33 / 180
32. 店舗を借りました
しおりを挟む商業ギルドの仲介で借りたのは、大通りからは外れた閑静な住宅街の中にある店舗。
煉瓦作りの二階建て物件で、何より気に入ったのは庭が広いこと。
「これだけの広さのお庭があれば、魔法のトランクのお家を展開させることができます」
通りに面した側の一階が店舗部分で、二階が住宅になっている。
建物自体はそれほど大きくはないけれど、ウッドフェンスに囲まれた広い庭を目にするや否や、リリは「ここがいいです」と即決した。
フェンスに沿って庭木は植えられていたが、芝生を敷いた敷地内はほぼ手付かずだった。
商業ギルドの職員の説明によると、前の持ち主は無類の犬好きで、庭をドッグランとして使っていたらしい。
ナイトとルーファスも建物やその周辺を確認してくれたが、特に問題はなさそうだと言うことで、無事に契約することができた。
「ところで、どうして賃貸物件にしたんだ? 資金が足りなかったのか」
不思議そうにルーファスに訊ねられた。
彼からしたら、賃貸などまどろっこしいのだろう。
「土地にも相性というものはあるでしょう? 私はこのお店が気に入ったけれど、住んでいるうちに嫌なことがあるかもしれない。その場合、すぐに手放せるように賃貸にしたの」
ルーファスが心配してくれていた資金は、実は無事にかき集めることができた。
大魔女シオンが魔法の家に金貨を隠してくれていたのだ。
屋根裏部屋のクローゼットに仕舞われていたワンピースの裾。絹の靴下の中。壁に飾られていた絵画の裏側など。
そこかしこで異世界で使えるグリュー金貨を見つけることができた。
(おばあさま、相変わらずサプライズがお好きだったのね)
リリは苦笑するしかない。
昔から彼女は『宝探し』と称して、子供たちへのプレゼントを家中に隠すのが趣味だった。
ワンピースの裾に縫い付けられていた金貨がいちばん多かったけれど、あっと驚くような場所にも仕込まれていた。
ルーファスとナイトにも協力してもらい、探し当てた金貨は今のところ、全部で六十二枚ほどある。
日本円にして約六百二十万円だ。
『賢明だね。さすが、リリ。立地は悪くないけれど、商品の売れ行きは予想が付かないもの。気に入らなかったら別の店を探せばいいのさ』
ふすん、とナイトが鼻を鳴らす。
さすが筆頭使い魔。人の世界に詳しい。
普段は活火山を寝床にしているという世間離れしたドラゴンは戸惑いが大きいようだ。
リリはルーファスの背をぽん、と軽く叩いて宥めてあげた。
「借りた店舗が気に入ったら、買い取れないか相談してみれば良いのですよ。しばらくはちゃんと商売になるのか、お試し期間です」
「! なるほど、そういうことか」
『そうそう。買い取るにしても資金を稼がないといけないしね』
そこまできちんと把握されているとは。
リリは苦笑しながら、店の中を見渡した。店舗内は当然、がらんとしている。
カウンターや棚などの備え付けの什器類はそのままだが、肝心の中身は空っぽだ。
「一応、掃除はされているようですが、少し埃っぽいですね」
『【洗浄】で一気に綺麗にしたらいいよ。ボクがやる』
「ありがとう、ナイト」
「なら俺は二階を綺麗にしてこよう」
「お願いします、ルーファス」
男子二人が張り切って掃除をしてくれるようなので、リリはその言葉に甘えることにした。
「私はお庭で魔法のトランクを展開してきますね」
「ああ、そうするといい。シオンの関係者以外はあの家を見ることはできないから、安心して展開しろ」
「……魔法のお家は、普通の人には見られない?」
『そういう術式で守られている拠点なんだ』
「じゃあ、急にお庭に家が建ったとご近所さんが驚くこともないのね。良かった」
急いで店舗を借りたのは、あの魔法の家を展開したかったからだ。
二人に無理を言って異世界の宿を取ったのはいいけれど、とても泊まれそうになかったので。
「では、お家を出します。お掃除が終わったら、ランチにしましょう」
◆◇◆
黒猫のナイトとルーファスは競うようにして、借りた建物を綺麗にしてくれた。
三人分の昼食を用意して迎えに行くと、店舗部分だけでなく、居住部分もピカピカになっている。
