【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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49. 狩りました

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 ホーンラビットはすぐに見つけることができた。
 リリたちが隠れて待機している場所はハーブの群生地。ちょうど森の小さな生き物たちの餌場でもあったようだ。

『リリ、ホーンラビットだ』

 黒猫のナイトに耳打ちされて、慌ててクロスボウを構える。
 【身体強化】スキルがなければクロスボウを構えることも難しかっただろうな、とふと思う。
 木製の弓床をしっかりと支えて、矢で狙いをつける。
 このクロスボウは梃子てこの原理でレバーを押す方式なので、非力なリリでも矢を放つことができた。
 狙いをつけるといっても、初心者なのだ。毛皮や肉のことを考えると頭部を狙うのがいいのだけれど、的の大きな身体を狙った。
 風を切る鋭い音。キュッ、とホーンラビットが鳴いた。当たったのだろうか。

「ふむ。やはり、エルフ特性が働いたようだな。見事に的中したぞ、リリィ」
「本当ですか」

 初めての狩りで、小さいとはいえ魔獣を狩ることができた。

(魔道具の雷撃で仕留めたワイルドディアは、あれは狩りとは微妙に違うと思うから……うん、これが初めての狩り!)

 ほっと息を吐いて、そろりと茂みから立ち上がると、獲物を咥えた黒猫がやってきた。

『リリの初めての獲物だよ!』
「ありがとう、ナイト」

 ぽとりと地面に落とされたホーンラビットの死骸をリリは静かに見下ろした。
 生き物の命をこの手で直接奪ったのは初めてだったけれど、意外にも心のうちは凪いでいる。
 あまり血が流れていないからか、触れることもできた。まだ温もりのある身体はぐんにゃりと弛緩している。
 自分が命を奪ったのだ。責任を持っていただこう、とあらためて思った。

「持って帰って…解体、しないといけませんね……」

 これまではルーファスやナイトが解体後の塊肉を持ち込んでくれていたが、これからは自分で狩った肉は自分で解体すべきだろう。
 雷撃の指輪で倒したワイルドディアの肉は、魔道具である肉屋ブッチャーナイフを使ってリリが解体したが、また死骸に突き立てなくてはならないのか。
 悲壮な表情で決意を口にしたリリを、ルーファスが不思議そうに見つめてくる。

「ここで解体すればいいのでは?」
「え? でも、森の中で解体すると、血の匂いで他の獣が寄ってくるかもしれないし……」

 皮剥ぎも骨削ぎも、血抜きに内臓を取り除く作業も魔道具のナイフを握ると、するするこなすことはできたが、やはり少しばかり匂いは漂ってしまう。
 鼻のきく肉食動物が寄ってくるのは困るので、リリはそう訴えたのだが、ルーファスは整った眉をひそめて首を傾げた。
 
「いや、一瞬で済むから、そんな心配は無用だと思うぞ?」
「…え……?」

 きょとんとした顔で互いを見つめ合う二人を、黒猫のナイトが割って入る。

『ああ、リリは生活魔法で解体ができることを知らないんだよ』

 初耳だ。
 そんな便利な魔法があるのか、と目を見開くリリの前で、黒猫は生活魔法を使ってみせてくれた。

『簡単だよ。【解体デモリッション】』

 その魔法の呪文をナイトが唱えた途端、まだ温かったホーンラビットの死骸は、綺麗に解体された。
 可食部である肉、素材となる毛皮とツノ、そして魔石だ。
 血肉や内臓に骨などの部位は呪文を唱える際に不要だと念じれば、消えてくれるらしい。

「なにそれ。とっても便利」
『便利だよね。この生活魔法が開発されるまでは、自力で解体しないといけなかったから、本当に楽になったよ』

 しみじみと語るナイトの口調から、その大変だった時代を知っているのだろう。
 いや、それはともかく。
 リリはきっ、と黒猫を見据えた。

「こんな便利な魔法があるのなら、私がナイフで解体しなくても良かったのでは?」

 少しばかり低い声になってしまったのは仕方ないと思う。
 涙目で肉屋ブッチャーナイフで解体させられた記憶がよみがえる。
 黒猫はびくり、と肩を揺らした。

『ごめんね、リリ。【解体デモリッション】の魔法は一度でもちゃんと解体をした記憶がなければ発動ができないんだ。だから、最初の一頭だけは直接、君の手で解体をしてもらう必要があったんだよ』

 視線を揺らしながらも、丁寧に説明してくれた。理由が分かれば、リリもそこまで怒ったりはしない。
 あの一度の経験だけで、今後はもう解体に苦労することがないなら納得できる。
 
