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〈番外編SS〉 バレンタイン
しおりを挟む日本へ買い出しに出掛けたリリは、ショッピングモール内の華やかなディスプレイを目にして、もうすぐバレンタインデーなことに気付いた。
「すっかり忘れていました……」
お世話になっている皆や、家族にもチョコレートを渡したい。
今から都内のデパートまで買い出しに行くのは大変なので、ここで買い揃えることにした。
チョコレートは大好きだ。
シンプルなタブレットタイプのチョコはもちろん、トリュフやガナッシュ、プラリネも美味しいと思う。
チョコレートは食の細かったリリにとっては少量でも栄養のある、命綱のようなお菓子だった。
(可愛いチョコレートがたくさんあって迷うわ)
バレンタイン時期は綺麗にラッピングが施された華やかなチョコが多いので、目移りしてしまう。
異世界から仕入れたポーションや魔獣肉を定期的に伯父一家に買い取ってもらっているので、お小遣いには余裕がある。
(たくさん買っても、ストレージバングルで保管ができるし……よし、欲しいものは全部買ってしまいましょう!)
そう開き直ると、リリは目についたチョコレートを片端からカートに突っ込んでいった。
気になるチョコレート菓子はもちろん、有名なショコラティエのブランドチョコもカートに入れていく。
「レオ兄とルカ兄は手作りのチョコレートを欲しがるのよね……。面倒だけど、作らないと」
市販のチョコレートの他にも手作りコーナーの商品をごっそりカートに入れた。
「どうせ手作りをするなら、ナイトたちにも作ってあげようかな……?」
市販品の方が喜ばれるかもしれないが、最近はすっかり菓子作りの楽しさに目覚めてしまったリリだった。
他の買い物を頼んでいたルーファスと駐車場で合流して、帰宅する。
いつもなら、そのままジェイドの街へと戻るのだが、今日は日本でお菓子作りだ。
いそいそとエプロンを身に纏うリリを、ルーファスが不思議そうに見やる。
「帰らないのか、リリィ?」
「今日は日本でお菓子を作りたいので、ルーファスは先に帰っていいですよ」
「菓子?」
「はい。チョコレートを使ったお菓子です」
「チョコレートか。あれは旨い」
「ふふ。ルーファスもチョコは好きでしたね。では、楽しみにしていてください」
「……手伝うぞ?」
ありがたい提案だが、今回はバレンタイン用のチョコレート菓子作りなのだ。
丁重にお断りして、先に戻ってもらう。
「さて、まずはチョコレートを刻まないと!」
製菓用のチョコレートを大量に購入しておいたので、存分に腕をふるうことができる。
レシピ本も購入してあるので、何種類か作ってみようと思う。
「まずは、簡単な生チョコとトリュフ!」
どちらもシンプルだが、美味しいチョコレート菓子だ。見栄えもいいので、プレゼントにも向いていると思う。
「生チョコはミルクチョコレートと生クリーム、ココアパウダーで作れるのね」
甘いミルクチョコレートを砕いてボウルに入れて、沸騰直前まで鍋で温めた生クリームと混ぜ合わせる。
耐熱性のゴムベラでチョコレートが溶けたところで、クッキングシートを敷いたバットに流し入れて冷蔵庫で冷やした。
「一時間あれば固まりそうね」
固まったところで一口サイズに切り分けて、ココアパウダーをまぶせば生チョコの完成だ。
ちなみにリリが作るトリュフは、生チョコと同じ材料を使う。
熱した生クリームと刻んだミルクチョコレートを混ぜ合わせて冷やすところまでは全く同じ行程だ。
ただ、冷蔵庫で冷やす時間が違う。
「生チョコは一時間以上、トリュフは三十分ほど冷やせばいいのね」
生チョコよりもやわらかなチョコレートを冷蔵庫から取り出すと、スプーンですくって一口大に丸めた。
「うん、いい感じ」
ナイトが目にしたら、『泥だんご遊び?』と訊ねられそうな光景だ。
ふふ、と笑みを浮かべながら、リリはせっせとチョコレートを丸めていった。
バットに並んだ丸いチョコレートにココアパウダーをまぶせば、トリュフの完成!
