【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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93. 噴水広場

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 ルーファスにエスコートされながら、リリはホテルの正面玄関から外に出た。
 ちょうど昼時だったこともあってか、大広間は大勢の人で溢れている。 
 着飾った人々は芸術家パフォーマーの芸をにこやかに眺めていた。

「人が多すぎるな。平気か、リリィ?」

 ルーファスが顔をしかめながら聞いてくる。
 たしかに、この人混みを歩くのは、リリには拷問に等しい。
 参加したことはないけれど、お祭りの混雑とはこんな感じなのだろう。
 人いきれもそうだが、何より御婦人方のキツい香水の匂いに頭痛がしそうだった。

「ぶつかりそうで怖いです」

 なので、ほんの少しだけ泣き言を口にしたのだが、耳にしたルーファスは真顔で頷いた。

「そうか。なら、俺が運ぼう」
「え?」

 止める暇もなかった。
 頷くと同時に、ルーファスの逞しい腕がリリの身体を軽々と抱きかかえていたのである。
 そう、お姫さま抱っこだ。
 ざわり、と周囲が動揺する気配が伝わってきた。

「ああ……」

 とても目立ってしまっている。
 考えなしにぼやいてしまった少し前の自分を責めながら、リリは諦めて現実を受け入れることにした。
 つまり、そのままルーファスに運ばれることを選んだのだ。
 赤毛の大男はリリの気持ちを慮ることなく、上機嫌で歩いていく。
 人形のように愛らしい少女をまるで宝物のように大切そうに運ぶ、赤毛の美丈夫の姿はまるで演劇のように美しく──自然と、目の前に道が開けていった。
 
(モーセになった気分だわ)

 心を無にしたリリはそのまま運ばれて、噴水前のベンチに座らせてもらった。
 ルーファスの肩に乗っていたナイトが身軽くベンチに飛び降りて、リリの隣に座る。
 ルーファスは片眉を上げると、黒猫が座ったのと反対側のリリの隣に腰を落ち着けた。

『ここなら、よく見えるね』
「ええ。特等席だわ」

 異世界にも噴水があることに、リリは感動した。
 噴水の歴史は古い。
 紀元前の古代文明の遺跡から、噴水の跡地らしきものが発見されたという記述を本で読んだことがある。
 異世界の噴水もどうやら、サイフォンの原理を利用しているようだ。

(てっきり、魔法の噴水かと思ったけど。こういうところは地球と同じなのね)

 魔法や魔道具など、不思議なことは多々あれど、文明や文化は共通点が多い。
 特にリリが拠点にしている、この国は近世のヨーロッパ文明とよく似ている気がした。
 
『リリ、人形が動いているよ。魔法を使っていないのに!』

 黒猫のナイトが目を丸くして驚いている。

「普通は魔法を使って動かす方が難しいのよ?」

 小声でそう説明するが、空色の瞳をまんまるにして人形劇に夢中な様子の黒猫が可愛すぎて、リリは密かに身悶えした。
 バグパイプに似た楽器の演奏者が、人形の動きに合わせてコミカルな音楽を奏でる。
 人形の手足を器用に動かす様は圧巻だった。木彫りの粗末な人形に命が吹き込まれたかのように、自在に動き、踊る様に人々が歓声を上げる。
 リリも思わず、拍手をしてしまったほどの腕前だ。
 ルーファスも感心したようで、人形が一礼をした後に、人形遣いのもとへ歩み寄り、コインを手渡していた。
 こういう仕草をどこで覚えたのだろう。
 感心するほどに、スマートで洗練された動作だった。
 人形劇に魅入っていた紳士淑女もルーファスの行動に釣られたのか、我も我もと人形遣いの帽子にコインが投げ込まれていく。

「む。次は吟遊詩人か」
『向こうでは、大道芸をやっているよ』

 一度の芸で帽子いっぱいのコインを稼いだ人形遣いに触発されてか、大広間が途端に賑やかになった。
 リリは噴水前のベンチに腰を下ろしたまま、吟遊詩人の歌声に耳を傾け、道化師のアクロバティックな動きに歓声を上げた。

