【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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44. 従業員研修

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 店がお休みの闇の日、リリは日本での買い出しに奔走した。
 そのため、従業員研修は翌日に行うことになった。
 『紫苑シオン』は臨時休業だ。

 従業員用の寮は店舗二階の客間を使う。
 家具や寝台は異世界の街で注文して、寝具は日本製の物を使ってもらうことにした。
 マットレスとお布団セットがあれば、ベッドは異世界の物でも、快適に眠れるはず。

 トイレやバスルーム、キッチン用品などはショッピングモールで買ってきたものを既に昨日のうちに補充してある。
 食事はうちで済ませてもらうことにしたが、お店のキッチンも自由に使えるようにと色々揃えておいた。
 ちなみに魔道コンロや魔道冷蔵庫、魔法の水瓶みずがめなどはルーファスに頼んで、魔道具店で買ってきてもらってある。

「紅茶とコーヒー、ココアを用意してあるから、好きに飲んでね?」
「コーヒーとは、あの苦いやつだな」
「お砂糖とミルクも買ってあるわよ、ルーファス」

 ショッピングモールで購入してきた物をリリが魔法の鞄から取り出すと、ルーファスがせっせと片付けてくれる。
 キッチンでは細々とした品が多いので、とても助かった。
 フライパンは壁に吊るし、鍋はコンロに置いた。壁に取り付けられた小さな棚に調味料を並べてもらうと、殺風景だったキッチンがようやく賑やかになってくる。

 次は食器棚だ。
 ティーポットにカップ、ソーサー、お砂糖壺など。割れ物を慎重に取り出してテーブルに並べていく。
 どれもブランド物なので、品質はとてもいい。シンプルな白磁器だけでなく、手書きの小花柄などの可愛らしいティーセットもある。
 これらは曽祖母宅の物置に仕舞われていた、引き出物だ。
 曽祖母の趣味ではなかったらしく、使われることなく眠っていたものを持ち出したのだ。
 色柄の美しいカップを目にしたクロエが歓声を上げた。

「私、紅茶は好きですわ!」
「ふふ。私も紅茶が大好きよ、クロエ。この食器棚にカップを置いていくから、気に入ったものを使ってください」
「分かりましたわ、リリさま」

 元気よく頷くクロエの傍らで、ネージュがおずおずとカップを覗き込んでため息をついている。

「……きれい」
「ネージュはこの野いちご柄が気に入ったのね。クロエは色違いにする?」
「そうね。私はこの赤い色が好き」
「……青が、いい」

 ようやく慣れてきてくれたのか。
 まだ気恥ずかしそうだけど、ぽつぽつと話してくれるようになったネージュをリリは微笑みながら見守った。
 使い魔たち三人はそれぞれ性格は違うが、仲は良さそうだ。

「リリさま、ココアって何ですか?」

 キツネ獣人姿のセオがこてんと首を傾げている。とてもあざとい。

「カカオを加工した飲み物なのだけど……」

 加工の過程を説明するのは面倒だ。
 街ではチョコレートを見かけたことはないので、もしかすると、この世界にはカカオがない可能性もある。

「飲んでみる?」
「はいっ!」

 即答したのはセオだ。元気よく片手を上げている。慌ててクロエも手を上げて、続いてネージュもその真似をした。

「俺も飲んでみたい」
『もちろんボクにもくれるよね、リリ?』

 先輩従業員のルーファスと筆頭使い魔のナイトも名乗りを上げたので、少し早いが、お茶の時間にすることにした。

「お湯を沸かすの、やってみたいです!」
「なら、セオに任せるわね。クロエはカップの準備をお願い。ココアはこのマグカップがいいわ」
「分かりましたわ」
「…………わたし、は?」

 おずおずと寄ってきて、リリの服の肘のあたりをそっと掴むネージュ。

「ネージュにはお茶菓子の準備を手伝ってもらうわね」
「ん、わかった」

 店舗一階にはキッチンと狭いながらもダイニングルームがある。
 テーブルとイスのセットは朝一番でルーファスに買ってきてもらった物だ。
 六人がけの大きなテーブルを選んだので、全員が揃って食事もできる。
 粉末をスプーンですくってマグカップに入れて、お湯と混ぜるだけのインスタントだ。
 お湯の代わりにホットミルクで溶かして飲んでも美味しいと思う。
 お茶請けのスイーツはショッピングモールのケーキ屋さんで買ってきたパウンドケーキ。
 今日は俺が奢ってやろう、と張り切った玲王レオがガラスケースの中身をすべて購入してくれたのだ。
 他のお客さんに申し訳なかったが、おかげでしばらくはお菓子に困ることはなさそうである。
 ネージュが人数分に切り分けてくれたパウンドケーキを皆に配ると、さっそくティータイムを楽しむことにした。