【生活魔法】のひとつ、【洗浄】では汚れを落とすことはできるが、建物の傷などを直すことはできなかったはずだが。
「これはいったい……」
たしか、店舗内のカウンターには大きな傷が入っていたはずだ。
二階に続く階段の手すり部分もヒビ割れていたが──
「まるで新品みたいに綺麗になっています。……何か、したんですか?」
じっと静かに二人を見据える。
最初に視線を逸らしたのは黒猫のナイトだ。空色の瞳をきょときょと動かして、落ち着きがない。
「……ナイト?」
『ごめんなさい。精霊魔法で壊れていた部分を直しました……!』
ぶわわっと膨らんだ尻尾の毛をリリは優しく撫でてやる。
「そんなに怯えなくてもいいのに。私のために魔法を使ってくれたのよね? どうもありがとう」
『……リリ、怒ってない?』
「まさか。貴方の気持ちがとても嬉しいわ」
くるる、と喉を震わせながら黒猫が足踏みをする。ぴんと垂直に伸びた尻尾が誇らしげに揺れていた。
この行為が自分に対しての親愛を示すものだと、もうリリはちゃんと知っていた。
「ふふ。かわいい」
リリが微笑んで、そっとナイトを抱き上げたところで、ルーファスが声を上げた。
「そこのカウンターを直したのは俺だぞ、リリィ。俺は時空魔法を操れるからな、時間を戻してやったんだ」
どうだ、すごいだろう?
鼻息荒く胸を張るルーファス。リリはカウンターを眺めて、小さくため息を吐いた。
「このカウンター部分だけの時間を戻したんですね?」
「ああ、そうだ。誰かが物を落として割ったようだから、割れる前の状態に戻してやった」
「だから、このカウンターだけ色が違うんですね」
「……む?」
木製のカウンターは使い込まれて色褪せていたのだが、チートなドラゴンの能力で時間が巻き戻り、ここだけ色が変わってしまっていた。
あらためて床や壁、棚などと見比べてルーファスは小さく咳払いする。
「うむ。浮いている、な……?」
「気持ちはありがたいです。でも、チートな魔法は禁止で」
「…………うむ」
空回りしたドラゴンがしょんぼりと肩を落とす様に、リリはこっそり笑みを浮かべた。
「綺麗にしてくれて、とても嬉しいです。ふたりともありがとうございます。お礼にランチを一緒に食べませんか?」
そっと手を差し伸べると、ルーファスの端整な顔が笑み綻んだ。
◆◇◆
「今日のランチはワイルドボア肉を使ったロールキャベツ入りのポトフです」
ワイルドボアの塊肉を丁寧に包丁で叩いたミンチ肉でロールキャベツを作ったのだ。
これだけだと物足りないので、ポトフでロールキャベツを煮込んでみた。
コンソメキューブで時短して作ったわりに、美味しく仕上がったように思う。
玉ねぎ、ニンジン、じゃがいもにブロッコリー。粗挽きソーセージも忘れずに、たっぷり投入したので、美味しいスープになった。
主食はバゲットにガーリックバターを塗ってこんがり焼いたものを盛り付けてある。
『わぁ! すごく豪華なスープだね! 味がたくさんあって美味しい!』
ナイトがポトフの皿を顔を突っ込んで、かふかふとすごい勢いで食べている。
念話ではちゃんと会話しているが、猫語ではウミャイウミャイと鳴いていて、とても可愛らしい。
「この俺が野菜を旨いと思うとは……」
何だかちょっとだけ悔しそうに、でもそれ以上に幸せそうな表情でポトフを貪り食べるのはルーファス。
あの大きなロールキャベツを一口で食べ切った!
特に感動したのは、粗挽きソーセージのようで、フォークに刺してパリッと音を立てては感極まった様子。
「気に入ってくれたようで良かった。……ん、ロールキャベツがおいしい……」
我ながら会心の出来栄えだ。
ふわふわの食感ながら、ちゃんとお肉の旨味を感じる。すっかり魔獣肉の虜になってしまった。
「鹿肉とイノシシ肉がこれだけ美味しいのだもの。鶏肉や牛肉がすごく楽しみ」
ガーリックバター味のバゲットをさくりと噛み締めて、リリはうっとりと微笑んだ。
1,878
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる