56 / 180
55. グラスウルフとキャンピングカー
しおりを挟むダンジョンの二階層には青空の下、見渡すかぎりの草原が広がっていた。
不思議すぎる光景に、リリはあらためてここが異世界なのだと実感する。
「二階層にはグラスウルフが棲息している。群れで襲ってくるから、少しだけ厄介だ」
地図を広げながら教えてくれるルーファスの姿がとても頼もしい。
リリは周囲を見回した。青々とした草は膝下が隠れるほどに茂っている。
草原狼というからには、草葉に潜んで狩りをするタイプの魔獣なのだろう。
「ちょっと怖いかもしれません。私のクロスボウとは相性が悪そうだから」
「それもそうだな」
一匹ずつなら、魔道武器であるクロスボウで撃ち落とすことはできるだろう。
だが、集団で囲い込まれて襲われたら、どうしようもない。
「……どうする?」
『どうするも何も、群れが来たらボクたちが数を減らすしかないんじゃないかなぁ……』
「だが、それだと日が暮れる前に転移扉までリリィは移動ができないぞ」
顔を見合わせたルーファスとナイトが何やら相談を始めた。
リリは群れ未満のはぐれグラスウルフを狙い、せっせとクロスボウで倒していく。
二匹までなら射落とせるが、やはり三匹目が厳しい。クロスボウと【雷撃】の指輪でどうにか無傷で倒すことができた。
四匹以上の群れに狙われたら、どうすることもできないかもしれない。
グラスウルフのドロップアイテムは魔石と毛皮、それと牙の三点だった。
さすがにオオカミの魔獣の肉はドロップしないらしい。落とされても困るが。
茶色の毛皮の手触りはあまり良くない。
「これなら、一階層のホーンラビットの毛皮の方が上質かも?」
グラスウルフの毛皮の方が大きいけれど、色艶を比べてもホーンラビットの毛皮の方が魅力的に思える。
美味しい肉も落とさないし、毛皮もいまいち。牙に至っては、何に使うのかも不明な素材だ。冒険者ギルドはちゃんと買い取ってくれるのだろうか?
「……うん、ここはもう素通りする方がいい気がします。ルーファス、キャンピングカーを【アイテムボックス】から出してくれますか?」
「……ん? ああ、分かった。ここでいいんだな?」
「ここで出してください」
『リリ、どうする気?』
不思議そうに尋ねられて、リリはにこりと微笑んで答えた。
「二階層のオオカミさんたちは無視して、キャンピングカーで走り抜けようかと」
てっきり叱られるかと思ったのだが──顔を見合わせた二人が、ほぼ同時に叫んだ。
「『その手があった!』」
◆◇◆
かくして、リリはキャンピングカーの後部座席に座って、優雅に窓の外を眺めている。
運転席にはルーファス。助手席には黒猫のナイトがちょこんと座って地図を眺めていた。横から案内してくれているらしい。
可愛くて優秀なナビである。
『グラスウルフは低層の魔獣でランクも低いんだ。ドロップアイテムのギルドでの買取額も微妙だから、リリの提案は渡りに船だったんだよ』
くるる、と上機嫌で喉を鳴らしながらナイトが教えてくれた。
グラスウルフのドロップアイテムの買取額はやはり低かったようだ。
倒しても経験値は少ないから、レベル上げにも適さない。
そのくせ、集団で襲ってくる厄介な魔獣なので、まともに相手にせずに車で駆け抜けるのは良い手だそうだ。
「囲まれたら、車の中から倒せばいい」
何でもないことのようにルーファスも言う。たしかに、車の中からクロスボウや魔法で攻撃すれば安全だ。
もっとも、障害物のない草原は気兼ねなくスピードを出せるので、キャンピングカーに追い付けるグラスウルフはいなかった。
「うむ。三階層への転移扉に到着したぞ。最短記録ではないか?」
草原にぽつんと自立する、転移の扉。
相変わらず、シュールな光景だ。
この転移の魔道具の周辺はセーフティエリアになっている。
なので、リリは安心して車から降りた。
「キャンピングカーは便利だな」
『まさか、ダンジョンで走らせることになるとは思わなかったけど……』
