【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
48 / 180

47. クロエとネージュ

しおりを挟む

 三本脚の鴉の幻獣が産み落とした、巨大な卵から生まれたのがクロエとネージュだ。
 母であり、父でもある幻獣は殻を破った二羽のヒナを目にするなり、失望したようだ。
 分身を産み出すつもりが、二羽とも平凡な二本脚だったからだ。
 しかも、片割れは長く生きられそうもない、純白の子アルビノ
 幻獣はあっさりと二羽を見捨てて飛び去った。

 普通の鴉ならば、おそらくはすぐに命を落としていたことだろう。
 そこは幻獣のヒナ。生まれつき、そこらの魔獣より強い魔力を持っていたため、どうにか生きのびることができた。
 二羽は強い絆で結ばれており、互いだけを信頼して生きてきた。
 親に疎まれ、捨てられたために猜疑心は強く、周り全てを敵だと認識していた彼女たちは気が付けば、死の天使だと忌み嫌われており──冒険者ギルドに討伐依頼が出されたのだ。

 命知らずの冒険者たちに挑まれたが、どれも返り討ちにして高笑いしていた。
 だけど、しばらくして現れたエルフによって、彼女たちのプライドは叩き壊された。

 手も足も出なかった。
 自慢の魔法を、まるで子供をあやすかのように軽くいなされ、徹底的に叩きのめされて。
 ボロボロになった二羽を、その憎きエルフは麗しい笑顔で見下ろしてこう言ったのだ。

『貴女たち、とても綺麗な子ね。気に入ったわ。私の使い魔になりなさい』

 大魔女シオンの言霊は二羽の魂を縛り、彼女たちは使い魔に堕とされた。
 後日、シオンは「あれは勧誘だった」と言い張っていたが、あれはどう考えても「命令」だったとクロエは思う。
 ともあれ、最初の出会いは最悪だったけれど、使い魔になった二羽とあるじであるシオンの仲は良好だった。


 使い魔の筆頭は、黒猫ナイト。
 猫のくせに自分たちよりも上だなんて面白くない。
 ちょっかいを掛けたクロエとネージュはその黒猫に圧倒的な力でもってねじ伏せられた。
 屈辱だ。だが、魔獣の世界では力こそがすべて。以降は渋々とだが、黒猫を認めて従うようになった。
 恭順を示すと、意外にも黒猫は面倒見が良かった。

 あれほど恐ろしく感じた大魔女も、まるで家族のように自分たちを可愛がってくれた。
 クロエとネージュという名を付けてくれたのもシオンだ。
 その艶やかな羽毛の色から連想した名前なのよ。そう言って、自慢の羽を優しく撫でてくれた。
 親から与えられなかった愛情を代わりに浴びるほどくれた、大切な主。
 死の天使と恐れられたクロエとネージュはもういない。
 自分たちは大魔女シオンの使い魔である黒白の鴉だ。それをとても誇りに思った。

 大魔女のもとで使い魔として働きながら研鑽し、やがては自分たちを捨てた幻獣を圧倒するほどに強くなった頃、突然の別れを経験する。
 シオンが病に罹ったのだ。

 魔力過多症。
 永遠に近い寿命を持つハイエルフが幾人も命を落とした、不治の病だ。
 シオンはエルフだが、膨大な魔力を誇った大魔女であり、ハイエルフの血が濃かったのだろう。
 この世界には魔素が溢れており、生きているだけで彼女の命を削った。
 死を得るまで苦しみのたうつだけの生を厭い、シオンが下した決断は異世界への転移。
 普通の転移魔法とは、文字通り次元が違う。だが、彼女はその大偉業を成し遂げたのだ。

 シオンが姿を消して、クロエとネージュは心を閉ざした。
 彼女がいない世界に未練などない。
 故郷の森に戻り、闇の結界を張って深い眠りについた。
 このまま命を落としてもいい。
 シオンがいない世界なんて、生きていても意味などないのだ。
 そう考えて眠りについた彼女たちを、あろうことか叩き起こす輩がいた。
 八つ裂きにしてやろうと目覚めた二羽の前にいたのは、懐かしい仲間。
 大魔女シオンの使い魔たちの筆頭。黒猫のナイトだった。

『シオンさまの曾孫がこの世界で暮らすことになった』

 目が覚めるなり、そんなとんでもない発言をするものだから、しばらく馬鹿みたいに呆けてしまった。
 
『シオンさまが帰ってきたの⁉︎』
『会いたい……!』

 だけど、黒猫は耳を寝かせて視線を落とした。それで、彼女はもう生きていないことを悟ってしまった。

『……でも、シオンさまの血族がいるのね?』
『うん。リリっていう、小さくてか弱い女の子だ。魔力枯渇病で、この世界でしか生きられないから、世界を越えて移住してきた』
『驚いた。シオンさまと真逆の病じゃない』
『ふふ。ボクも驚いた。シオンさまとは全然似ていないけど、いい子なんだ』

