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48. 魔獣を倒しましょう
しおりを挟む雑貨店『紫苑』の利益で購入したポーションは無事に伯父の手に渡った。
薬屋に支払ったポーション代は金貨七枚。伯父からはポーション代としてリリの口座に二百万円の振込みがあった。
残高をタブレットで確認して、リリは口元を綻ばせる。
「七十万円が三倍近くまで増えました」
労働の対価が目に見えるのは、とてもいい。
ひとしきり達成感に浸りたいところだったが、売れ筋の商品の発注や伯母との打ち合わせがあるため、後回しだ。
新しく従業員として働いてくれることになった使い魔の三人は皆、収納スキル持ちだと聞いた。
「なら、まとめて在庫を入荷しても大丈夫よね?」
『三人とも空間属性魔法は得意だから、問題ないと思うよ』
毛繕いをしながら念話を飛ばしてくるのは黒猫のナイトだ。
使い魔たちの上司である彼がそう言うのならば、問題ないだろう。
いつもは三日ごとに発注を掛ける商品を、リリはまとめて十日分を注文した。
「これだけあれば、しばらくお店に顔を出せなくても安心です」
日本の家で商品を受け取れば、そのままクロエたちに預かってもらおう。
商品がすべて揃うのは明後日。
それまではナイトとルーファスに付き添ってもらい、弱い魔獣を倒す訓練をする。
レベル2のリリは魔法のドアを使いこなせていない。転移先の登録が『聖域』とジェイドの街の二ヶ所だけなのだ。
最初、リリは特にそれが問題だとは思わなかった。
「転移する先を『魔法の家』にすれば、トランクは持ち運べるし、二ヶ所の登録だけで大丈夫ではないの?」
魔法の扉は家の中で繋ぐようにしていたので、てっきり転移先はトランクの家なのだと思っていたのだが。
『それは違うよ。ここで繋いだから、一時的に開けるだけで、正確には『ジェイドの街中にある魔法の家』で登録されているんだ。だから、ボクたちがこのままダンジョンに移動すると、困ることになる』
ナイトの説明にルーファスが大きく頷いた。
「そうだ。ダンジョンに挑む際の拠点を魔法の扉に登録していないと、日本に戻ってから扉を使うと、ダンジョンではなく、ジェイドの街に繋がることになる」
「……こまめに登録しておかないと不便ですね、それは」
せっかく数時間掛けて到着したダンジョンへ、また行き直さないといけないとは。
『レベルの数だけ、お気に入り登録ができるから、頑張ろうね!』
「頑張るって……」
黒猫に励まされて戸惑うリリに赤毛の美丈夫が念押しする。
「ダンジョンに行くのは三日後だったな、リリィ? なら、それまでは近くの森で低ランクの魔獣狩りをしてレベル上げだ」
「え……」
そんなわけで、リリは仕事の合間に近くの森で魔獣を倒すことになったのだった。
◆◇◆
お店は頼れる従魔たちにお任せして、さっそく近くの森に向かった。
近くといっても、街から最寄りの森のことなので、キャンピングカーを走らせて二十分ほどの場所になる。
魔獣を相手にするため、日本から持参したジャージに着替えての参戦だ。
無防備に見えるが、曾祖母シオンから貰った結界の魔道具を装着しているので、大仰な鎧よりもよほど安心装備である。
「うん、【身体強化】の魔道具と【雷撃】の指輪もあるから、大丈夫。……だと思います」
リリからしたら大きな森に見えるが、この世界に生きるルーファスやナイトからしたら、こぢんまりとした森らしい。
到着した森を見上げて、リリは途方に暮れた。
「武器がないと不安です……」
『そんなに怖がる必要はないよ、リリ。この森にいるのは低ランクの魔獣ばかりだもの。心配なら、水場に行こう。スライムなら子供でも倒せるし』
「スライム」
ぱっと顔を上げる。
目を輝かせるリリに二人が困惑しているのが分かったが、気にしない。
だって、スライムなのだ。
寝込んでいた際に暇潰しで遊んだゲームでよく見かけた、定番モンスター。
「スライムがいるんですね。さすが、異世界」
『待って。スライムで感動する意味が分からない』
「珍しくもないだろうに。まあ、スライムは益獣だからな」
ルーファスのつぶやきに、リリは鋭く反応する。益獣とはいったい?
「知らなかったか? 街で出るゴミはスライムが処理してくれているんだ」
『下水道でもスライムを飼っているよ。彼らのおかげで街は綺麗に保たれ、嫌な匂いもしないで済んでいる』
「……そういえば、水洗トイレが完備されていることを不思議に思っていました」
疑問に思いつつも、忙しさですっかり忘れていた。まさか、スライムがそんな大切な仕事を任されていたとは。
「そんな立派なスライムさんたちは狩れません。他の弱そうな獲物をお願いします」
「なら、ホーンラビットかツチネズミだな」
『どっちも食用だし、ちょうどいいね』
「えっ? ウサギはともかく、ネズミも食用……」
戸惑うリリにルーファスが何やら差し出してきた。
「? これは……」
「武器だ。ダンジョンドロップアイテムだから、どちらも威力のある良い武器だぞ。好きな方を選ぶといい」
「ありがとうございます」
先程、武器がないと不安だとつぶやいたリリのために出してくれたのか。
とりあえず、二つの武器を受け取ってみることにした。
「クロスボウと、……木の棒?」
木製のクロスボウは引き金と弦の部分が銀でできている。使ったことはないけれど、普通の弓よりは扱いやすそうだ。
それはいいとして、もうひとつは木の棒にしか見えない。棍棒というやつだろうか。
スライム退治には使えそうだが、額に鋭いツノがある凶悪なウサギの魔獣相手だと、少しばかり頼りない。
「こっちのクロスボウを使ってみたいです」
棍棒はそっとルーファスに返した。
ナイトが空色の瞳を細めて、にんまりと笑う。
『いい判断だよ、リリ。それは上級ダンジョン産の魔道具の弓。矢は自動で補充され、的中精度が上がる風魔法の付与がされている。おまけに──…』
「リリィにはぴったりの、エルフ専用武器だ。いつか使えるはずだと売り払わなくて良かった」
売り払われる可能性があったのか。
エルフ専用武器とは、人や亜人も使える強い武器だが、エルフが使うとさらに精度が上がり、与えるダメージも大きくなるらしい。
「試してみたいです」
エルフの血はかなり薄まってはいるが、本当にそんな特性があるのなら、是非とも試してみたい。
わくわくするリリに気付いて、ルーファスは苦笑を浮かべた。
「なら、森の中で試そう」
ほとんど獣道に近い道ならぬ道を進むと、ほんの少し開けた場所に出た。
『聖域』と違い、暗い森だ。湿気がすごく、足元がずぐずぐしており、歩きにくい。
(そういえば『聖域』は低木が多かったから、明るくて歩きやすかったのね……)
ベリーなどの実りも多く、とても豊かな森だった。
比べて、この森はベリーなどは見かけないが、キノコやハーブの類は多そう。
(狩りのついでに、食べられそうなものを採取して帰りましょう)
『聖域』ほどではないけれど、森の中は街よりも魔素が濃い。
森の恵みもきっと美味しいに違いなかった。
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