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90. 一週間ぶりです
しおりを挟む一週間ぶりにジェイドの街に顔を出すなり、クロエとネージュに泣かれてしまった。
「ひどいですわ、リリさま! 三日ごとに顔を出すって言ってらしたのに!」
「あ……」
黒髪金目のツインテール美少女に涙目で詰られたリリは、うっかり勘違いをしていたことに気付いた。
「ごめんなさい、クロエ。三日ごとの約束でしたね。一週間と勘違いしていました」
「三日と一週間は違いすぎますうぅぅ!」
初めての旅が楽しすぎて、すっかり失念してしまっていた。
ネージュも赤い瞳を潤ませて哀しげにリリを見つめてくるものだから、良心が痛む。
「ネージュも寂しかったのですよね? ごめんなさい。次からは気を付けるから」
「……リリさまがご無事で、良かったの」
「ネージュ……」
健気な一言に、胸がキュンとした。
うちの子、優しい。
白黒双子姉妹がぎゅっと抱き付いてくるのをリリは甘んじて受け止めた。
よしよし、と背中を優しく撫でてあげると、ようやく落ち着いてくれたようだ。
「セオもごめんね? 留守中、何ともなかった?」
「……特に問題もなく、平和でしたよ?」
にこりと笑う、セオ。
微妙な間があったような気がしたけれど、ちらりと覗いてみた店内はいつも通りだったので、気にしないことにした。
「お店の在庫は?」
「どうにかギリギリもちましたけれども! 納品は三日ごとにお願いしたいですっ」
「はい。ごめんなさい、クロエ」
これは全面的に自分が悪い。
誠心誠意をもって皆に謝って、どうにか許してもらえた。
◆◇◆
午前中は、日本と『紫苑』を往復して商品の補充と事務作業に勤しんだ。
旅をすることを決めてから、店に出す商品を多めに託していたので、どうにか品切れを起こさずに済んだのだろう。
ルーファスもナイトも三日ごとの約束をすっかり忘れていたので、居心地が悪そうだ。
ナイトは看板猫としてカウンターに座ってお客に愛想を振り撒いている。
ルーファスはセオの代わりに護衛として睨みをきかせてくれた。
「溜まっていた事務処理は終えたので、お昼ご飯を作りましょう……」
お詫びの意味も込めて、ちょっとだけ豪華なランチを用意することにした。
「ここはやはり、アゲットの街で手に入れた美味しいお肉の出番です!」
ネブラムの実を食べて育った、フォレストボア肉をストレージバングルから取り出した。
色鮮やかなロースに惚れ惚れとする。
(何を作ろう……?)
日本から持ち込んだジビエのレシピ本をめくり、ふと手を止める。
材料はすべて揃っているし、調理時間も余裕がありそう。
「ん、これにしましょう。フォレストボアのコンフィ!」
付け合わせは、これもアゲットの街の農家から買ったジャガイモを使うことにした。
まずは、肉の筋切りとフォークで穴を開ける作業だ。これをすると、肉がやわらかく、食べやすくなる。
次にその肉をローズマリー、セージ、レモンバームなどのハーブをみじん切りにしたものとオリーブオイル、黒胡椒で作ったマリネ液と一緒に漬け込んでおく。
しばらく冷蔵庫で寝かせている間に、土鍋でお米を炊き、スープを用意することにした。
スープはインスタントと迷ったけれど、お土産として購入した新鮮な野菜があるので、ポトフを作ることに。
根菜を一口サイズに切っていき、料理長が仕込んでくれたオーク肉のソーセージとベーコンも使うことにする。
味付けはコンソメの素を使う。
圧力鍋を使うので、短時間でもじっくり具材に火が通ったポトフになる。
「うん、美味しい。オークの加工肉の旨味が良い隠し味になっているわね」
まったく隠れてはいないが、オーク肉の旨み成分がぎゅっと濃縮されたスープはとても良い味に仕上がったと思う。
「お肉はどうなったかしら?」
冷蔵庫から取り出したフォレストボア肉はしっかりマリネされている。
「いい感じね」
魔道オーブンで焼き上げるため、深めのバットに肉を並べて、その上にオリーブオイルをかけていく。
なみなみと、肉がオリーブオイルに隠れてしまうほどの量を入れると、あとは魔道オーブンで焼いていく。
「お肉がやわらかくなるまで、じっくりと焼き上げないと」
ボア肉の筋は丁寧に切ってあるので、縮みなく、やわらかに焼き上がるはずだ。
肉料理はオーブンに任せることにして、次は付け合わせを作ろう。
