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97. ホテルでのイベント
しおりを挟む街で知り合ったローザ嬢は『紫苑』の商品を大喜びで購入してくれた。
雑貨類や装飾品に文房具など、取り扱っている商品をひと通り購入するという太っ腹ぶりには驚かされたが。
「さすが、侯爵家のご令嬢ですね」
きらきらとヘーゼルの瞳を輝かせながら、商品を手に取る姿に、ほっこりしてしまった。
特に甘ロリのワンピースを目にした時の様子には、微笑ましい気持ちになったものである。
ローザ嬢が身に纏っていたのはいかにも『伝統的』な、かっちりとしたドレスだった。
年若い少女にはあまり似つかわしくない、深緑色のドレス。
襟は詰められており、二の腕を晒すなんてとんでもないとばかりの長袖で。
季節は夏。ここは王都から離れた避暑地なのだ。もっと明るい色合いで、軽やかな服装の方がローザには似合っていた。
てっきり、そういうドレスを好んでいるのかと思ったのだが、当の本人は可愛らしい雑貨に目の色を輝かせている。
(可愛らしいものが好きだということは、すぐに分かったわ。だから、背中を押してあげたのだけど……)
思った以上の効果があった。
付き添いの侍女が熱心に勧めてくれたこともあってか。渋々と試着して、鏡の前に立ったその瞬間から、きっと魔法に掛かったのだ。
(いえ、どちらかといえば呪いが解けたのかしら?)
自分のことを可愛くない、不器量だと思い込んでいたようだけれど、女の子はちょっとした魔法で誰でも可愛く変身できる。
ローザ嬢に自信を取り戻させるために、リリは彼女の髪をセットして、軽くメイクを施してあげた。
「あんなに可愛らしいのに、自分の魅力には全く気付いていなかったのが、惜しいと思っていたので満足です」
ふふ、と瞳を細めて笑う。
せっかくのストロベリーブロンドをきつく引っ詰めてお団子ヘアにしていたのだ。
なので、髪をほどいてあげて、丁寧にブラッシングをしてみた。
想像通りの、ゴージャスなカーリーヘアにリリはすっかり嬉しくなってしまい、ついヘアオイルや癖毛用のワックスを手に髪を弄ってしまった。
ふわふわのストロベリーブロンドだなんて、愛されヒロインの定番だ。
なので、可愛さを前面に押し出そうと、サイドをツインテールにしてワンピースと同色の細めのリボンで飾ってみたのだが──
(まるで咲き初めのバラの蕾のような美少女が誕生してしまったわ……!)
もともと、ローザ嬢は派手ではないが、繊細に整った容貌の持ち主だったのだ。
何より、肌がとても白く美しかった。
ピンクのチークとリップだけで、劇的に変化したのには驚いたけれど、おかげで当初の目論見通りに自信を取り戻せたようだ。
『私にも、こんな愛らしい服が似合うのですね……』
どこか吹っ切れたような笑顔を浮かべると、淡いパステルカラーの甘ロリワンピースを中心に、大量にお買い上げくださった。
「おかげで在庫が綺麗に捌けました」
『なかなか、やり手じゃないか、リリ』
にゃふふ、と黒猫が笑う。
ちなみに本日、侯爵令嬢であるローザに販売したのは、ジェイドの街で売れ残っていた甘ロリシリーズだ。
辺境の街でも流行はあるもので、今はゴスロリ衣装が人気なのだ。
白黒カラス姉妹の二人が好んで着ているので、その影響もあるのだろう。
面白がったセオもゴスロリ系王子風の服装で仕事をこなしているらしい。
『ジェイドの街では売りにくいなら、ここで売れ残りの在庫を販売したら?』
ホテルの中では姿を消す魔法を使っているナイトは、ローザ嬢の接客中にも部屋にいた。念のため、護衛として残ってくれたのだ。
ローザ嬢の反応から、ここでも売り上げが期待できるのでは、と考えたらしい。
「ここには旅行で来たつもりなのですが……」
「だが、需要はありそうだぞ?」
ルーファスまで後押ししてくるとは。
少しだけ考え込んで、リリは慎重に言葉を紡いだ。
「……それもそうですね。不良在庫を捌くチャンス?」
ガラスペンやカラーインクにも人気の色とそうでない物がある。
在庫にあまり動きがない商品を中心に、臨時の即売会のような催しを試してみるのも面白そうだ。
「ジェイドの街以外の需要も確認してみたいし、やってみましょうか」
