【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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33. 会議をします

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 今日は異世界にいる従妹とうちの家族とでビデオ会議をする日だ。
 この日だけは早めに仕事を終わらせると、父と兄が張り切って出勤していった。

 瑠海ルカは大学生なため、時間には余裕がある。
 母と二人で約束の時間よりも早めにパソコンのモニター前に座った。

「リリちゃん、すっかり元気になったようで本当に良かったわ」

 実の娘のようにリリを可愛がっている母が嬉しそうにスマホを眺めている。
 異世界でリリが自撮りした画像だ。フリルやレースがやたらと多いワンピース姿の従妹が映っている。
 瑠海ルカからすると、装飾過多な服に見えるが、リリにはとてもよく似合っていた。
 そう、リリは可愛い。
 小さくて細くて、まるでガラス細工のように繊細な外見の従妹なのだ。
 皮膚の下の血管が透けて見えるほどに青白い肌をしており、まるでビスクドールのよう。
 繊細に整った容貌は愛らしく、幼い頃から何度、誘拐されそうになったことか。
 かわいいね、と笑顔で触れてこようとする大人も多く、瑠海ルカ玲王レオの兄弟は小さな従妹を必死に庇ったものだった。

 敵は大人だけではない。
 小学生男児はリリの気を引こうと、からかいの言葉をよく投げ掛けてきた。
 意地悪なことをされて好かれるはずもないのに、しつこく絡んできたので、海堂兄弟は徹底的にそいつらを潰してきた。
 言葉でリリを虐めた相手には言葉で嬲り返した。リリのリボンを取ったり、髪を引っ張って泣かそうとした相手はしっかり泣かせてから、土下座させてきた。
 おかげで海堂凛々カイドウリリには凶悪な番犬がいると恐れられていたようだ。

 厄介だったのは、男児よりも女児だった。
 海堂兄弟が従妹を可愛がり、庇えば庇うほど、悪感情を抱く女児が増えたのだ。
 端的に言うと、嫉妬だ。
 海堂グループのトップの息子で、外見もそれなりに良いため、自分たちは玉の輿の相手として狙われていた。
 そういうこともあるかもしれない、とやんわりと母から指摘はされていたが、まさか小学生が、と油断していた。失態だ。
 女児は好きな子に意地悪をして気を引こうとする男児よりも、よほど大人びていた。
 そう、彼女たちは自分たち兄弟にお姫さま扱いされているリリに嫉妬して、嫌がらせをしていたのだ。
 あからさまな意地悪はしない。彼女たちは狡猾だった。さりげなくリリを仲間外れにしたり、無視をした。陰湿なやり方だ。
 気の弱い少女なら、どうなっていたことか。
 だけど、リリは繊細な外見とは裏腹に強かった。名前の通りに凛として、何でもないことのように前を向いて過ごしたのだ。何をされても、いつも通り。
 生まれてからずっと、生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も経験したリリからしたら、その程度のイジメは何てことなかったらしい。
 だって、痛くも痒くもないもの。どうでもいい人に嫌われても何とも思わない。
 さらりと言い放っていた。
 可愛いだけでなく、強くて格好良い、自慢の従妹だ。
 的外れな嫉妬を向けていた一部の女子については、しっかりと制裁は加えてある。
 両親に報告して、保護者同士で話をつけてもらったのだ。
 結果、厄介な連中は揃って転校して、リリは平穏な学校生活を取り戻した。
 
「性格はともかく、病弱なリリのことが心配だったけど。よほど異世界の空気が合ったんだな。血色も良くなったし、少しふっくらしたようだ」

 母の手元のスマホを覗き込む。
 まぁ、ふっくらしたといっても、同年代の女性と比べてもまだまだ痩せてはいるが。
 何よりも、楽しそうにしている姿を見られたことが嬉しい。
 森を歩いたの、キャンピングカーを運転したわ、お肉をたくさん食べれたのよ。
 そんな何でもない報告を、海堂家の面々は涙目で受け取ったものである。
 そんな何でもないことが、リリにとっては初めての経験ばかりだったのだ。

