言うことで、無事に契約することができた。

「ところで、どうして賃貸物件にしたんだ? 資金が足りなかったのか」

 不思議そうにルーファスに訊ねられた。
 彼からしたら、賃貸などまどろっこしいのだろう。

「土地にも相性というものはあるでしょう? 私はこのお店が気に入ったけれど、住んでいるうちに嫌なことがあるかもしれない。その場合、すぐに手放せるように賃貸にしたの」

 ルーファスが心配してくれていた資金は、実は無事にかき集めることができた。
 大魔女シオンが魔法の家に金貨を隠してくれていたのだ。
 屋根裏部屋のクローゼットに仕舞われていたワンピースの裾。絹の靴下の中。壁に飾られていた絵画の裏側など。
 そこかしこで異世界で使えるグリュー金貨を見つけることができた。

(おばあさま、相変わらずサプライズがお好きだったのね)

 リリは苦笑するしかない。
 昔から彼女は『宝探し』と称して、子供たちへのプレゼントを家中に隠すのが趣味だった。

 ワンピースの裾に縫い付けられていた金貨がいちばん多かったけれど、あっと驚くような場所にも仕込まれていた。
 ルーファスとナイトにも協力してもらい、探し当てた金貨は今のところ、全部で六十二枚ほどある。
 日本円にして約六百二十万円だ。
 
『賢明だね。さすが、リリ。立地は悪くないけれど、商品の売れ行きは予想が付かないもの。気に入らなかったら別の店を探せばいいのさ』

 ふすん、とナイトが鼻を鳴らす。
 さすが筆頭使い魔。人の世界に詳しい。
 普段は活火山を寝床にしているという世間離れしたドラゴンは戸惑いが大きいようだ。
 リリはルーファスの背をぽん、と軽く叩いて宥めてあげた。

「借りた店舗が気に入ったら、買い取れないか相談してみれば良いのですよ。しばらくはちゃんと商売になるのか、お試し期間です」
「! なるほど、そういうことか」
『そうそう。買い取るにしても資金を稼がないといけないしね』

 そこまできちんと把握されているとは。
 リリは苦笑しながら、店の中を見渡した。店舗内は当然、がらんとしている。
 カウンターや棚などの備え付けの什器類はそのままだが、肝心の中身は空っぽだ。

「一応、掃除はされているようですが、少し埃っぽいですね」
『【洗浄ウォッシュ】で一気に綺麗にしたらいいよ。ボクがやる』
「ありがとう、ナイト」
「なら俺は二階を綺麗にしてこよう」
「お願いします、ルーファス」

 男子二人が張り切って掃除をしてくれるようなので、リリはその言葉に甘えることにした。

「私はお庭で魔法のトランクを展開してきますね」
「ああ、そうするといい。シオンの関係者以外はあの家を見ることはできないから、安心して展開しろ」
「……魔法のお家は、普通の人には見られない?」
『そういう術式で守られている拠点なんだ』
「じゃあ、急にお庭に家が建ったとご近所さんが驚くこともないのね。良かった」

 急いで店舗を借りたのは、あの魔法の家を展開したかったからだ。
 二人に無理を言って異世界の宿を取ったのはいいけれど、とても泊まれそうになかったので。

「では、お家を出します。お掃除が終わったら、ランチにしましょう」


◆◇◆


 黒猫のナイトとルーファスは競うようにして、借りた建物を綺麗にしてくれた。
 三人分の昼食を用意して迎えに行くと、店舗部分だけでなく、居住部分もピカピカになっている。
 【生活魔法】のひとつ、【洗浄ウォッシュ】では汚れを落とすことはできるが、建物の傷などを直すことはできなかったはずだが。

「これはいったい……」

 たしか、店舗内のカウンターには大きな傷が入っていたはずだ。
 二階に続く階段の手すり部分もヒビ割れていたが──

「まるで新品みたいに綺麗になっています。……何か、したんですか?」

 じっと静かに二人を見据える。
 最初に視線を逸らしたのは黒猫のナイトだ。空色の瞳をきょときょと動かして、落ち着きがない。

「……ナイト?」
『ごめんなさい。精霊魔法で壊れていた部分を直しました……!』

 ぶわわっと膨らんだ尻尾の毛をリリは優しく撫でてやる。

「そんなに怯えなくてもいいのに。私のために魔法を使ってくれたのよね? どうもありがとう」
『……リリ、怒ってない?』
「まさか。貴方の気持ちがとても嬉しいわ」

 くるる、と喉を震わせながら黒猫が足踏みをする。ぴんと垂直に伸びた尻尾が誇らしげに揺れていた。
 この行為が自分に対しての親愛を示すものだと、もうリリはちゃんと知っていた。
 
「ふふ。かわいい」

 リリが微笑んで、そっとナイトを抱き上げたところで、ルーファスが声を上げた。

「そこのカウンターを直したのは俺だぞ、リリィ。俺は時空魔法を操れるからな、時間を戻してやったんだ」

 どうだ、すごいだろう?
 鼻息荒く胸を張るルーファス。リリはカウンターを眺めて、小さくため息を吐いた。

「このカウンター部分だけの時間を戻したんですね?」
「ああ、そうだ。誰かが物を落として割ったようだから、割れる前の状態に戻してやった」
「だから、このカウンターだけ色が違うんですね」
「……む?」

 木製のカウンターは使い込まれて色褪せていたのだが、チートなドラゴンの能力で時間が巻き戻り、ここだけ色が変わってしまっていた。
 あらためて床や壁、棚などと見比べてルーファスは小さく咳払いする。

「うむ。浮いている、な……?」
「気持ちはありがたいです。でも、チートな魔法は禁止で」
「…………うむ」

 空回りしたドラゴンがしょんぼりと肩を落とす様に、リリはこっそり笑みを浮かべた。

「綺麗にしてくれて、とても嬉しいです。ふたりともありがとうございます。お礼にランチを一緒に食べませんか?」

 そっと手を差し伸べると、ルーファスの端整な顔が笑み綻んだ。


◆◇◆


「今日のランチはワイルドボア肉を使ったロールキャベツ入りのポトフです」

 ワイルドボアの塊肉を丁寧に包丁で叩いたミンチ肉でロールキャベツを作ったのだ。
 これだけだと物足りないので、ポトフでロールキャベツを煮込んでみた。
 コンソメキューブで時短して作ったわりに、美味しく仕上がったように思う。
 玉ねぎ、ニンジン、じゃがいもにブロッコリー。粗挽きソーセージも忘れずに、たっぷり投入したので、美味しいスープになった。
 主食はバゲットにガーリックバターを塗ってこんがり焼いたものを盛り付けてある。

『わぁ! すごく豪華なスープだね! 味がたくさんあって美味しい!』

 ナイトがポトフの皿を顔を突っ込んで、かふかふとすごい勢いで食べている。
 念話ではちゃんと会話しているが、猫語ではウミャイウミャイと鳴いていて、とても可愛らしい。

「この俺が野菜を旨いと思うとは……」

 何だかちょっとだけ悔しそうに、でもそれ以上に幸せそうな表情でポトフを貪り食べるのはルーファス。
 あの大きなロールキャベツを一口で食べ切った!
 特に感動したのは、粗挽きソーセージのようで、フォークに刺してパリッと音を立てては感極まった様子。

「気に入ってくれたようで良かった。……ん、ロールキャベツがおいしい……」

 我ながら会心の出来栄えだ。
 ふわふわの食感ながら、ちゃんとお肉の旨味を感じる。すっかり魔獣肉の虜になってしまった。

「鹿肉とイノシシ肉がこれだけ美味しいのだもの。鶏肉や牛肉がすごく楽しみ」

 ガーリックバター味のバゲットをさくりと噛み締めて、リリはうっとりと微笑んだ。
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