【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
55 / 180

54. ドロップしました

しおりを挟む

 草むらを掻き分けて現れたのは茶色の毛皮のホーンラビットだった。
 レベル上げのために以前に狩ったものより、ひとまわりは大きい。柴犬サイズだ。
 気配に聡い草食の魔獣らしく、すぐにこちらに気付いた。
 ホーンラビットはツノを突き出すようにして頭を下げると、後ろ脚で地面を蹴り上げるようにして跳ねた。
 いちばん弱い個体と看做したリリを目掛けて突進してくる。
 クロスボウに魔力を込めて矢を放った。
 狙い通りに魔力の矢はホーンラビットに突き刺さる。キュッ、と甲高い悲鳴が響いた。
 地面に倒れたホーンラビットはやがて淡く光を放つと、姿を消す。

「あ……」
「ドロップしたな」
『取ってくる!』

 黒い風が過った、と思ったら、ナイトが足元に戻ってきた。瞳を細めてニャアと鳴くと、ぽとりと何かが地面に落ちる。
 茶色い毛皮と魔石だ。

『ドロップアイテムだよ』
「これがダンジョンのドロップ……」

 獲物を倒すと、なぜか剥ぎ取り後の素材に変化するという不思議システム。
 一匹につき、二、三種の素材が手に入ると本には書かれていた。
 魔道具のエネルギー源になる魔石は必ずドロップする。肉が食べられる魔獣の場合は、肉や毛皮などが素材になるそうだ。
 肉食の魔獣だと、毛皮と牙やツノなどの素材もドロップするらしい。
 フロアボスのような特別な魔獣や魔物は宝箱を落とすので、冒険者はそれを狙ってダンジョンに潜るとか。
 宝箱の中身は文字通りに金銀財宝だったり、ポーションや魔道具が多い。
 下層に棲む魔物からは希少な魔法の武器もドロップするようだ。
 まさに、一攫千金のドリームチャンス。
 だが、それはそれとして。

「…………お肉は?」

 丸々と肥った、美味しそうなホーンラビットだった。あれはきっと、素晴らしいお肉をドロップすると思っていたのに。
 残念ながら、リリが狩ったホーンラビットは毛皮と魔石しか落とさなかった。

『普通の冒険者は肉よりも毛皮のドロップを喜ぶものなんだけどね』

 悲壮な表情のリリを目にして、ナイトは苦笑する。
 そういえば、ホーンラビットは肉よりも毛皮の買取価格の方が高かった。

「落ち込んでいる暇はないぞ、リリィ。右手奥の茂みにも二匹いる」

 肩を落とすリリの耳元に、ルーファスが顔を寄せて小声で教えてくれた。
 二匹。ツガイの魔獣なのだろうか。
 仕留められるか、ほんの少し不安に思いつつもリリはクロスボウを構えた。

「指輪を使え、リリィ」
「……!」

 矢を放ち、白い毛皮のホーンラビットを仕留める。その脇から飛び出てきた黒い毛皮の個体を射つのは間に合いそうにない。
 リリは指輪に魔力を込めた。

「ギュイ!」

 バチン、と何かが弾けたような音が響き、黒い毛玉が跳ね飛んだ。
 何かが焦げたような匂いが、微かにする。
 『雷撃』の魔法が間に合ったようで、リリはほっと胸を撫で下ろした。
 
(間に合わなかったとしても、結界の魔道具があるから大丈夫だとは思うけれど……)

 否、ホーンラビットがリリに届く前にルーファスとナイトがどうにかしてくれそうではある。
 今のところ、リリのレベル上げのためのダンジョンチャレンジなので、二人が手を出すことはないだろうけれど。

『リリ! 今度はお肉を落としたよ!』
「本当ですか、ナイト」

 ぱっと顔を輝かせると、リリは黒猫が示す場所に駆け出した。
 最初のホーンラビットは魔石と毛皮だけしかドロップしていなかったけれど、二匹目は魔石と毛皮、そして肉を落としていた。

「すごい。大きなお肉の塊です……!」

 鮮やかなピンク色の肉は、魔力の膜のような物に包まれている。
 ラップのような手触りで、これのおかげで肉に汚れは付かないし、膜を破らない限り鮮度は保たれているらしい。
 解体する手間がないのは良いけれど、可食部が減るのだけは残念だ。

「ホーンラビットの毛皮はマフラーや手袋にするのに人気らしいぞ?」

 ルーファスが白黒の毛皮を拾い上げて、渡してくれた。

「ありがとうございます。……いい手触りですね。お土産にします」

 伯父一家の分だけでなく、使い魔たちとルーファスの分も手に入れたい。
 そのためにも、たくさん狩らなければ。

 ドロップアイテムはナイトがまとめて収納してくれた。
 【アイテムボックス】という収納スキルの容量は持ち主の魔力によって決まるらしく、大魔女の筆頭使い魔である黒猫は王城よりも大きいのだとか。
 シオンの遺産であるストレージバングルと同じく、時間停止状態で収納できるので、安心して預けた。

「皆でお揃いの手袋とマフラーを作るために、ウサギ狩りです」
「おそろい……うむ、索敵は任せろ、リリィ!」

 やけにやる気を見せるルーファスに獲物探しは任せて、リリも張り切って歩き出す。
 一階層は初心者のフィールドだが、それなりに広い森なため、狩り場がかぶることはなさそうだ。
 心置きなく、ホーンラビットを狩れる。
 ちなみにスライムはこちらから襲わない限りは大人しく揺れているだけなので、スルー推奨だ。
 ドロップするのは魔石のみ。
 お肉と毛皮が欲しい一行はひたすらホーンラビットを狩った。


◆◇◆


 黙々とホーンラビットを倒したおかげで、リリのレベルは7になった。
 狩りの成果は、魔石三十個と毛皮十七枚。肉は十五個ほどドロップしたので、大満足の結果である。

「ちょっとだけ疲れました……」

 こんなに歩いたのは、生まれて初めてだ。
 ダンジョン内は魔素が濃く、魔道具のクロスボウを使っても、魔力の回復は早かったが、さすがに体力的にきつかったようで。

「では、二階層で野営にするか」
『そうだね。今日はもう休んだ方が良さそうだ』

 保護者二人に促されて、二階層に降りることになった。
 冒険者ギルドで手に入れた地図があるので、魔道具の方位磁針で確認しながら下層への入口を探す。
 小さな泉の手前に、二階層へ続く扉が見つかった。

「転移扉だ。行くぞ、リリィ」

 差し出された手に己のそれを重ねると、そっと握り締められた。
 器用に立ち上がるナイトを抱き上げて、転移扉に触れる。
 いざ、二階層へ。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...