 異世界への移住なんて、本当は反対したかった。
 でも、このままだと命を落とすのだと知って、泣く泣く見送ったのだが、まさかこれほど劇的に体調が良くなるなんて思いもしなかった。

「今日の議題は、リリちゃんが異世界で開くお店をどんなお店にするか、なのよね?」

 ウキウキしながら、母が聞いてくる。
 瑠海ルカはメガネのレンズを丁寧に磨きながら、頷いた。

「そう聞いている。午前中のうちに市場や他の店を視察してくると言っていたよ」
「ふふ。どんなお店がいいかしら? わくわくしてきたわ」
「母さんが経営するわけじゃないのに」
「あら。いいわね、それ。いっそ、私がオーナーに名乗り出ようかしら?」
「待て待て。異世界の店はリリの店なんだ。あまり口を挟みすぎると嫌われるぞ」
「それはイヤだわ」

 しゅん、と項垂れる母を適当に慰めていると、約束の時間になった。


◆◇◆


「ひととおり市場やお店を回ってみました。お野菜や果物、穀物類などは市場で売られていて、調味料は店舗で扱っていましたね」

 モニター越しに目にしたリリは元気そうだ。肌艶もよく、髪もさらさらだ。
 何より、よく笑う姿に海堂家の面々は目尻をだらしなく下げている。

「店で売る品だろ? 俺も色々ファンタジーな世界について調べてみたが、塩や砂糖、胡椒を売るのはどうだ」

 兄の玲王レオが張り切って提案する。彼が調べたのは、どうやらライトノベルのようだ。実は瑠海ルカも少しだけ流し読みして、同じ物をリストには上げていたのだが。

「塩は個人のお店では扱えないみたい。私も真っ先にナイトに相談してみたのだけど、塩に関しては領主さまが流通を握っているらしいわ」

 リリのいるジェイドの街は辺境伯の領地だ。塩に関しては基本的に領主が一括で仕入れて、許可を与えた商店だけで販売しているのだという。

「塩は生死に関わるからな。高騰を防ぐための措置なのだろう」
「そうなんです、伯父さま。なので、異世界でも意外と塩はそこまで高価ではないようです。胡椒については、街には出回っていませんでしたし、砂糖よりもハチミツがよく使われていましたね」
「うーん……。調味料で無双するリリが見られるかと期待したんだが、ダメか」

 玲王レオが頭を掻いて苦笑いを浮かべている。父も何やら思案顔。
 この二人は仕事を終えることはできたが、帰宅は間に合わなかったため、職場からビデオ会議に参加している。

「食事はどうなんだ? 異世界といえば、日本の料理で飯テロ、という物語がよくあるみたいだけど」

 瑠海ルカが質問すると、途端にリリは顔を顰めた。何やら思い出したくもない、といった表情で渋々頷いている。

「間違いなく、日本料理で飯テロはできると思います」
「おお! なら……」
「ルカ兄、私に大勢のお客さまをもてなせるほど料理ができると思います?」
「……無理だな。すまない、忘れてくれ」

 リリが料理が下手というわけではない。
 飲食業界の過酷さを思えば、おすすめできなかった。異世界でワンオペなんて無理に決まっている。

「私は日本産の物を売るのがいちばんだと思うな。食品は却下で、単価の高そうな物がいい」
「家電とか?」
「異世界じゃ使えないだろ」

 リリが「そう言えば、ルーファスが日本の酒は極上だと喜んでいたかも……」とぽつりとこぼして、ルーファスとは誰だ、と騒動が起きたのは余談だ。
 

「男性客が押し掛けてくるような路線のお店は反対します。リリちゃんの安全が心配だもの。メインの客層は中流から上流のお嬢さんに設定した品揃えのお店にしない?」

 結局、母の提案をリリが受け入れて、異世界の店は『女の子のための雑貨店』にすることになった。
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