「……ん、まだチョコレートがたくさんある。これはちょっと買いすぎたかしら?」
調子に乗って、ショッピングカートに放り込み過ぎてしまったようだ。
お世話になった人々への感謝チョコは生チョコとトリュフを渡す予定。
先ほど作った分で、数は充分だろう。
「せっかくだし、使い切っちゃいましょう。チョコチップマフィンやガトーショコラも食べたいから、作ろうかな……?」
マフィンはたまに作っているので、レシピは覚えている。
生地に砕いたチョコチップを混ぜて焼くだけなので、こちらもそれほど難しくはない。
「一人一個ずつ当たるように焼いてみよう」
手際よく作業ができたので、一時間で焼き上げられた。
可愛らしい紙製のカップに包まれたチョコチップマフィンは我ながら、なかなかの出来栄えだ。
焼き立てをそっとストレージバングルに収納する。異世界の家へ戻ったら、可愛くラッピングしよう。
「で、ラストはガトーショコラ。こっちはビターなチョコレートで作りたいわ」
クーベルチュールチョコレートは甘いミルク風味とほんのり苦いビター風味の二種類を購入してあるのだ。
「ハンドミキサーが便利……! 異世界でも使えたらいいのに」
ぼやきつつ、ガトーショコラの生地をせっせと作っていった。
ガトーショコラはティータイムに皆で食べることにしよう。
◆◇◆
そんなわけで、バレンタイン当日。
午後のティータイムにガトーショコラを披露した。
ホールケーキなので、見栄えがいい。
「チョコレートのケーキですね!」
目敏いセオがすぐに立候補してくれた。
「切り分けるの、手伝います!」
「そう? じゃあセオに任せるわね。私は紅茶を……」
「紅茶は私が淹れますわ!」
「リリさまは座っていて」
セオだけでなく、クロエやネージュも率先して手伝ってくれた。
全員でテーブルに着くと、さっそく皆でガトーショコラを味わう。
フォークで一口サイズにして口に運ぶと、濃厚なチョコレートの味が舌に絡みついた。
製菓用の高級なクーベルチュールチョコレートを使っているため、とても美味しい。
「ほんのり苦みがあって、大人の味ですわね」
「添えてある生クリームと一緒に食べると贅沢な味がします」
「美味しい……」
好評なようで、とても嬉しい。
ルーファスとナイトはガトーショコラを前にして、何やら考え込んでいる。
クロエが不思議そうに首を傾げた。
「二人とも食べないんですの?」
「なら、僕が代わりに……」
『それはダメッ!』
「これは俺のだ。手を出すな」
ナイトにシャーッと威嚇されたセオが尻尾を膨らませて飛び上がった。
トドメにルーファスにじろりと睨まれて、可哀想に変化が解けてしまっている。
キツネの姿に戻り、ぶるぶる震えているセオをリリはそっと抱き上げた。
「二人とも大人げないですよ? セオを虐めたらダメです」
「虐めではないぞ。あれは教育的指導というやつだ」
『そうだよ。せっかく、リリが作ってくれた、ばれんたいんの贈り物なんだ。じっくり鑑賞して味わうつもりだったのに』
どうやら、食べたくなかったというわけではないようで、ほっとする。
一緒に日本に行くことが多いナイトとルーファスは、バレンタインのことを知っていたようだ。
「まぁ、このケーキはリリさまの手作りだったんですの? とても美味しかったです!」
「ん……また食べたい」
無邪気に喜んでくれる白黒姉妹。リリも嬉しくなって、用意しておいた生チョコとトリュフをプレゼントする。
「日本でのお祭りなようなものなのだけど……お世話になった人や大好きな人へチョコレートをプレゼントする日なの。どうぞ、貰ってください」
「まぁ! いいんですの? ありがとうございます」
「嬉しい。リリさま、ありがとう」
ようやくガトーショコラを一口、噛み締めたばかりのルーファスとナイトが急いで顔を上げた。
「リリィ、俺には⁉︎」
『当然、ボクにもくれるよね?』
「はいはい。ちゃんと全員分、用意してあります」
期待に満ちた眼差しを向けてくるキツネ姿のセオにも生チョコとトリュフの詰め合わせをプレゼントする。
「……美味しい?」
「今まで食べてきた甘味の中でも、いちばんだ!」
『ボクもそう思うよ。リリの愛情がたっぷり詰まっているからだよね!』
「大袈裟よ。でも、嬉しい」
手作りのバレンタインプレゼントは喜んでもらえたようで、ほっとする。
大量に余ったチョコレートはチョコチップクッキーを焼いて、雑貨店『紫苑』でお客さまに配布したのだが、これも大好評だった。
日本でホワイトデーの情報を仕入れてきたルーファスにより、リリへのお返しに皆が頭を悩ませることになるのだが、それはまた別のお話。
◆◆◆
バレンタイン当日に間に合いませんでした……っ!
◆◆◆
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