◆◇◆
雑貨店『紫苑』の臨時即売会の会場は宿泊しているホテルのダンスホールを借りることができた。
集客については、親しくなったローザ嬢に相談すると、「お友達に声を掛けてみますわ」と心強い返答をもらえた。
ダンスホールの賃貸料を支配人に尋ねると、なんと無料で良いですと、こちらも乗り気の様子。
「ホテルに宿泊のお客さま方が退屈されていらっしゃるので、むしろ大歓迎です!」
その代わり、ご令嬢だけでなく、ホテルの宿泊客のご婦人方も即売会に参加できるようお願いされた。
こちらとしてもウェルカムなので、笑顔で頷いておく。
三日後の即売会のために、リリとルーファス、ナイトは奔走した。
売り物を仕入れるために、日本へ買い出しに行き、準備を頑張った。
「こういう即売会にはお客さまにお土産を用意するのがお約束らしいので、アイシングクッキーを買ってきました」
「ふむ。女子供が喜びそうだ。いいのではないか?」
『クッキーは美味しいからね。他のお菓子は売らないの?』
「日持ちのする焼き菓子は用意した方がいいでしょうか」
『絶対にあった方がいいと思う。あと、手伝いに人を雇う必要があるね』
「はっ……そうでした。それは大事です。支配人に相談しましょう」
幸い、ホテルの支配人は快く相談に乗ってくれて、従業員を貸し出してくれることになった。
手伝いしてくれる従業員には、リリから別途お給料を支払うことにする。
ホテル側はその他にも、雑貨店『紫苑』からティーセットを十セット、茶葉も大量に購入してくれた。
ホール横のカフェスペースでリリ提案のアフターヌーンティーサービスを行う予定らしい。
リリはここぞとばかりに、茶葉にティーパック、デザインシュガーや食用花の砂糖漬けなどをプレゼンした。
日本から仕入れたジャム共々、よく売れて、笑顔が止まらないリリだった。
基本的には雑貨店『紫苑』で扱う品と同じ物を販売するつもりだが、それだけでは面白くない。
(何かひとつ、他では手に入らない目玉商品があるといいのだけど……)
悩んでいたリリに、化粧品を売ればいいのでは、と提案してきたのはローザ嬢だ。
ホテルで即売会を開くにあたり、彼女には色々と助言してもらい、すっかり親しくなった。
一緒にティータイムを楽しんでいる最中、リリがぼやいたところ、そうアドバイスしてくれたのだ。
今日の彼女は先日購入してくれた、ミニ薔薇模様のワンピースを着ている。
髪型もお団子ヘアではなく、ゆるく編み込んでサイドに垂らしており、とても似合っていた。
「あの頬紅と口紅のおかげで、勇気が出たのです、私。同じように自信がない女性の助けになるのではないかしら」
「お化粧品ですか。なるほど……」
悪くはない提案ではあるけれど、肌に使う化粧品はデリケートだ。
合わない場合、肌が赤くなったり、ダメージを負うケースもあるので、慎重に取り扱う必要がある。
(基礎化粧品は正直、ポーションがあればあまり必要がないのよね、こちらの世界では)
雑貨店『紫苑』の客層はそれなりに裕福な女性なので、ポーション美容は試しているはず。
素肌が綺麗なので、あまり塗りたくる必要はなさそうだ。
(……だったら、平気かしら? 彼女に使ったように、リップとチーク。あとはアイシャドウを置いてみよう)
人気があるようなら、ジェイドの街の本店でも取り扱えばいい。
「あ、あと! 先日いただいた、『まどれいぬ』もきっと売れると思いますわ!」
「気に入ってくださいました? ふふ。お土産で持ち帰ってくださいね」
「まぁ! ありがとうございます。あの、とっても美味しかったのです……」
照れている様子がとても可愛らしい。
なんと、ローザ嬢は十四歳。リリの四つも年下だったのだ。
初対面の彼女は気を張っていたのか、高圧的に思えたが、本当は素直で愛らしい少女だった。
あの時、ルーファスに声を掛けていた令嬢たちとは距離を置いているらしい。
付き合いのある家の令嬢で、ローザ嬢は渋々一緒に行動していたようだ。
「離れられて、スッキリしています」
晴々とした表情で笑う少女に、リリもにこりと笑い掛ける。
雑貨店『紫苑』の臨時即売会は、いよいよ明日開催だ。
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