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45. 獣人の店員さん
しおりを挟む休み明けの雑貨店『紫苑』は開店と同時にお客が押し寄せてきた。
手慣れた様子でルーファスが客を並ばせて、十名ずつ店内に招いている。
今日はその列さばきに、新人従業員兼護衛のセオが加わった。
目が覚めるような赤毛の美丈夫であるルーファスはどこか近寄りがたいオーラを放っていたが、セオは優しい雰囲気の美少年。
メイン客層のご婦人方はあっという間に、この愛らしい獣人の少年を受け入れてくれた。
「その服、とても愛らしいわね。お店で販売しているのかしら?」
「はい。色とサイズ違いにはなりますが、少しだけ置いてあります」
「弟に着せたいわ」
「私は息子用に購入します」
「ありがとうございます」
メインは『女の子のため』な雑貨店なので、セオが着用している王子系ファッションの衣装は数着しか置いていなかったのだが、あっという間に完売した。
セオだけでなく、黒白双子の美少女店員にも驚かれてしまった。
彼女たちが身に纏っているのは、ゴシックロリータなワンピース。
可愛らしいパステルカラーのフリルとレースのミニドレス風衣装や、シックな濃紺、モスグリーンカラーのクラシカルデザインの衣装が中心の『紫苑』では、扱ったことのない装いなのだ。
白は婚礼、黒は葬儀。
こちらの世界でも、白黒衣装はそんな扱いらしい。
礼服は装飾を極力排除したシンプルなデザインが好まれいる。
彼女たちが着ている、リボンとフリルとレースをたっぷりと使った華やかな白と黒のワンピースは、とても珍しいらしく。
「普段着としても、着ていいの?」
「禁止されているとは聞いたことがないわ」
少女たちは物珍しいゴスロリ衣装を前に、そわそわと落ち着きがない。
気にはなるが、購入は迷っているようだ。
「冒険者の方たちは黒い服をよく着ているわよ?」
「そういえば……」
「私、王都で魔女を見かけたことがあるのだけど、黒いワンピースを着てらしたわ。とっても美しかった」
「そうね。黒って、大人っぽくて憧れるわ」
少女たちの視線が黒のワンピースを着こなすクロエに向けられる。
白い肌に黒が映えて、とても美しい。
ツインテールの髪型と大きなリボンのおかげで、妖艶になり過ぎることもなく、愛らしさも垣間見えた。
「……あり、ね。ありだわ」
「私、この黒のドレスシャツを買いたいです!」
「なら私はこのスカートがいいわ。黒のパニエが魅力的だもの」
光沢のある華やかな服を揃えてあるので、葬儀服には見えない。
背伸びしたい年頃の少女たちはクロエモデルの服を購入してくれた。
かたや、清楚なワンピースを好む客層には、ネージュモデルが大人気。
「まるで天使さまのよう……」
「背中の翼が神々しいわ。私もあんな風に着こなしたい」
彼女たちはそれぞれ憧れの店員を指名して、試着や相談に余念がない。
用意しておいたゴスロリ衣装は物珍しさもあってか、その日のうちに完売した。
◆◇◆
「三人ともお疲れさま。おかげで、たくさん売れました」
初日とは思えないほど、三人とも接客は完璧だった。
新人とは思えないくらいに堂々とした佇まいで、次々と売り捌いていく様には惚れ惚れとしたほどだ。
「当然ですわね! 私たち、シオンさまの使い魔ですから」
「でも、さすがに疲れたね。ニンゲンの女のヒトってぐいぐい迫ってくるから、ちょっと怖かった」
「ああ……セオはお姉さま方に人気が出そうなタイプですから。嫌なことをされたら、ちゃんと報告してくださいね」
クロエは気後れすることなく、堂々としていたが、ネージュは人見知りもあって表情が固かった。無表情での接客だったが、なぜかそれが受けていた。
むしろ、そちらの方が神秘的で天使っぽい、と騒がれていたり。
『この調子なら、店は三人に任せることができそうだね』
三人をリリに紹介したナイトも満足そうに頷いた。
「そうね。これで少しはのんびりできそうで嬉しい」
「買い物なら付き合うぞ?」