「でも、おかげでこんなに早く三階層に行けます」
「そうだな。運転は俺に任せてくれ」
赤毛のドラゴンはすっかり車の運転にハマったらしい。
キャンピングカーをうっとりと眺めながら、その車体をそっと撫でている。
「このまま三階層へ行きますか?」
『いや、当初の予定通りにここで野営にしよう』
「それがいい。三階層は洞窟フィールドだから、あまり野営には向いていないからな」
洞窟内は空気があまり良くないし、何より景色が悪いのだそうだ。
「……ここで魔法のトランクを展開するんですか?」
二階層の草原での野営は賛成だが、転移扉前のセーフティエリアとなると、他の冒険者の目が気になる。
そんなわけで、セーフティエリアから外れた場所に移動して、野営することになった。
「セーフティエリアでなくても大丈夫でしょうか……?」
大切な魔法の家が、グラスウルフたちに荒らされたら大変だ。
「それは大丈夫だ。俺がいるからな」
「? あ、はい。ルーファスがいてくれたら、とても心強いですけれど……?」
首を傾げていると、黒猫がぷすっと吹き出した。
『腐ってもドラゴンだからね! リリのレベル上げの時には気配を消していたから、魔獣も寄ってきたけど、気配を解放したら雑魚魔獣は近寄りもしないよ』
「ああ、なるほど」
納得だ。最強のドラゴンの気配がする場所に、魔獣たちもわざわざ現れたりはしないだろう。
「ルーファスがいる場所が、私たちのセーフティエリアなんですね」
「役に立って、なによりだ」
肩を竦めて笑ってみせる赤毛の大男にお礼を言って、キャンピングカーから降りた。
車は【アイテムボックス】には収納せずに、そのまま外に出しておく。
ダンジョン内でもルーファスはキャンピングカーで野営するつもりのようだ。
リリは魔法のトランクを均した地面の上に置くと、魔力を込めながら開いた。
「マイホーム、展開」
ダンジョンの二階層に、魔女の家が設置される。
念のために黒猫ナイトが隠蔽の魔法を重ねて掛けてくれたので、魔獣はもちろん他の冒険者たちにも見破られないはず。
「ここを本日の野営地とします!」
一度、言ってみたかったセリフを口にできて、リリは満足げに微笑んだ。
◆◇◆
魔法のお家に戻り、ほっと息を吐く。
汗で汚れた気がしたので、玄関で【洗浄】の魔法を使い、さっぱりとした。
ルーファスとナイトもそれぞれ生活魔法で汚れを落とすと、半日ぶりの我が家に足を踏み入れる。
『おなかすいたー』
ソファに飛び乗った黒猫がクッションの上でころりと転がる。
リリもそっとお腹を撫でた。
意識すると、すっかり元気になった肉体が途端に空腹を訴えてくる。
「今日はせっかくだから、ホーンラビット肉を食べましょうか」
『やった!』
無邪気に喜ぶさまが可愛らしい。
今日はホーンラビット肉を使った、チキン南蛮ならぬラビット南蛮にしよう。
リリは曾祖母が付与しまくってくれたワンピースにエプロンを着けて、肉に下味を施していく。
ホーンラビットのモモ肉にフォークで穴を開けて、料理酒とすりおろしたガーリックと生姜、塩胡椒を施して揉み込んだ。
「魔道冷蔵庫で冷やして馴染ませている間に、日本のお家に行ってきますね」
『いってらっしゃい!』
「気を付けてな、リリィ」
心配性の二人に笑顔で手を振ると、リリは魔法の鍵を取り出して転移扉を呼び出した。
カチャリ。ノブを回して、一歩を踏み出すと、もうそこは見慣れた曽祖母の部屋の中。
「さて。通販した荷物を回収して、生存確認メールを送らないと」
朝の内にタイマー予約で炊飯しておいたご飯も回収しなければ。
チキン南蛮もとい、ラビット南蛮にはきっとパンよりも炊き立てご飯は合うはず。
伯父たちへのメールにはダンジョンで撮った写真を添付しよう。
ファンタジーなゲームが好きな従兄たちが、きっと大騒ぎすることだろう。
1,554
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる