【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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91. レインボーサーモンのアクアパッツァ

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 旅先から雑貨店『紫苑シオン』に転移するには一度、日本を経由する必要がある。
 キャンピングカーはルーファスに収納してもらい、リリはトランクを片手に魔法のドアでまずは日本に向かった。
 異世界肉を熱望していた従兄たちのために用意しておいた冷凍庫の中身は空になっていたので、誰かが取りに来たのだろう。

(レオ兄はお仕事があるし、ルカ兄が回収したんでしょうね)

 案の定、スマホを確認するとお礼のメッセージが送られていた。
 異世界の魔獣肉に歓喜するメールがまずは一通。アゲットの街で購入した野菜に料理長が感激していた旨のメールもあった。
 三通目は伯母からで、ネブラムが気に入ったことを連絡してくれていた。

「今夜あたりに、またグルメレポートが届きそう」

 ぽつりとつぶやくと、リリはルーファスとナイトを連れて、ジェイドの街へ向けて魔法のドアをくぐった。


 雑貨店『紫苑シオン』を守ってくれていた従業員の三人は、三日の約束を守らなかったリリに拗ねていたが、お詫びとしてランチとケーキを提供すると、どうにか機嫌を直してくれた。

「次は忘れずに三日後に帰ってきますから」

 これは三日分のおやつです、と。
 日本で仕入れてきたお菓子とケーキを進呈すると、白黒姉妹は途端に上機嫌になった。効果は覿面てきめんだ。
 やはり、甘いお菓子は強い。
 日持ちのするクッキー缶とは別にマドレーヌやフィナンシェ、フロランタンも渡してある。
 一週間分の食材とお土産もセオに託した。もちろん、フォレストボアの塊肉も忘れずに。
 セオはネブラムとフォレストボア肉が気になるようで、そわそわと落ち着きなく尻尾を揺らしていた。
 
「湖で釣ってきたお魚もあるのですが、セオは魚料理はできますか?」
「魚……」

 尋ねると、キツネ耳の少年は途方に暮れた表情を浮かべた。
 自信がなさそうに、首をこてんと傾げる。

「……塩を振って、焼いたことはあるような?」
「ああ……」
「それでは、シオンと同じレベルではないか」
「おばあさまも塩を振って焼いて食べたのですね……」

 塩焼きの魚も嫌いではないけれど、せっかく脂ののったサーモンなので美味しく食べてもらいたい。
 昼食後にまた旅に戻ろうと考えていたけれど、夕食を作ってから帰ることにした。


◆◇◆


 メインの魚料理はレインボーサーモンのアクアパッツァにした。
 クリームシチューとムニエルは昨日食べたばかりなので、違う調理法を試してみたかったのだ。
 色鮮やかで見た目も楽しいので、パーティ料理としてもぴったりだと思う。

 アクアパッツァの調理はセオとナイトが手伝ってくれたので、リリはレシピ本を読み上げるだけで済んだ。
 内臓を取り除いたレインボーサーモンに塩をまぶし、寝かせている間にトマトとガーリックを刻んでもらう。
 フライパンと迷ったけれど、ここはオーブンを使うことにした。
 オリーブオイルを回しかけたレインボーサーモンにガーリックと鷹の爪を添えて、焼き色がつくまでオーブンで焼いてもらう。

「いい香りがします」
『たまらないね! はやく食べたいよ』
「我慢ですよ、ナイト。空腹は最高の調味料らしいので」
『ん! 我慢する!』

 健気な黒猫の様子にほっこりする。
 
「リリさま。皮に焼き色が付いてきましたよ? これで終わりですか?」
「あ、まだですよ。具材と調味料を追加して、また火を入れるので」

 角切りにしたトマトとマッシュルーム、シーフードミックスに白ワイン、コンソメに塩胡椒を追加して、再びオーブンへ。
 アサリが口を開いたら、完成だ。
 お皿に盛り付けて刻んだパセリを散らす。

「すごい。貴族の家の料理みたいだ」
『そんなのより、リリが作ったご飯の方が美味しいよ!』
「それは僕も知ってます。リリさまの作る料理は信じられないくらいに美味しいんだ」

 褒められて光栄ではあるけれど、レシピを考案してくれた先人たちと日本製の調味料のおかげが大きいので、リリは少しだけ後ろめたい気持ちになった。

「美味しそうだけど、これだけだと足りそうにないです……」

 キツネの獣耳を倒して、哀しそうにぽつりとこぼすセオ。
 ここにいるドラゴンや使い魔たちは、皆かなりの健啖家なのだ。
 さっぱりとした魚料理だけでは、満腹にするのは物足りないことは分かっていた。
 リリはストレージバングルから、フォレストボアの塊肉を取り出す。
 目にしたセオが歓声を上げる。

「フォレストボア!」
「これは煮込み料理にすると、とっても美味しかったのだけど……今回はシンプルに串焼きにして食べましょう」

 ネブラムの実で身を肥やしたフォレストボア肉は下手に手を加えなくとも、頬が落ちそうなくらいに美味しいのだ。
 
「日本から持ち込んだクレイジーソルトを使って、味付けをしてみましょう!」

 どんな風に仕上がるのか、楽しみで仕方ない。
 アゲットの街の食堂で食べた串焼き肉は味付けは岩塩だけだったのだ。
 今からリリが使う調味料は、岩塩にハーブやスパイスを混ぜたソルトミックス、クレイジーソルトである。
 これを振って馴染ませたフォレストボア肉を串焼きにしたものは、味見したセオが尻尾を驚きに膨らませてしまうほどに絶品だった。

「美味しいです、リリさま! これがフォレストボア? 子狐の頃によく狩って食べていたけど、全然違う……」
「人の手で美味しくなるように飼育したボアだからですね、きっと」

 あとは、調味料か。
 貴方を夢中にさせる、という意味をもつ名前のスパイスなのだ。
 さっそく、セオを夢中にさせてしまった。


◆◇◆


 レインボーサーモンのアクアパッツァはお留守番組の三人に食べてもらった。
 リリたちはまた湖で釣ればいいので、フォレストボアの串焼き肉をメインに食べた。

「魚なんて、美味しいと思ったことはなかったのに」
「ん、でもこれは好き」
「薄味なのに、色んな味が染み込んでいるみたいだ。このスープ、最高だよ」
「魚の身もやわらかいですわ。上品な味で、気に入りました!」

 初めて食べる魚料理だが、気に入ってくれたようで嬉しい。
 フォレストボアの串焼き肉に至っては、先ほどまでの上品さをかなぐり捨てて、ものすごい勢いで串に齧り付いていた。

「わぁ……ワイルド……」

 美味しいお肉を前にすると、やはり変化は解けてしまうようで、テーブルを囲む白黒カラスとキツネを、リリは苦笑しながら見守った。

 後日、海堂家ではフォレストボアの赤ワイン煮込み料理をめぐり、再び兄弟間抗争が起こったと伯母から聞いたリリは頭を抱えてしまった。

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