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39. 文房具も人気です
しおりを挟むルチアに値付けを相談して、満を持して売り出した文房具。
ショーウィンドウ代わりにしている大きな窓ガラスから覗ける場所に展示したおかげで、すぐに反響を巻き起こした。
何と言っても、ガラスペンの美しさ!
そして使ってみて知る、手にしっくりくる太さと、書き味の良さに更に驚いていた。
「試しに店頭に並べてみた十セットがあっという間に完売してしまった……」
強気の値段設定で出していたのだが、ガラスペンとインクはまとめて購入する人が多く、品出しした先から売れていった。
リリは慌てて、店をルーファスに任せると、魔法の扉で日本に戻った。
ガラスペンを各種、購入できるだけカートに放り込んだ。
(これだけでは足りないかもしれない。違うデザインの物も注文しておこう)
シンプルな五千円タイプのガラスペンを中心に、違うブランドの物も注文する。
カラーインクも追加しておいた。
◆◇◆
三日後、数を揃えたガラスペンを店頭に並べることができた。
ネット通販だけでなく、大学生の従兄である瑠海兄にも頼み込んで、都内の文房具店で買ってきてもらったので在庫はかなりの余裕がある。
「半月はもつと思うわ。カラーインクもたくさん用意したことだし」
自信満々のリリだったが、在庫は一週間ともたなかった。
「どういうことなの……?」
『まぁ、そうなるとは思ったよ。皆、待ちに待った再販売だもの』
リリが焼いたバタークッキーを美味しそうにかじりながら、ナイトが言う。
ルーファスもバリバリと音を立てながらクッキーを食べつつ、頷いた。
「俺も客に何度も聞かれたぞ。いつ再販するのかって」
「ああ。私も領主邸で何人かに探りを入れられたよ。お客人はもちろん、上級使用人も目の色を変えて、私のガラスペンを見つめていたからねぇ。こうなると思った」
なぜか、『紫苑』の休憩時間に混じって、優雅に紅茶を飲んでいるのはルチア。辺境伯って、実は暇なのか。
「ちゃんと対策として、お一人さま一本限定販売にしたのに……?」
ちなみにカラーインクは二個までにした。買える数だけ購入していく客ばかりで不思議に思っていたのだが。
「ああ、でもリリが恐れていた転売はないと思うよ。皆、あの美しい芸術品を心底手に入れたがっていたから」
端整な口元を笑みで綻ばせながら、そうルチアが教えてくれたので、ほっとする。
「……そうなんですね。それなら良かったです」
通販だけでは納品が間に合わないと判断して、リリは伯母に頼んで、直接メーカーから大量購入することにした。
おかげで、かなりの数のガラスペンを捌くことができたと思う。半月ほどでようやくガラスペンの流行は落ち着いてきた。
「ジェイドの街では文通が流行っているようだよ。乙女たちだけでなく、ご婦人方の間でも」
本日入荷したばかりの、お高いガラスペンをルチアは惚れ惚れと眺めながら、領内の流行について教えてくれた。
軸の部分に水泡や煌めく青が透けているガラスペンはまるで星空を閉じ込めたかのよう。
(銀などの金属を炎で熱して化学反応で色付けているのだけど、ルチアさまは魔法だと思っていそうね)
これは通常のガラスペンの三倍の金額にして売り出してみたのだが、辺境伯たる彼女は金貨五枚を握らせてきた。
金貨二枚が余分だが、笑顔でそのくらいの価値はあると断言して。
(……今度、万年筆を贈りましょう)
レターセットは高価だが、ガラスペンとカラーインクを使った手紙文化が華開いたのは良いことだと思う。
お茶会の際にリリがぽろりと口にした一言から、異世界にも郵便事業が立ち上がり、発起人となったルチアの影響力がまた強まったようだが。
「お小遣いを貯めて、カラーインクを全色集めるのが目標なの」
「私はレターセットも全種類を集めたいわ。すぐに使い切っちゃいそうだけど」
などと、少女たちが楽しそうに会話しているのをカウンター裏で耳にしたリリは思案する。
レターセットはもっと安価で手に入りやすい品を仕入れるのもいいかもしれない。
年配のご婦人には「絵が入っていないシンプルな便箋はないかしら?」とよく聞かれるので、無地のものも用意するつもりだ。