 ケーキには紅茶の方が合うとは思うけれど、久しぶりに口にしたココアは美味しかった。
 朝から精力的に動いていたので、疲れていたのだろう。甘いココアが身にしみる。
 使い魔たちもリリがマグカップに口を付けたところで、おずおずと手を伸ばした。
 リリの真似をして、ふぅふぅと息を吹きかける様が微笑ましい。
 口にするなり、三人はぱあっと顔を輝かせた。気に入ってくれたらしい。
 ルーファスなど、熱さをものともせずに一息で飲み干しておかわりしている。
 猫舌のナイトは先にケーキを食べることにしたようだ。はむり、とパウンドケーキを口にして、美味しそうに食べている。
 リリもフォークで一口サイズにしたケーキを食べて、うっとりとため息をついた。

「おいしい。日本にいた頃には、食が細かったから、ケーキはあまり食べられなかったのよね……」

 たっぷりのバターはもちろん、甘いクリームも胃弱なリリには天敵だったのだ。
 大好きなのに体が受け付けない、という悲劇。
 それが今や、生クリームでたっぷりとデコられたショートケーキをぺろりと平らげることもできるのだ。
 
 パウンドケーキとココアは、異世界のドラゴンと使い魔たちの心を鷲掴みにしたようで。
 それから何度もねだられて、『紫苑シオン』では従業員が揃っての三時のティータイムが定着した。
 

◆◇◆


 寝具に着替え、日用雑貨を揃えたおかげで、従業員の部屋はようやく住みやすく整えることができた。
 あとは欲しいものがあれば、自分たちのお給料から支払ってもらうことになった。
 ちなみに購入してきた衣服類は、獣人仕様に直してもらっている。
 意外なことにキツネ獣人のセオが裁縫を得意としており、白黒カラスのお嬢さん方の洋服を直してくれたのだ。
 おかげで、彼女たちの背中からは愛らしい翼を出すことができた。
 セオは自分用の衣服も手慣れた様子で尻尾穴を作っていく。

「とっても上手ね、セオ」
「ありがとうございます。僕はシオンさまの服を任されていたので、繕うのは得意なんです」
「そうなのね。助かるわ」

 ここ、ジェイドの街にも獣人は十人に一人の割合で暮らしているらしい。
 人族用の服を彼らは自分たち用にアレンジして着こなすため、裁縫が得意な獣人は多いのだと教えてもらった。

(そう言えば、うちにワンピースを買いに来てくれた女の子にも獣人がいたわね)

 おそらくは犬の獣人。
 垂れ耳が愛らしい少女だったが、尻尾はロングスカートに隠れて見えなかったので、穴が必要とは思わなかった。

(でも、セオみたいにふさふさの立派な尻尾があると、洋服の直しは必須ね)

 クロエたちのように翼のある種族も困るだろう。

『そこまでリリが気にする必要はないよ。自分で直すか、人に頼めばいいだけだもの』

 呆れたように言うナイトに、セオが頷いた。

「そうですよ。お直しが必要なら、仕立て屋で職人を紹介してもらえるし、そういうのは自分たちでどうにかするものなんで」
「そういうものなのね……」

 つい、日本のショップ基準で考えてしまった。

「では、気を取り直して。皆の制服を支給します」

 きょとんとしながら、せいふく、と復唱する三人。全員もれなく美少女美少年である。

「お店で売る服を、従業員の皆さんに着てもらい、宣伝します」
『リリも毎日、違う服を着ている』
「そうだな。とても愛らしいと思う」

 身内に激甘な保護者の感想は聞き流して、リリはとっておきの衣装を魔法の鞄から取り出した。

「甘ロリ、姫ロリ、クラシカルロリータなお洋服を取り揃えていましたが、とうとう手を出すことにしたのです」

 厳かな口調で告げると、リリはそのワンピースを広げてみせた。

「まぁ……! まるで私たちのためにあるような、素敵な衣装だわ」

 クロエが感動しているは、ゴシックロリータ。いわゆる、ゴスロリ衣装だった。

「ゴスロリの中でも手に取りやすい、可愛らしめのデザインの服を集めたの。どうかしら?」

 黒白ベースのワンピースはシンプルながらもリボンやレースで装飾されており、シルエットも美しい。
 さっそく試着してきてくれた二人には、とんでもなく似合っていた。

「二人とも素敵よ。とってもよく似合っている」
「私は黒、ネージュは白のお揃いなのね!」
「……かわいい」

 もちろん、セオにも用意してある。
 ゴスロリの中でも「王子系」と称される、衣装だ。
 フリルが付いたドレスシャツにピンストライプのベストとセットのハーフパンツ。
 足元は白のハイソックスとショートブーツを。靴下用のガーターベルトを装着してもいい。
 
「……なんか、足元がスースーします」

 落ち着かない様子のセオ。
 だが、恥じらう姿が逆に愛らしさに拍車を掛けている。

「セオも似合っているわ」

 これは売れる、と確信したリリはにこりと笑った。
 日本でも男装、というか少年装を楽しむ少女は珍しくもない。
 メインとして置くつもりはないが、需要があるようなら販売するのもありだ。

「制服は新商品のたびに支給します。店員は胸元に『スタッフ』用の名札を付けて、接客してくださいね」
「分かりましたわ!」
「……ん」
「はい……」

 闇の日の翌日である、この日は。
 三人の新人従業員に接客のノウハウを仕込む研修が夜遅くまで行われた。
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