【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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53. はじめてのダンジョン

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 ジェイドの街で、すでに冒険者ギルドへの登録は済ませていたので、二人と一匹はスムーズにダンジョンへ入ることができた。
 
 冒険者ギルドの裏手にある小高い丘にダンジョンの入り口はあった。
 ストーンヘンジに似た大きな石造りの遺跡のような場所だ。
 中央に石の扉があり、そこを通り抜けた先にダンジョンがあるらしい。

「アレは入り口というより、ダンジョンへ通じる転移扉だ」

 身を屈ませてルーファスが耳打ちしてくれる。息が当たって、くすぐったい。

「列ができていますね」

 銅貨三枚を支払って、のんびりと丘を歩いていく。
 ちなみに今日のリリの服装はダンジョンでは場違いな可憐なワンピース姿だ。
 すれ違う冒険者たちが二度見するくらい、この場所では浮いている。

「……やっぱり、これ目立っているじゃないですか」
「うむ。リリィが可愛いから目立っているようだな!」
『うんうん。皆、キミに見惚れているね! さすが、リリ』

 話が通じない保護者をリリはため息まじりに見やった。
 最初は、リリも普通の冒険者装束でダンジョンに挑むつもりだったのだ。
 女性冒険者用の服屋と防具屋もきちんと調べてあり、そこで揃える予定でいたのだが。
 黒猫のナイトが真っ青な空色の瞳を丸くして、不思議そうにこてっと首を傾げたのだ。

『シオンさまが用意してくれていた服の方が防具よりも頑丈だよ?』

 そう言って、リリを魔法の家の屋根裏部屋へと案内したのだ。
 屋根裏のクローゼットに仕舞われていたワンピースは曾祖母シオンがリリのために用意してくれていた服だ。
 異世界でも着られるデザインの可愛らしいワンピースだったが、シオンからのプレゼントを汚したくなかったリリは数度しか袖を通していなかった。
 その愛らしいワンピースが革の防具よりも頑丈なのだとナイトは言うのだ。
 まさか、と思いつつも念の為に【鑑定】スキルで確認してみると──

 日本製のワンピース。大魔女シオンにより【自動温度調整】【物理耐性】【魔法耐性】【状態異常耐性】【自動修復】機能を付与済み。

 鑑定はできたが、意味が分からない。
 呆然とするリリの背後から覗き込んで、こちらも【鑑定】したルーファスが腹を抱えて笑い出す。

「さすが、シオン。我が友は抜かりがないな。【未来視さきみ】のスキルでリリィがダンジョンに挑むことを知っていたんだろう。ここは曾祖母のおせっかいに感謝して、着てやればいいと思うぞ、リリィ」

 瞳を細めながら、優しい口調で促されたリリはつい頷いてしまったのだが、今はほんの少しだけ後悔している。
 ダンジョンには女性冒険者もいたが、ひらひらしたワンピースを着ている人は皆無だ。
 魔法使いらしきローブを羽織った女性が一人だけ、スカート姿でいるが、基本は男性と同じくパンツ姿である。
 お洒落をするくらいなら、防具を良いものにする、という気概を感じる装いだ。

(いたたまれない……)

 なにせ、リリが着ているのはフリル付きのブラウスにホルターネックのワンピース。
 ミニスカートでなくて良かったと心の底から思った、ふくらはぎまでの長さのロングスカートだ。
 胸の下にコルセット風のデザインでリボンが結ばれており、とても可愛らしい。
 ブラウスの袖口にはフリルが付いており、細部に細かなレースが縫い付けられていた。
 ブラウスは生成色で、ホルターネックワンピースは濃紺のストライプ柄だ。
 落ち着いた色合いな物を選んだつもりだが、やはりダンジョン内では悪目立ちしている。
 靴は歩き慣れたヒールなしのショートブーツ。背中半ばまでの髪は邪魔なので、サイドで三つ編みにしてある。
 
(はっ……⁉︎   もしや、このおさげ髪も幼く見える原因のひとつでは?)