ルーファスが護衛役に立候補してくれたので、さっそく明日は異世界の薬屋と魔道具店に出向くことになった。
◆◇◆
「さあ、お買い物に行きましょう」
三人にお店を任せて、リリは張り切って街に出た。
黒猫ナイトは何かあった時のためにと、店に残ってくれた。筆頭使い魔として、三人を見守ってくれている。
護衛兼案内役のルーファスと連れ立って出掛けるリリを切なそうな表情で送り出してくれた。皆にはお土産を買ってきてあげよう。
コワモテの護衛がいないので、少しだけ不安だったのだが。
赤毛のドラゴンはむしろ不思議そうに首を傾げている。
「シオンの使い魔が四匹も揃っているんだぞ? どんな大国の王宮よりも安全だ」
「……そんなに?」
使い魔という存在について、リリは殆ど知らない。お手伝いをしてくれる可愛らしい妖精さん、といったイメージがあるくらいで。
だから、ルーファスの口調から、彼らがとんでもなく強いということは何となく理解したが、納得はあまりしていない。
だって、リリの目にはふわふわの可愛らしい動物にしか見えなかった。
人の姿になっても、綺麗で愛らしいのは変わりなく。
ナイトに至っては、愛らしい黒猫なので、もう愛でるしかない存在だ。
「シオンの使い魔カラスといえば、死の天使として界隈では有名だぞ? キツネは最高位の妖精の血を引く、これまた物騒な魔獣だ。どちらも悪さをしているところをシオンが捕まえて、散々とっちめてから使い魔にしたはずだ」
「まさか、そんな」
リリはふるふると首を振る。
信じられない。あんなに可愛く懐いてくる素直な子が死の天使だの物騒な魔獣だなんて。
だけど、よく考えたら、あの小さくて愛らしい黒猫のナイトでさえ巨大な魔獣を「今日のお肉」と気軽に狩ってきてくれるのだ。
「……まぁ、強いのなら安心です。変な人が来ても追い返してくれそうなので」
「アイツらなら追い返すというより、潰し……っと、いや何でもない」
わざとらしく咳払いをすると、ルーファスは端整な顔に笑みを浮かべて、片手を差し出してきた。
「リリィ、手を繋ごう。人混みで逸れてしまうと困る」
「そうですね。逸れてしまうと大変です」
リリは素直に手を繋いだ。
ここで断ると、肩を抱かれたり、お姫さま抱っこに挑まれてしまう。経験則だ。
それにルーファスと触れ合っていると、魔力の回復が早まる。
「まず、何処の店に行く?」
「伯父さまに頼まれたポーションを買いに行きたいです」
「なら、薬屋だな。その後で、魔道具店へ行くか」
「そうですね。あと、使い魔の皆へのお土産も買いたいです。お菓子よりは串焼き肉の方がいいかしら」
「妥当な判断だ。菓子はリリィが買ってきてくれた、にほんの物の方が断然旨い」
苦虫を噛み潰したような顔をするルーファスを目にして、リリはくすりと笑った。
こんなに立派な体格のドラゴンだが、ルーファスは甘い菓子が好物なのだ。
リリがお茶の時間によくクッキーなどを食べさせてあげていたら、すっかりハマってしまい、ジェイドの街で菓子を買って食べたところ──
「硬くてパサパサしていて、微妙な味だった」
せっかくの初お給料で奮発したのに、と。とても落ち込んでいた。
なので、お土産はリリも気に入った屋台の串焼き肉にするつもりだ。
「あの串焼き肉はとっても美味しかったもの。従兄たちにも食べさせてあげましたが、とても気に入ってくれました」
ショッピングモールへの買い物を手伝ってくれたお礼に、異世界の串焼き肉をプレゼントしたら、それはもう大仰なほどに喜んでくれた。
従兄だけでなく、伯父と伯母にも異世界肉料理のお弁当をお土産に渡してある。
世界中の美食を口にしたことのある彼らが、異世界肉にどんな感想をくれるのか、今から楽しみだった。
「屋台の肉より、リリィが作ってくれた料理の方が旨いぞ?」
「ふふ。ありがとうございます」
嘘は言わないドラゴンなので、リリは素直にお礼を言った。
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