ジャガイモは茹でてマッシュする。
滑らかな舌触りにしたいので、ザルで裏ごしをして、生クリームとチーズ、塩胡椒で味付けしたものを混ぜていく。
溶けたチーズと生クリームを加わると、マッシュポテトの完成だ。
指先についたのをお行儀悪く舐めてみると、うっとりするほど美味しかった。
(さすが、異世界産のジャガイモね。魔素もたっぷり蓄えていて、すごく美味しい)
このチーズはジェイドの街の市場で手に入れたものだ。牛系の魔獣をテイムして、その乳から作られたものらしい。
(どうりで、他のチーズよりも美味しいと思ったわ)
こってりとした肉料理の付け合わせにはぴったりだ。
刻んだパセリを散らせば、見栄えもいい。
「次はソース作りね」
レシピ本を睨みながら、玉ねぎのみじん切りと赤ワインを火にかけて煮詰めていく。
アルコールが飛んだ頃合いで缶詰のグラスド・ビ・アンとハチミツ、バルサミコに塩胡椒を加えて、さらに煮込んでいった。
ちなみにグラスド・ビ・アンとは仔牛の骨や筋を野菜と一緒に煮込んだフォン・ド・ヴォーを更に煮詰めた肉汁らしい。
コンソメと同じく、自力で作るのは大変そうなので、リリは迷わず市販品を使うことを選んだ。
一時間ほどオーブンで焼いた肉を取り出すと、バットの中のオイルごとフライパンに移して、表面がパリッとするまで焼き色を付けていく。
チリチリと心踊る音が弾ける。
「ん……とっても良い匂いです」
お皿に盛り付けて、コンフィにソースを回しかける。
マッシュポテトを添えて、ルッコラを散らせば、ソースの赤と緑が映えて、なかなかに見栄えがいい。
土鍋のお米も炊けており、ポトフも食べ頃。全員分の食事を並べたところで、ランチタイムだ。
『リリ、お腹が空いたよ!』
魔法のトランクの家のドアが勢いよく開かれた。真っ先に飛び込んできた黒猫を、リリは笑顔で抱き止めた。
『今日のご飯はなに?』
「ふふ。本日のランチはフォレストボア肉のコンフィよ。スープは具沢山のポトフ」
「ほう、ポトフか。あれは食べ応えがあって良いものだ」
ゆったりとした足取りで、ルーファスもやってきた。
従業員の三人はお店を閉める作業に時間が掛かっているのだろう。
二人から遅れて二分後にやってきた。
テーブルいっぱいに並んだ料理を目にして、わっと歓声を上げている。
「久しぶりのリリさまのご飯……!」
セオが両手指を組んで、感謝の言葉を紡いでいる。そこまで感動されると、ちょっとだけ落ち着かない。
「初めて作った料理だから、気に入ってもらえると嬉しいです」
「匂いからして旨いのが分かるぞ」
『うんうん。これは期待がもてる!』
ポトフと白飯は微妙に合わないけれど、濃い味付けのコンフィはお米と一緒に食べてみたかったので、本日の主食はライスです。
リリが「どうぞ、召し上がれ」と口にするや否や、すごい勢いで皿の中身が消えていった。
「まぁ、このお肉! なんて柔らかくて、甘いお味なのでしょう!」
「ん……すごい。脂身は少ないのに、肉汁が口の中に広がる……ふわぁ……」
多弁な女子と比べて、男子たちは無口だ。
肉に噛み付き、咀嚼して飲み込む行為に全神経を集中しているようだ。
フォレストボアを先に味わったことのあるルーファスとナイトには多少余裕があるようだが、セオはもう周囲が目に入っていないように見える。
夢中でフォレストボアのコンフィを食べていた。
「すごい勢い……。この様子だと、口に合ったようですね?」
「だな。まぁ、気持ちは分かる。この肉はとんでもなく旨いからな」
『元の姿に戻らないだけ、前より理性はあるんじゃない?』
「そういえば、今日はちゃんと人の姿のままですね」
あっという間にコンフィを食べ終えて、今はポトフに挑んでいる。
黄金色のスープに感心しつつ、スプーンですくって、ぱくり。カッと目を見開いて、再び無言で食べ始めた。
「ポトフも美味しいですわ。オーク肉のソーセージやベーコンが美味なのは当然ですが、このお野菜も意外といけてますわね?」
「ふふ。そうでしょう? 隣街のアゲットのお野菜なんですよ。新鮮だと、こんなに美味しくてビックリしました」
「甘くて、優しい味がする」
「お土産に買ってきてあるから、皆で食べてくださいね」
腕をふるったランチとデザートのケーキで、どうにか三人の機嫌を取り戻すことができたリリだった。
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