ともあれ、異世界でのお金儲けは順調である。忙しすぎて大変だったけれど、【身体強化】の魔道具と魔素たっぷりのお肉を食べたおかげで、どうにか乗り切れたと思う。
『聖域』産ベリーのジャムを添えたロシアンティーを味わいながら、リリはほっと息を吐いた。
「たくさん売れて良かったわ。売り上げの一割が税金として徴収されるけれど、これだけあれば伯父さまからの頼まれ物も仕入れることができそう」
資金を援助してくれている伯父や伯母のためにも、頼まれていた買い物をこなさなければ。
上機嫌なリリとは別に、ルーファスは『紫苑』の扱う品が少しばかり不満だったようだ。
「物ばかりでつまらん。もっと、にほんの美味いものを売ったらどうだ?」
ガラスペンを美しいとは思ったようだが、それよりも食べ物に興味があるらしい。
ルーファスの提案に、最初に食いついたのはルチアだった。
紫水晶のような瞳をキラキラと輝かせながら、リリを振り返る。
「にほんの美味しいものとは何だね、リリ! とても気になるよ。この紅茶と焼き菓子もとても美味だからね」
「日本の美味しいもの……。あるにはあるけど、こちらでも売っていそうなものがいいですよね?」
『ガラスペンを売っている段階で、今更な気がするけど……?』
黒猫のナイトにはちょっぴり呆れられてしまったが、リリだってちゃんと考えているのである。
「ルチアさまもお気に入りの紅茶は売るつもりです。あとは砂糖菓子やジャムはどうかな、と」
「砂糖か。たしかに高価だが、砂糖菓子とはどのようなものなんだい?」
「せっかくだから、味見をお願いします」
ダージリンのおかわりを淹れて、とっておきの角砂糖を披露する。
デザインシュガーといわれる、お砂糖に花や小鳥などのモチーフが細工されている角砂糖だ。
紅茶に落とすと、砂糖が溶けるにしたがってモチーフ部分が浮かんでくる。
「ほう! これは楽しいね。この花も食べられるのかい?」
「はい。お砂糖なので。こっちはお花や動物の形に固めたお砂糖です」
「これもとても可愛らしい」
「そして、これはお花の砂糖漬けです」
可愛いといえば、これだろう。
スミレの砂糖漬けとバラの花びらの砂糖漬けだ。瓶詰めのままルチアに手渡すと、素晴らしいと絶賛された。
「これは上流階級でのお茶会で話題をさらうだろうね」
「売れそうですか」
「売れるね、必ず!」
だが、味見したナイトとルーファスは微妙な顔をしている。
『お砂糖の味しかしない……』
「リリィ、これはあまり美味くはないぞ……?」
「あー……すみません。これは乙女心で味わうものなんです。二人にはこのジャムをどうぞ」
ストレージバングルから取り出したスコーンにクロテッドクリームとマーマレードを塗り付けて、そっと口元に運んでやる。
一度、やってあげてからリリの「あーん」をいたく気に入っているルーファスはそれだけで機嫌が上昇するので、扱いやすい。
「うむ、旨いな。クリームの甘さとジャムの酸味がほど良い。もう一個頼む」
『自分で食べなよ。リリ、ボクにも一口』
「はいはい。あーん」
『あーん』
リリもスコーンを食べてみる。うん、普通に美味しい。ちなみにこれも冷凍スコーンをオーブンで焼いたものだ。
「ジャムは正直、『聖域』で採取したベリージャムの方が美味しいと思うのだけど」
『味は確実に、にほんのジャムの方が美味しいよ? リリが『聖域』産のベリーを美味しく感じるのは、魔素入りだからだ』
「……? 魔素入りの食べ物の方が美味しいと、街の人は思わないの?」
『普通のニンゲンは思わないんだ。だって、魔力がないもの』
「え? 魔力がない……? 異世界の人は皆、魔力があるのかと思っていたわ」
「リリィ。シオンがいた百年前までは人族にも魔女や魔法使いはいたが、今は滅多にいない。魔力がある者でも生活魔法が少し使える程度だ」
ルーファスに指摘されて、驚く。
そんなに少ないのか。
『よっぽど魔力が強いのは、宮廷魔法使いになったり、冒険者として活躍しているのはいるけど、数は少ないよ』
「マトモに魔法を使えるのは、いまやエルフくらいだ。だから、領地を守るために多くのエルフが領主に祭り上げられている。この私のように、ね?」
「……知らなかったわ」
てっきり異世界では皆が魔法を使えるものだと思い込んでいた。
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