「……そういうことなら、仕方ないですね。でも、今後はちゃんと説明してください」

 今はそれよりも【解体デモリッション】の生活魔法を覚えられたことが嬉しくて仕方ない。
 血や臓物に触れずに済むのだ。
 【解体デモリッション】を開発してくれた魔法使いに最大の感謝を捧げて、リリはうきうきと戦利品をストレージバングルに収納していく。
 ストレージバングル内では時間が停止するので、肉が腐る心配もない。

『安心したところで、次を狩るよ。最低でも、今日中にレベル3にはなってもらいたいからね!』
「はい、先生。がんばります」

 クロスボウの使い方も分かったので、それからは餌場に現れる小動物をひたすら狩った。
 ホーンラビットにツチネズミ。魔獣以外にも、カモやキジに似た鳥も射落とすことができた。
 胴体を狙って放った矢は、付与されたエルフ特性と風の魔法のおかげで的中率が爆上がりして、すべて頭を射抜けた。
 
『どの素材も傷みがないから、高く売れそうだね!』

 にこにこ笑顔でナイトが褒めてくれる。
 それは嬉しいけれど、確実に武器の成果だ。少し申し訳なく思いつつも、自動で敵を屠ってくれる【雷撃】の指輪よりはマシかな、と諦めた。

 途中、休憩がてらにハーブとキノコを採取することができたので、リリはご機嫌だ。
 お肉もたっぷり確保できたし、レベルも無事に上がった。
 目的は達したので、あとは帰るだけというところで、新たな獲物がひょこりと茂みから顔を出した。
 なんと、イノシシだ。

(私が知っているイノシシとだいぶ違うけど……。もしかして、これがワイルドボア?)

 日本でも実物は見たことがないが、明らかに違う。体高が2メートル近い大イノシシなのだ。息を潜めて、鑑定してみる。

 フォレストボア。森に棲息する大イノシシの魔獣。脂肪を蓄えており、とても美味。

 鑑定結果に、リリは心を踊らせた。
 脂肪を蓄えていて、しかも美味だと絶賛されているなんて。

(これは狩るしかない)

 心を決めると、素早くクロスボウを構えた。ナイトもルーファスもリリの意思を尊重しているようで、静かに見守ってくれている。とても心強い。

『リリ、落ち着いて深呼吸して。クロスボウに魔力を込めてからレバーを引くんだ』

 足音を立てずに傍らに歩み寄ってくれたナイトの助言通りに、魔力を込めてみた。
 クロスボウが柔らかな緑の光に包まれる。
 今だ、と理解して。
 リリはレバーを引いて、弓を放つ。
 先程までとは桁違いの威力を秘めた矢がフォレストボアの眉間を貫いた。
 毛皮と肉だけでなく、骨をも穿つ音がして、巨体が地面に倒れていく。

「……倒せた?」
「ああ、ちゃんと仕留めてあるぞ。よくやったな、リリィ」
『さすがだね、リリ! まさか、初日にフォレストボアを狩れるなんて』

 じんわりと喜びに浸っていると、ふいに体がぽかぽかと温かく感じた。

「あ……今のでまたレベルが上がったみたいです」

 ステータスを鑑定してみると、レベルが4になっており、しかも【弓術】スキルが増えていた。


◆◇◆


 我が家に帰る前に、二人と一匹は冒険者ギルドに寄った。
 ダンジョンに潜る予定もあるので、先にギルドに登録しておくためだ。
 商業ギルドの組合員と違って、冒険者ギルドは成人さえしていれば、誰でも加入できる。
 小柄なリリは最初、十五歳未満だと疑われたが、嘘発見器のような機能のある水晶の魔道具のおかげで、成人と認められた。

「十九歳なのに……」

 頬を膨らませるリリをルーファスが慰めてくれる。

「今日一日の成果が、売れたぞ? ほら、リリィの稼ぎだ」
「私の稼ぎ」

 ぱっとリリは顔を輝かせた。
 本日の成果はホーンラビット七羽とツチネズミが五匹。大物のフォレストボアが一頭だ。
 魔獣以外の素材はギルドでは引き取ってもらえないので、カモやキジは我が家のご飯になる予定。
 ギルドに買い取ってもらったのは、ツチネズミの素材全てと、ホーンラビットとフォレストボアの毛皮と魔石、ツノと牙だ。

『ツチネズミの肉はいいの?』

 黒猫が不思議そうに小首を傾げているが、ここは断固拒否だ。申し訳ないが、ネズミの肉は遠慮したい。
 そのかわり、ホーンラビットの肉は全て自分たちで引き取った。

「うさぎのお肉は柔らかくて美味しいと伯母さまが仰っていたので楽しみです」
「リリィは料理が上手いからな。俺も楽しみだ」

 店番を頑張ってくれた三人にもご馳走したい。
 わくわくする気持ちを抑えきれずに、リリは弾むような足取りで家路についた。
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