「ふふ。楽しいわね、ナイト」
『そうだね! ボクはシオンさまの王都行きにはあまり付き合わなかったから、こんなに賑やかな街は初めてだ』

 人族が嫌いだと嘯いていた黒猫ナイトからしたら、王都の大通りは苦痛でしかなかったのだろう。
 
『でも、こんなに面白い催しが見られるなら、王都も悪くはないのかもしれないね』

 ヒゲの先をぴん、と立てて興奮した様子の黒猫がとても微笑ましい。

「そうね。私も楽しみだわ。ナイトは王都まで一緒についてきてくれる?」
『もちろん! ボクはリリの使い魔だからね!』
「ふふ、ありがとうございます」

 額をこつんと合わせて、くすくすと笑い合っていると、拗ねたルーファスが口を挟んできた。

「俺のことも忘れないでくれ、リリィ」
「もちろん忘れていないですよ?」

 ちょっと虐めすぎたかもしれない。
 決して、先ほどのお姫さま抱っこ事件を根に持っているわけではないのだ。

「なんだか、お腹が空いてきましたね? 食事にしませんか」

 わざとらしく話題を振ってみると、笑顔でのってくれた。

「うむ。昼食にしよう。ホテルに戻るか?」
「せっかくなので、屋台のご飯を食べてみたいです」

 ジェイドの街で初めて入ったレストランの味を思い出したリリが、遠慮がちに提案すると、食べ歩きランチに決定した。


◆◇◆


 大広場から少し離れた通り沿いに、屋台が連なっている。
 避暑地として観光客に人気なだけあり、まるでお祭りのように様々な屋台があった。
 食べ物だけでなく、可愛らしいブーケを売る花屋やアクセサリーの露店まである。
 雑貨店『紫苑シオン』の店長としては、売り物の雑貨が気になるが、まずは昼食を済ませてからだ。

「肉串があるぞ、リリィ。あれは、ホーンラビットの肉だな」
「串焼き肉はハズレが少ないので、食べましょう!」
『不味かったら、にほんから持ち込んだ調味料の出番だよ、リリ』
「うむ。にほんの店で買った、万能スパイスとやらを使ってみよう」

 サービスエリアに寄り道した際に買った、アウトドア用の万能スパイスをすっかり気に入った二人の提案にリリは苦笑する。

(味変をするのは調理人に失礼な行為だけれど、隠れてすれば問題ないかしら?)

 まぁ、まずは味見だ。
 ルーファスがホーンラビットの串焼き肉を三本買ってきてくれたので、屋台から離れた場所のベンチに移動して食べることにする。
 ホーンラビットは額にツノが生えたウサギの魔獣だ。ダンジョンで狩ったこともある。
 その肉はやわらかく、鶏肉に近い食感だ。鹿肉よりもクセがなく食べやすいので、串焼き肉では人気のメニューである。
 さっそく食べてみることにした。

「ん……。塩と酸味のある柑橘系の果汁の風味がしますね。さっぱりと食べられます」

 なかなか美味しいように思う。
 ルーファスとナイトには少しばかり物足りなかったようで、一口食べただけで、万能スパイスを振りかけ始めた。

「うむ! 俺はこのくらい濃い味の方がいいな」
『ボクもそう思う。万能というだけあって、このスパイスはどんな肉とも相性がいいね!』

 串焼き肉の次は、焼き魚に挑戦する。鮎によく似た魚を串焼きにしたものだ。

「塩がきいていて、これも美味しいですね」
『そうだね。高いだけあって、なかなか美味だ』

 はぐはぐと魚を食べながら、ナイトが品評する。そう言われて値札を確認すると、たしかに高めの金額だ。
 ジェイドの街の屋台の串焼きと比べると、二倍近い価格差がある。

「きっと、観光地価格なのですね」

 上流階級の人々が避暑地として愛する高原の街なため、屋台の食べ物もある程度は洗練化されているのだろう。

「多少高くても、美味しければ嬉しいです」
「そうだな。金がなくなれば、またダンジョンで稼げばいいし、惜しむ必要はない」
「無駄遣いは好きではありませんが、これは必要なお金。次はあのお菓子が食べてみたいです、ルーファス」
「分かった。待っていろ、リリィ」

 フリスビーを投げられた犬のような勢いで、リリが指差す屋台へ駆け出す赤毛の大男に御婦人方はうっとりと見惚れている。

 ルーファスが買ってきてくれた菓子は小麦粉と卵を混ぜたものをラードで揚げ焼きして、ハチミツをまぶした菓子だった。
 一口食べたリリは懐かしい味に口元を綻ばせた。

「これはドーナツですね。シオンおばあさまに作ってあげたことがあります」
「シオンに?」
「はい。料理を作りに来てくれていたお手伝いさんと一緒に作ったドーナツの味によく似ています。小さな子供でも作れる、シンプルなお菓子でした」

 レシピ本を眺めながら、リリが材料を混ぜて、形を整えた。
 油で揚げるのだけは、危ないからとお手伝いさんがやってくれたのを覚えている。
 不恰好なドーナツを、シオンはとっても美味しいわと笑顔で平らげてくれたのだ。

『ふぅん……。そっか、シオンさまが気に入っていた菓子なんだね』
「今度、皆で一緒に作ってみます? 次に『紫苑シオン』へ帰った時にでも」
『! うん、いいね。リリが作った菓子を食べてみたい!』

 屋台で食べ歩きしながら、たまに気に入ったものを買い溜めする。
 リリはバリシアの街歩きを満喫した。
 

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