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38. 闇の日のお楽しみ
しおりを挟む順調に黒字を叩き出す服飾部門は伯母に任せて、リリは雑貨店らしい商品を担当することにした。
街中の他の雑貨店も巡って、販売している商品を下見した結果、リリが『紫苑』で取り扱うことにしたのは文房具だ。
「これは素晴らしいな」
リリが提供する食べ物以外にはあまり興味を示さなかったルーファスでさえ、感嘆のため息を吐いている。
「ふふ。素敵でしょう?」
ルーファスが手にして、しげしげと鑑賞しているのは日本製のガラスペンだ。
『高価なガラスをペンに使うなんて、にほんってスゴいんだね』
黒猫のナイトも興味深そうにテーブルに並べてある文房具を覗き込んでいる。
「まず、ガラスをこれほど繊細に加工する技術がすばらしいね。色も美しい。ガラスにこれほど多彩な色合いがあるとは私も知らなかったよ」
グリップ部分に装飾が施されたガラスペンを光に翳して瞳を細めているのは辺境伯のルチア。
皆の反応は今のところ、とても良い。
「売れると思います?」
「もちろん! というか、まずは私が手に入れたいところだね。ひとまずは、ここにある物をすべて」
力強く頷いてくれたルチアに、リリはくすりと笑いながら、お茶のおかわりをすすめた。
本日は『紫苑』の定休日。
この世界では、一週間が六日で区切られており、地水火風光闇の曜日がある。
五週間で三十日、一ヶ月となるらしい。
一月は地球と同じ三十日区分だ。
闇の曜日は安息の日とされており、市場や店はお休みになるところが多い。
『紫苑』もそれに倣って、闇曜日を定休日にしている。
のんびりと朝寝坊を満喫して、ブランチを楽しむのが休日の定番の過ごし方だ。
日本に戻って、定期連絡と荷物の受け取り、商品の発注などを済ませると、午後はたいてい暇になる。
食事の楽しさを知ったリリの最近の趣味は料理だ。レシピ本を参考に色々と作ってみては、ナイトやルーファスと楽しんでいる。
魔力をより体内に取り込む必要があるリリのために、ナイトやルーファスは定期的に魔獣を狩ってきてくれた。
魔獣肉は美味しい上に、食べると元気になる。リリは大喜びで初めてのレシピの肉料理に挑戦し、皆に振る舞った。
その楽しい定休日のディナーに、今回は後見人となってくれた辺境伯ルチアを招待したのだ。
商業ギルド加入の保証人となってくれたお礼も兼ねているが、曾祖母シオンの昔話を聞いてみたい気持ちが強い。
ルチアは魔法のトランクの家に足を踏み入れることができた。
この魔法の家はシオンが大切にしていた拠点なので、彼女が心を許していた相手しか入ることができない。
この試金石を兼ねた家への招待を彼女はあっさりとクリアしてみせたのだ。
黒猫ナイトとルーファス、ルチアの四人でテーブルを囲み、ディナーを楽しんだ。
本日のメニューは鴨肉のロースト。もちろん、肉は魔獣だ。鴨にそっくりの外見をしているが、大きさは三倍ほどあった。
「リリにお土産だ」と爽やかな笑顔と共に巨大な鴨の死骸を手渡されそうになって、さすがに悲鳴を上げてしまった。
ルーファスはしこたまナイトに叱られて、罰として鴨肉の解体をさせられていた。同情はしない。
リリは見慣れた枝肉となった鴨肉を魔道オーブンでローストに調理した。
ナイトが見事なリンゴを『聖域』から収穫してきてくれたので、デザートのアップルパイに使わせてもらっている。
鴨肉のローストは皆に絶賛された。
パンは日本製の冷凍クロワッサンをオーブンで焼いて提供したので、こちらも喜ばれた。
ちなみにスープはいつものごとく、レトルトのポタージュである。
食後のデザートを皆で堪能した後、ついでに『紫苑』で提供予定の文房具をルチアに披露したところだった。
まず、これらの品が売れるかどうか。
そして、値付けの相談だ。
(ジェイドの街で売られていた筆記用具は羽根ペンばかりだったのよね。インクも黒オンリーで面白みがなかったし)
そこへ、この色鮮やかなガラスペンとカラーインクを売り出せば、きっと人気商品になるはず。
ガラスペンは赤、青、黄、紫、緑の五色を用意した。まずはいちばんシンプルなデザインのものを取り寄せてあるので、少しずつ様子見をする予定。
カラーインクは小さな小瓶入り。色は黒と濃紺、深緑の三色を取り寄せてある。
どれも日本製の良い品だ。
価格は跳ね上がりそうなので、ルチアの反応を見てから値段を付けるつもりだった。
他にもレターセットを五種類ほどまとめて取り寄せてある。
(女の子が好きそうな、お花柄の可愛らしいレターセットだから、きっと売れるはず!)