 深い蒼の瞳がじっとこちらを見据えてくる。ネージュはおろおろと戸惑っており、役に立ちそうにない。
 クロエはふぅ、と息を吐いた。

『分かったわ。その子を助けてあげればいいのね?』
『! いいの?』
『だって、シオンさまの大切な子なんでしょう? ならば、少しの間、面倒を見てあげるわ』
『……わたしも助ける』

 人見知りのネージュが珍しくも名乗りをあげたことにクロエは驚いた。
 
『大丈夫なの、ネージュ。無理をしていない?』
『平気……じゃないかもしれないけど。わたしもシオンさまの曾孫を見てみたい』
『ふ、ふふ。そうね。会ってみたいわ。シオンさまが結婚するなんてね!』

 種族を越えて、幾人もの男たちに求婚されていたシオン。中には英雄クラスのこれは、という良い男もいたのだが、彼女はすべてを断った。
 自分よりも弱いオトコに興味はないの。そう嘯いて。
 大魔女シオンより強いオトコなんて、この世界にいるわけがない。
 唯一いるとすれば、シオンとパーティを組んでいた、あの赤毛のドラゴンくらいか。
 だが、二人は恋人というよりも親友、唯一無二の相棒という形を選んでいたので、使い魔たちは彼女の子供を見ることはないと諦めていたのだが──

『どんな子なのかしら?』
『ん、たのしみ……』

 真紅の瞳を細めて、微笑むネージュ。片割れのこんな表情を目にするのは初めてだ。
 クロエは自慢の漆黒の翼をはためかせて、ナイトを見上げた。

『筆頭使い魔ナイトの招集に応じるわ。大魔女シオンの曾孫と会ってみたいから』


◆◇◆


 そうして、二羽はナイトに連れられて、ジェイドの街へ赴いた。
 途中、使い魔仲間のキツネと合流して、懐かしい魔法のトランクの家へと。
 その家の今の持ち主である少女に、筆頭使い魔の黒猫がぴょんと飛びついている。
 いつも、つんとすました顔をしていたナイトが、普通の飼い猫のようにデレデレと甘えている姿を目にして、二羽と一匹は我が目を疑った。
 少女はこちらに気付くと、優しく微笑みかけてくれた。

「私の名前はリリ。貴方たちが仕えていた大魔女シオンの曾孫なの。よろしくね?」

 ナイトが言っていた通りに、小さくて細くて、弱々しい女の子だった。
 成人していると聞いていたが、どう見ても子供だ。
 ほっそりとして華奢な肢体に美しい服を纏った少女は繊細に整った容貌をしている。

(豪奢な美貌の持ち主だったシオンさまとは似ていないわね。でも……)

 柔らかなハニーブロンドと翡翠色の瞳はそっくりだ。未だ不安定ながら、身に纏う魔力もシオンのものとよく似ている。
 
(ああ、ここにいるのね、シオンさま)

 命を落としても、繋がれた血が。
 二度と会うことが叶わないと諦めていた彼女の血族とこうしてめぐり逢えたのは奇跡に等しい。

 嬉しさのあまり、クロエとネージュは出遅れてしまった。
 要領の良いキツネが颯爽と彼女に挨拶に向かい、その毛並みを褒められている。
 呆然としていると、こちらに気付いたキツネが琥珀色の瞳を細めてニヤリと笑った。
 クロエはカッと頭に血が昇るのが分かった。思わず、「どきなさい!」と喚いて、割って入ってしまう。

 リリは突然、カラスに懐かれて驚いていたが、満更でもなかったようで。
 くすりと笑いながら、彼女の自慢の羽を褒めてくれた。
 人見知りのネージュもおずおずと寄ってきて、リリの腕に止まっている。

(いい子ね。シオンさまと同じ色だわ)
(…うん……すごく、やさしい。でも、すごくすごく弱そう……)

 心配そうにネージュが言う。怖がりの彼女にさえ庇護欲を感じさせるリリを前に、クロエはあらためて決意する。

(シオンさまの曾孫、リリさまを私たちで守りましょう)
(ん。守る。リリさまを傷付けるものはすべて八つ裂きにする)

 物騒な誓いの言葉に、黒猫はやれやれとため息を吐いているが、そんな事態に陥ったら、この筆頭使い魔は率先して不埒な輩を細切れにするに決まっている。
 キツネもリリが気に入ったようで、あざとく甘えていた。負けてはいられない。

 そうして、一目で気に入った主人の曾孫を助けるために、クロエとネージュは雑貨店で働くことを決めたのだった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...