 だが、せっかくクロエが丁寧に編んでくれた髪をほどくのはしのびない。
 せめて、とローブのフードを頭からかぶって、目立たないようにルーファスの陰に隠れたリリである。
 ちなみに、このローブはシオンの愛用品をセオが手直ししてくれたものだ。
 そのまま着用すると床を引きずるため、セオが裾上げを頑張ってくれた。

(このローブにも【気配遮断】が付与されているのよね……)

 ローブをはおって魔力を流すと、気配を消すことができるらしい。怖がりなリリにはちょうどいい。
 高度な闇魔法を用いて作られたシオンのローブはナイト曰く国宝級、らしい。
 ネージュがこっそり教えてくれたのだが、大昔に上級ダンジョンの下層で手に入れたアラクネシルクという希少な素材から仕立てたローブで、魔銀製の鎖帷子よりも防御力はあるとのこと。
 なので、ひらひらとしたお嬢さまスタイルのリリがこのダンジョンに挑む冒険者の中ではいちばん『硬い』装備だったりする。

(おかげで、安心してダンジョンに潜れるけれど……)

 皆、過保護だ。
 ナイトは準備期間中にこっそりとダンジョンに忍び込み、いざという時のためにと上級ポーションを手に入れてきた。
 最終目的のポーションをあっさりと入手してきた黒猫を、さすがに白い目で見てしまった。
 自力で手に入れるのが目的なので、今回は見なかったことにしてレベル上げを頑張ります。
 ルーファスは精がつくから、と巨大な蛇のモンスターを狩ってきた。リリの胴より太い大蛇である。
 目にした途端、声もなく卒倒したため、大蛇はすみやかにナイトに取り上げられたと後で聞いた。
 私は蛇は食べません。冷たくリリが言い放つと、ルーファスは震えながらごめんなさいと謝った。
 
 ちなみに、日本での過保護代表である従兄たちからはカロリーバーやドライフルーツ、高級缶詰などが送られてきた。
 冒険中にお手軽に食べられるメニューを選んでくれたらしい。
 ついでに何故だか、護身用のスタンガンやクマ避けスプレー、殺虫スプレーも同梱されていた。
 使うかどうかは謎だったけれど、とりあえずはストレージバングルに収納してある。

 しっかりとフードをかぶり、ひたすら気配を消して並んでいると、ようやく順番がきた。
 ナイトが肩に乗ったリリの手を取ると、ルーファスが先導してダンジョンの転移扉に触れる。

「では、行くぞ」

 

◆◇◆


 エレベーターで高層階に上がっているような、そんな浮遊感に襲われてリリはきつく目を瞑った。
 時間にすると、五秒くらいか。優しく肩を叩かれて、リリはそっと目を開けた。
 何度か瞬きを繰り返し、周囲を伺う。

「……森の中?」

 先ほどまでは、青空の下の小高い丘の上にいたはずだ。
 なのに転移扉をくぐった先には、ほんのり薄暗い森林に立ち尽くしていた。

『一階層だよ。初心者のフィールドだから、出没するのはスライムとホーンラビットだけ』

 リリの肩から地面に飛び降りた黒猫がゆったりと尻尾を揺らす。
 初心者のフィールドと聞いて、周囲を見渡すと、離れた場所に年若い冒険者の姿が見えた。
 ホーンラビットを狩っているようだ。
 先日、最寄りの森で狩ったことがある、ホーンラビット。
 リリはストレージバングルから魔道具のクロスボウを取り出すと、油断なく構える。
 ホーンラビットの肉は美味しかった。
 クリームシチューはもちろん、香草ハーブとスパイスで味付けしたソテーも絶品。
 たくさん森で狩ることができたので、冷凍して伯母に送ったら、大絶賛された。
 
(皆のお土産にしたいから、たくさん狩りましょう)

 ナイトとルーファスが視線を向ける先に狙いを定めると、リリは迷わずクロスボウの引き金レバーに指を掛けた。
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