この世界では魔導書や大切な契約書類などは魔獣製の羊皮紙を使うらしいが、ちゃんと手漉きの紙はある。
が、昔ながらの和紙に近く、カラフルな紙、ましてやイラスト入りの便箋などはなかった。
封筒もなく、紙をくるっと巻いて封をする手紙が主流らしい。
(封筒の方が中も見られないし、安心よね?)
きっと喜ばれると思い、皆にドヤ顔で披露したのだが、想定以上にルチアの心に響いたようだ。
「見た目だけでなく、書き味も素晴らしいね。このレターセットという代物も面白い。何より、この上質な紙! ペン先が引っ掛からないとは驚きだよ。このインクも美しい。エルフの里で草花の汁をインクにして使っていたことがあるけれど、こんなに綺麗な色にはならなかった」
興奮のあまり、頬を上気させて訴えてくるルチアを宥めて、どうにか値付けに協力してもらった。
ガラスペンの元値は五千円。インクはひと瓶、五百円。レターセットは三百円ほど。
ルチアが試算したところ、ガラスペンは金貨一枚、カラーインクは銅貨五枚。レターセットは銅貨三枚ぐらいが適切な金額だろうと言われてしまう。
(五千円のガラスペンが十万円……? 五百円のカラーインクが五千円だし、レターセットも十倍のお値段だわ。これはぼったくりでは……?)
高値が付いて嬉しいが、ほんの少し後ろめたい気分になる。
が、ルチアはそれでも最低額での値付けだと言うのだ。
「これらの品を王都の商会で扱えば、さらに二、三倍の価格になるだろうな」
「そんなに……?」
こくり、と喉を鳴らしてしまう。
ルチアは自信満々に頷いた。
「もちろんだとも! こんなに素晴らしい品は他で見たことがない。私ももちろん使いたいが、知己の者にも贈りたい。これほど素晴らしい賄賂は他にないからな」
ニヤリと端整な顔に獰猛な笑みを浮かべる女辺境伯の様子に、リリは少しだけ引いてしまった。
これは何か政治的なアレコレにも使われてしまうのだろうか。
ともあれ、とても参考になったので、ルチアにはテーブルの上の見本品をすべてプレゼントした。
「いいのかい? ちゃんと対価を支払うよ」
「ふふ。お礼なので受け取ってください。そのかわり、また相談に乗ってもらってもいいですか? おばあさまのお話も聞きたいです」
「喜んで! 愛らしいお花とお喋りを楽しめるのは望外の喜びだよ」
「リリですよ」
「ふふふ。そうだね、私の可愛いリリ」
キャッキャと女性同士で盛り上がっていると、ルーファスが拗ねてしまったようだ。
「おい、ルチア。リリィとの話も終わったのなら、さっさと屋敷へ帰れ。辺境伯とやらは忙しいんだろう?」
「君の方こそ、家へ帰ればいい。リリ嬢は女性なのだから、深夜に殿方が同席するのは好ましくないね」
タイプの違う美形二人が言い争う様をリリは戸惑いがちに、ナイトは呆れた風に見上げた。
ちなみにルーファスは店舗の二階にある一室を使っている。
ベッドなどの家具類は日本で購入した物だ。寝泊まりするだけならキャンピングカーでいいと言われたけれど、庭が狭くなるので却下した。
(それに、ルーファスが二階にいてくれたら防犯的にも安心だし?)
わいわいと賑やかに騒ぐ二人を静かにさせるために、リリは昼間のうちに焼いておいたクッキーを出すことにした。
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