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37. コサージュは愛の花束
しおりを挟む異世界で営業を始めた雑貨店は順調だ。
いちばんの売れ筋は、ワンピース。日に十着は売れている。
一着の単価が高いため、利益も大きい看板商品だ。
服が売れるついでに、揃いの小物類もついで買いされることが多いので、ボンネットやヘッドドレス、ミニハットもよく売れている。
単価が安いため、手に取りやすいリボンも人気だ。量り売りをしているので、お小遣いを貯めて買いにくる少女も多い。
「ルチアさまのおかげで、リボンが大人気だわ」
閉店後、魔法のトランクの家で電卓を叩くリリの顔も自然と綻んでいた。
黒猫のナイトが胡乱げにリリを見やる。
『まさか最初から、あの子を広告塔にするつもりだったの?』
「そんな、まさか。純粋に御髪が邪魔そうだったから、ゴムとリボンをプレゼントしただけだったのよ?」
女辺境伯のルチアは豪奢な巻き髪の持ち主だった。
目の覚めるような金髪で、しかも縦ロール!
切れ長の双眸は紫水晶のように美しい、文句なしの麗人だ。
ただし、この世界ではゴム製品がないのか、あの圧倒されるような毛量の豪奢な髪を纏めることが難しかったらしい。
紐やリボンだけではあのボリュームを抑えられない。
「自分用に使っていた髪ゴムの予備があって良かったわ」
さすが日本製の髪ゴム。辺境伯曰くの奔放な髪もしっかりと括ることができた。
幅広の大きなリボンは豪奢な刺繍入りのスーツに合わせて、臙脂色の天鵞絨の物を選んだのだが、気に入ってくれたようで嬉しい。
これは便利だと喜んだ彼女は翌日、また店を訪ねてくれ、色違いのリボンをお買い上げしてくださった。
「毎日、衣装に合わせたリボンを使われているようで、それを目にしたファンの方々がお揃いのリボンを購入してくれているみたい」
髪ゴムは売らずに、代わりにシュシュを店頭に並べてみると、これは便利で可愛いと評判になり、よく売れている。
女辺境伯であるルチア・グリフィスは街の人々──特に女性陣から絶大な人気を誇っているようだと知ったリリは、それから新製品を販売する前に彼女にプレゼントするようにした。
シュシュはもちろん、造花のコサージュにピンで留めるタイプのミニハット。レースの手袋にカメオのブローチなど。
どれも伯母が厳選した、美しくも愛らしい品々だ。
豪奢な美貌の持ち主であるルチアだが、意外なことに愛らしい小物も好きらしく、喜んで身に付けてくれた。
おかげで、黒猫ナイトの指摘通りに、彼女は『紫苑』の立派な広告塔だ。
「さすがにお洋服は着てくださらなかったけれど……」
『ああ、ただでさえ女辺境伯ってバカにされるから、ずっと男装でいるんだよ』
「失礼な方々ですね。百年近く領地を繁栄に導いてらっしゃる方に対して、性別で見下げようとするなんて」
『性別でしか、あの子を貶められない無能ばかりなのさ』
やれやれ、とナイトが器用に肩を竦めてみせる。すっかり人間じみた姿に、リリは怒りを引っ込めて、つい笑ってしまう。
『それに、本人も男装は気に入っているようだよ? 動きやすいし、自分にはよく似合っているからって満更でもなさそう』
「たしかに、ルチアさまには似合っていたわね……」
シルクのブラウスシャツは立ち襟でボウ・カラー付き。
ほっそりとした腰を際立たせるベストとストレートのパンツ姿はとてもよく似合っていた。
「でも、あれだけの美貌。ゴージャスなドレスもきっと似合うわ」
彼女を前にしたら、きっと伯母は黄色い悲鳴を上げて、似合いそうなドレスを大量に貢ぎそうだ。
可愛いものに目がない伯母は、美しいものも大好きなので。
『でも、この店で扱うのはリリが着ているような少女向けの服なんだろう?』
それ、と前脚でちょい、とリリの服に触れてくる。ちゃんと爪は立てずに肉球を使うところが賢い、良い子だ。
本日のリリの衣装はノスタルジックテイストのワンピースだった。
髪は結わずに背中にさらりと流し、ヨークの付いたギャザーフリルが愛らしいロングワンピース。
白地に青い小花のプリント柄がとってもチャーミング。袖口にも丁寧にレースとフリルがあしらわれていており、さりげなく高級感を匂わせていた。
レースアップブーツと合わせて着こなせば、街歩きにはぴったりのお洒落着になる。
マネキン代わりにリリが着た服は少女たちが話題にして、あっという間に売り切れた。
「このシリーズのワンピース、新作のコサージュを付ければ、目を惹くと思わない?」
夕方に日本に戻って回収した荷物を開けると、このコサージュが入っていたのだ。
『うん、いいね。この、ニセモノの花、すごく綺麗だ』
「造花と言って。リボンとレースで飾った小さなブーケみたいで素敵でしょう?」
『ふふ。そうだね。宝石のアクセサリーが買えない子がきっと喜ぶよ』
「大人の女性も似合うと思うのだけど……。いえ、男性が付けても華やかで素敵なはず」
『うーん……? まぁ、動物はオスの方が派手だし、ニンゲンも花を飾ってもおかしくはないのかな?』
小首を傾げる黒猫。
そういえば、鳥は特にオスの方が色彩が派手だったなとリリも思い起こす。
何となく、ナイトと二人でじっと壁に寄り掛かって腕組みしている赤毛の男を見つめていた。
気付いたルーファスが眉を顰める。
「む、なんだ? 俺に花を付ける気か?」
『そんな警戒しなくてもいいじゃない』
「そうですよ。イヤなんですか」
「イヤに決まって──」
「……私とのお揃いなのに?」
「っ⁉︎」
ぎょっ、とルーファスが目を見開く。
リリが手にしているのは、彼女の胸元を彩るのと色違いのコサージュだ。
リリは淡いピンク色。手に持つのはパープルをベースにしたコサージュで。
「う……いやな、リリィ? 別に俺はお前とのお揃いがイヤというわけでは……」
うっすらと涙を湛えた(ように見える)大きな翡翠色の瞳で見上げられて──ルーファスは早々に白旗を掲げることになった。
「ふふっ。とってもお似合いですよ、ルーファス」
「そうか。ご機嫌だな、リリィ……」
「ええ。お揃いって楽しいですね」
「……まぁ、悪くない」
腕を組んで全身鏡の前に並んで立たされたルーファスは、楽しそうに笑う少女を目にして、微苦笑を浮かべた。
翌日から、さっそく護衛仕事につくルーファスの胸を飾るコサージュは少女たちの話題を掻っ攫った。
殿方が花なんて! と最初は驚いていたが、これが意外と似合っている。
自分用以外にも、男性へのプレゼントとして、あっという間にジェイドの街に広まった。
◆◇◆
「やはり、広告塔作戦はアリですね、伯母さま」
『素晴らしいわね。ルーファスちゃんとナイトちゃんのお写真もっとたくさん送ってね、リリちゃん』
「うふふ。動画も送りますよ」
深夜にこっそり日本の家から伯母と内緒の打ち合わせ。
ワンピースの売り上げは順調だ。
伯母がこれらの服を仕入れている、お気に入りのお店は嬉しい悲鳴を上げているらしい。
そのうち、オーダーでリクエストする予定だ。
女性が美しく映えるドレススーツなんて、どうだろう?
リリはにこりと微笑むと、撮らせてもらったルチアの写真を伯母のスマホに送ってみた。
なぁに? と手元のスマホに視線を落とした伯母が黄色い悲鳴を上げたのは言うまでもない。
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