34 / 180
33. 会議をします
しおりを挟む今日は異世界にいる従妹とうちの家族とでビデオ会議をする日だ。
この日だけは早めに仕事を終わらせると、父と兄が張り切って出勤していった。
瑠海は大学生なため、時間には余裕がある。
母と二人で約束の時間よりも早めにパソコンのモニター前に座った。
「リリちゃん、すっかり元気になったようで本当に良かったわ」
実の娘のようにリリを可愛がっている母が嬉しそうにスマホを眺めている。
異世界でリリが自撮りした画像だ。フリルやレースがやたらと多いワンピース姿の従妹が映っている。
瑠海からすると、装飾過多な服に見えるが、リリにはとてもよく似合っていた。
そう、リリは可愛い。
小さくて細くて、まるでガラス細工のように繊細な外見の従妹なのだ。
皮膚の下の血管が透けて見えるほどに青白い肌をしており、まるでビスクドールのよう。
繊細に整った容貌は愛らしく、幼い頃から何度、誘拐されそうになったことか。
かわいいね、と笑顔で触れてこようとする大人も多く、瑠海と玲王の兄弟は小さな従妹を必死に庇ったものだった。
敵は大人だけではない。
小学生男児はリリの気を引こうと、からかいの言葉をよく投げ掛けてきた。
意地悪なことをされて好かれるはずもないのに、しつこく絡んできたので、海堂兄弟は徹底的にそいつらを潰してきた。
言葉でリリを虐めた相手には言葉で嬲り返した。リリのリボンを取ったり、髪を引っ張って泣かそうとした相手はしっかり泣かせてから、土下座させてきた。
おかげで海堂凛々には凶悪な番犬がいると恐れられていたようだ。
厄介だったのは、男児よりも女児だった。
海堂兄弟が従妹を可愛がり、庇えば庇うほど、悪感情を抱く女児が増えたのだ。
端的に言うと、嫉妬だ。
海堂グループのトップの息子で、外見もそれなりに良いため、自分たちは玉の輿の相手として狙われていた。
そういうこともあるかもしれない、とやんわりと母から指摘はされていたが、まさか小学生が、と油断していた。失態だ。
女児は好きな子に意地悪をして気を引こうとする男児よりも、よほど大人びていた。
そう、彼女たちは自分たち兄弟にお姫さま扱いされているリリに嫉妬して、嫌がらせをしていたのだ。
あからさまな意地悪はしない。彼女たちは狡猾だった。さりげなくリリを仲間外れにしたり、無視をした。陰湿なやり方だ。
気の弱い少女なら、どうなっていたことか。
だけど、リリは繊細な外見とは裏腹に強かった。名前の通りに凛として、何でもないことのように前を向いて過ごしたのだ。何をされても、いつも通り。
生まれてからずっと、生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も経験したリリからしたら、その程度のイジメは何てことなかったらしい。
だって、痛くも痒くもないもの。どうでもいい人に嫌われても何とも思わない。
さらりと言い放っていた。
可愛いだけでなく、強くて格好良い、自慢の従妹だ。
的外れな嫉妬を向けていた一部の女子については、しっかりと制裁は加えてある。
両親に報告して、保護者同士で話をつけてもらったのだ。
結果、厄介な連中は揃って転校して、リリは平穏な学校生活を取り戻した。
「性格はともかく、病弱なリリのことが心配だったけど。よほど異世界の空気が合ったんだな。血色も良くなったし、少しふっくらしたようだ」
母の手元のスマホを覗き込む。
まぁ、ふっくらしたといっても、同年代の女性と比べてもまだまだ痩せてはいるが。
何よりも、楽しそうにしている姿を見られたことが嬉しい。
森を歩いたの、キャンピングカーを運転したわ、お肉をたくさん食べれたのよ。
そんな何でもない報告を、海堂家の面々は涙目で受け取ったものである。
そんな何でもないことが、リリにとっては初めての経験ばかりだったのだ。
異世界への移住なんて、本当は反対したかった。
でも、このままだと命を落とすのだと知って、泣く泣く見送ったのだが、まさかこれほど劇的に体調が良くなるなんて思いもしなかった。
「今日の議題は、リリちゃんが異世界で開くお店をどんなお店にするか、なのよね?」
ウキウキしながら、母が聞いてくる。
瑠海はメガネのレンズを丁寧に磨きながら、頷いた。
「そう聞いている。午前中のうちに市場や他の店を視察してくると言っていたよ」
「ふふ。どんなお店がいいかしら? わくわくしてきたわ」
「母さんが経営するわけじゃないのに」
「あら。いいわね、それ。いっそ、私がオーナーに名乗り出ようかしら?」
「待て待て。異世界の店はリリの店なんだ。あまり口を挟みすぎると嫌われるぞ」
「それはイヤだわ」
しゅん、と項垂れる母を適当に慰めていると、約束の時間になった。
◆◇◆
「ひととおり市場やお店を回ってみました。お野菜や果物、穀物類などは市場で売られていて、調味料は店舗で扱っていましたね」
モニター越しに目にしたリリは元気そうだ。肌艶もよく、髪もさらさらだ。
何より、よく笑う姿に海堂家の面々は目尻をだらしなく下げている。
「店で売る品だろ? 俺も色々ファンタジーな世界について調べてみたが、塩や砂糖、胡椒を売るのはどうだ」
兄の玲王が張り切って提案する。彼が調べたのは、どうやらライトノベルのようだ。実は瑠海も少しだけ流し読みして、同じ物をリストには上げていたのだが。
「塩は個人のお店では扱えないみたい。私も真っ先にナイトに相談してみたのだけど、塩に関しては領主さまが流通を握っているらしいわ」
リリのいるジェイドの街は辺境伯の領地だ。塩に関しては基本的に領主が一括で仕入れて、許可を与えた商店だけで販売しているのだという。
「塩は生死に関わるからな。高騰を防ぐための措置なのだろう」
「そうなんです、伯父さま。なので、異世界でも意外と塩はそこまで高価ではないようです。胡椒については、街には出回っていませんでしたし、砂糖よりもハチミツがよく使われていましたね」
「うーん……。調味料で無双するリリが見られるかと期待したんだが、ダメか」
玲王が頭を掻いて苦笑いを浮かべている。父も何やら思案顔。
この二人は仕事を終えることはできたが、帰宅は間に合わなかったため、職場からビデオ会議に参加している。
「食事はどうなんだ? 異世界といえば、日本の料理で飯テロ、という物語がよくあるみたいだけど」
瑠海が質問すると、途端にリリは顔を顰めた。何やら思い出したくもない、といった表情で渋々頷いている。
「間違いなく、日本料理で飯テロはできると思います」
「おお! なら……」
「ルカ兄、私に大勢のお客さまをもてなせるほど料理ができると思います?」
「……無理だな。すまない、忘れてくれ」
リリが料理が下手というわけではない。
飲食業界の過酷さを思えば、おすすめできなかった。異世界でワンオペなんて無理に決まっている。
「私は日本産の物を売るのがいちばんだと思うな。食品は却下で、単価の高そうな物がいい」
「家電とか?」
「異世界じゃ使えないだろ」
リリが「そう言えば、ルーファスが日本の酒は極上だと喜んでいたかも……」とぽつりとこぼして、ルーファスとは誰だ、と騒動が起きたのは余談だ。
「男性客が押し掛けてくるような路線のお店は反対します。リリちゃんの安全が心配だもの。メインの客層は中流から上流のお嬢さんに設定した品揃えのお店にしない?」
結局、母の提案をリリが受け入れて、異世界の店は『女の子のための雑貨店』にすることになった。
1,848
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる