【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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46. ポーションを買おう

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 街の薬屋を訪ねるのは二度目だ。
 下見をしていたので、購入予定のポーションの値段は把握してある。
 下級ポーションはひとつ、銀貨五枚。日本円に換算すると五万円ほどか。
 薬としては高い方かもしれないが、一瞬で怪我が治るので、価格相当だと思う。
 店内はあまり広くなく、漢方のような独特な匂いが漂っている。
 奥にカウンターがあり、店番らしき老女がいた。手元で何やら作業をしている。そっと覗いて見ると、乾燥させた薬草を薬研で砕いているところだった。
 ポーション類はカウンターの裏の棚に並べられている。
 その他の薬や軟膏などはカウンター前の棚に。素材の段階らしき薬草や何かの干物などは無造作に吊されたり、籐籠とうかごに突っ込まれていた。

(魔女のお店みたいで、ワクワクする)

 どんな品なのか、ひとつひとつ【鑑定】をしてみたくなるが、ここは我慢だ。
 護衛の大男を背後に従えたリリを店番の老女がじろりと一瞥する。

「いらっしゃい。何がいるんだい?」
「ポーションを買えるだけ、ください。他の方に迷惑を掛けない程度に」

 リリの申し出に、老女は片眉を上げた。ふん、と鼻を鳴らすと棚の中を確認していく。
 本当は買い占めたかったけれど、怪我をした人が困るかもしれない。
 そこらへんの按配あんばいを店員もちゃんと考えて用意してくれたようだ。
 
「うちは中級ポーションは一本しか無いよ」
「構いません。下級ポーションも私が買えるだけの数をお願いします」
「分かった」

 薬師製の下級ポーションは切り傷や刺し傷、打撲や捻挫、軽い火傷などに効用がある。服用すると瞬時に治療できるので、まさに魔法の薬だと思う。
 中級ポーションを作れる錬金薬師は滅多にいない。王宮に囲われた宮廷薬師と、民間に数人いるくらいだと辺境伯のルチアに教えてもらった。
 
「中級ポーションは金貨二枚だよ」
「はい、お支払いできます」
 
 護衛が片時も離れない、上質なワンピース姿のリリなら支払えると判断したのだろう。
 老女はポーションをカウンターに並べてくれた。中級ポーションが一本、下級ポーションが十本ある。合計で金貨七枚だ。
 魔法の収納鞄から取り出した巾着から、きっちりと七枚分の金貨を取り出すリリを横目に、店員の老女はカウンターに置かれたアクセサリーのような物で計算している。
 色石に穴を開けて紐を通したもので、どうやら、それを算盤そろばんのようにして使うようだ。

「金貨七枚、たしかにあるね」
「ありがとうございます」

 リリは丁寧に礼を言うと、持参していたカゴにポーションを詰め込んだ。

「他の品も少し見ていってもいいですか?」
「構わないよ」

 二枚貝を容れ物にした軟膏が気になって、リリはこっそりと【鑑定】してみる。手荒れを治す軟膏。匂いは独特だが、効果は高いとある。これは伯母が気に入るかもしれない。
 他にも火傷用の軟膏や切り傷に使う塗り薬、湿布代わりに患部に貼り付ける薬草など気になる物を買い上げた。
 ポーションを購入できない人々が、薬師が作ったこれらの薬を使うらしい。
 速効性はないが、よく効くようだ。

「ポーションは高価だからね。金持ちと冒険者くらいしか買わないよ」

 愛想は良くないが、腕のいい薬師なのは薬を【鑑定】したことで分かった。
 リリは「また来ます」と笑顔でお礼を言って、店を後にした。
 さりげなく壁になってくれたルーファスの影でポーションや薬を入れたカゴを魔法の収納鞄に放り込む。
 高価な買い物や、魔法鞄自体が希少な物なので、人前で堂々と使わないようにと黒猫のナイトに注意されていたので、こっそり素早く片付けた。
 当然のことのように、手を繋ごうとしてくるルーファス。良い買い物ができて、ほくほくしているリリは好きにさせてあげた。
 スキップするような、軽い足取りで街を歩く。

「たくさん買えたわ。伯父さまが欲しがっている上級ポーションは手に入らなかったけれど、中級のポーションは買えたから、喜んでもらえると思う」
「上級ポーションはダンジョンでしか手に入らないぞ。フロアボスを倒せばドロップする」
 
 フロアボス。もう響きからして強そうだ。

「……私が倒せるとは思えないから、冒険者ギルドで、上級ポーション獲得の依頼を出せばいいかしら」

 今なら、お金はあるのだ。
 中級ポーションが金貨二枚なら、上級ポーションはいくらになるだろう。
 上級職である錬金薬師でさえ作れない、特別なポーションなのだ。金貨十枚では足りないだろう。
 依頼として出すなら、そこに色も付けなければならない。ダンジョンのフロアボスに挑むのは、命がけのことなのだから。

(金貨二十枚はみておこう)

 そのくらいなら『紫苑シオン』の売上げで出せる範囲だ。
 ポーション代は現物と交換で伯父が日本円で渡してくれる。
 その日本円で『紫苑シオン』で販売する商品を仕入れて、また稼げばいい。
 日本製の衣服とガラスペンなどの文房具、紅茶に砂糖菓子はまだまだ人気商品で、並べる先から売れていくのだ。

(今までは一人でお店をやっていくのが大変だったから、数も抑えて販売していたけれど。三人も従業員が増えたのだから、もっと商品を増やせるわ)

 ジェイドの街ではお茶会が流行っているそうなので、ティーセットを販売するのもいいかもしれない。
 ついでに日持ちのする焼き菓子を売れば、新しい客層も呼び込めるかも。
 うんうん、と頷いていると、それまで黙って背後に佇んでいたルーファスが首を傾げた。

「上級ポーションが欲しいなら、ダンジョンで取ってくればいい」
「そんな簡単に言うけれど、あなたたちならともかく、私には無理だもの」

 たぶん、道を歩いている野良猫にだって負ける自信がある。

「だが、リリは店が落ち着いたら、旅に出たいと言っていただろう?」
「う……言っていましたけど、それとダンジョンは関係がないと思う……」

 日本では旅行どころか、遠出も厳しかったので、異世界を旅することはリリの夢なのだ。

「ダンジョンで魔獣を倒せばレベルが上がり、体力がつく。そうすれば魔力を体力に変換することがなくなる」
「……それはつまり、今までみたいに魔素を頑張って吸収しなくても良くなるということです?」
「ああ。普通は魔法を使わなければ魔力は減らないものだからな。高レベルになれば、にほんで過ごせる時間も増えると思うぞ?」
「……!」

 日本で過ごせる時間が増えるのはもちろん嬉しいが、体力がついて魔力も増えれば、色々な魔法が使えるようになる。
 今のリリは魔力で体力を補っているため、生活魔法を少しだけ使うことしかできないのだが──
 
「高レベルになれば、私でも他の魔法を使えるようになる……?」
「ダンジョン下層にはスキルや魔法のスクロールがあるからな。それらを手に入れたら、使えるようになるはずだ」
「スクロール……シオンおばあさまが私に譲ってくださったものね」

 魔法のトランクと異世界へ繋がったドアもそうだが、スクロールで得た魔法とスキルは重宝している。
 特に【翻訳】と【鑑定】スキルがあるのは大きい。異世界で生きていくためには必須なスキルだと思う。
 【生活魔法】も異世界暮らしではありがたい魔法である。リリは幸いにして、魔法の家や転移ドアのおかげで日本に帰って風呂に入れるが、異世界で旅をするとなると【生活魔法】は大事だ。特に浄化クリーン
 お風呂とトイレは譲れない。もちろん、美味しい食事も譲歩したくはないけれど。

「でも、私に戦える力は無いのだけど……」
「私がパーティを組むから問題ない。ナイトもついてくるだろうからな」

 護衛連れでのダンジョンでレベルを上げることができるのかは不安だけど、異世界を旅するには、たしかに体力は必須だと思う。
 リリは表情をあらためて、ルーファスにぺこりと頭を下げた。

「上級ポーションの確保ついでにレベルを上げたいので、ダンジョンに付き合ってください」
「喜んで同行しよう」
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