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124. 手紙が届きました
しおりを挟む夏の終わりを前に、侯爵家令嬢のローザから手紙が届いた。
魔道具での転送便が使われており、わざわざ雑貨店『紫苑』までギルド員が配達してくれた。
手紙には流麗な文字で、先日送った品物に対するお礼の言葉が綴られている。
そして、ヴェローナ侯爵家の封蝋が施された、もうひとつの封書には王都への招待状が同封されていた。
「え……? 『紫苑』の王都代理販売店って……」
読み進めていくと、バリシアの街でローザ嬢に相談した、王都店についての出店計画書が完成したと書かれていた。
「いつの間に……?」
何ヶ所か良さそうな店舗候補を選んであるので、一度王都に視察に来てくれないだろうかとのことで。
「王都に支店を出す場合の従業員の口利きを相談したつもりだったけど、まさか店舗まで用意してくださるなんて……」
しかも、十四歳の少女が実の親である侯爵夫妻を説得して、後見人になってもらえたと誇らしげに報告されてしまった。
「開店にともなう費用も出資してくれるって……どうしましょうか、ナイト」
最後まで読み進んだリリは途方に暮れた。
傍らの窓辺に座り、熱心に毛づくろいに励む黒猫につい相談してしまう。
ナイトはお腹を舐めていた体勢のまま動きを止めると、空色のまん丸の瞳でリリを見上げた。
『悪くない話なんじゃない? 代理販売店ってあるように、うちから商品を仕入れて代わりに王都で売ってくれるんでしょ?』
「そうみたい……。しかも、店舗も従業員もすべて、ローザさんが用意してくれるって」
『こっちの店ではあまり扱いたくない貴族向けの商品を、侯爵家が後ろ盾になって代わりに売ってくれる。……むしろ、すごーく良い話じゃない?』
「そうなのよね。うちとしては、ありがたい話なのよ。申し訳なく感じるくらいに」
『申し訳なく思う必要はないんじゃない? 侯爵家にもメリットのある事業なんだから』
黒猫のナイトの言い分ももっともなのだ。
日本製の化粧品や茶器、文房具などを一度でも使ってみれば、すぐにその使い心地の虜になるのは目に見えている。
特別な方にだけ、特別な商品を融通するのだと耳元で囁いてやれば、侯爵家と懇意になろうとする貴族は増えるに違いない。
「化粧品に対する女性たちの執念は凄まじかったからな。少なくとも、ご婦人方の熱烈な支持を得ることができるのは、強いのではないか?」
「ルーファスもそう思います……?」
そういった方面に関して無関心なはずのルーファスにまで指摘されてしまった。
(でも、この手紙を読むかぎりは、本当に良い話なのよね……)
日本で仕入れた商品は今のところ、元値の十倍の値段で販売している。
売れた金額の一割を税金として商業ギルド経由で領主に納めているが、それでもかなりの儲けとなっていた。
ヴェローナ侯爵家ではうちで販売している価格で買い取ってくれるそうだ。
しかも店舗の家賃のほか、従業員の給料まで支払ってくれるとの、ありがたい申し出付き。
(でも、それだと赤字になるのでは?)
王都価格として上乗せ販売した分の利益で充分とのことだったが、さすがに申し訳ない気がする。
(定価ではなく、一割引きの金額で商品を渡せばいいかしら……?)
あとは、王都店のみの独自の商品を取り扱うようにするのもいいかもしれない。
「どちらにせよ、ローザさんたちと商談する必要があるわね」
「ふむ。では、王都に行くのだな?」
「そうなりそうです」
『王都は久しぶりだね。シオンさまは嫌がっていたから……』
「ああ、王族や高位貴族からお抱えにならないかと勧誘されるのを面倒がっていたな」
懐かしそうにルーファスが黄金色の瞳を細める。
大魔女シオンは、王族にとっても喉から手が出るほど欲しい人材だったようだ。
(さすが、おばあさまです)
誇らしい気分になるが、同時に自分が曾孫であることは内緒にしておかなければと思う。
(まぁ、私は魔女見習いと言っても、【生活魔法】くらいしか使えないから大丈夫だろうけれど……)
ルーファスがウキウキしながら、リリの顔を覗き込んでくる。
「リリィ、王都までは俺が運んでやろう!」
「ドラゴンタクシーですか」
軽ワゴンごと、ドラゴンに戻ったルーファスに抱えられて運んでもらうのは、たしかに手っ取り早いが──
「うーん……。ナイト、ここから王都まではどのくらいの距離になりますか?」
『馬車で一週間ってところだね。リリの車を使えば、三日で到着すると思うよ』
キャンピングカーだと、片道三日の旅。そのくらいの距離なら、ドラゴンタクシーよりもドライブを楽しみたい。
「それは、寄り道を込みの日数です?」
『もちろん! リリのことだから、途中の街で名産品を買うつもりだろ?』
「ふふ。バレていましたか。美味しい名物があれば、魔法のドアに登録しておきたいので寄り道したいです」
「俺が飛べば、半日で着くのに……」
「せっかくの異世界なので、旅を楽しみたいの。運転は貴方に任せるから……ダメですか?」
上目遣いで、そっと尋ねてみると、うぅ、と呻いて両手をそっと掲げてみせるルーファス。
「……ダメじゃない。リリィが望むなら、俺が運転する。くそっ」
どうやら、降参ポーズは異世界でも共通のようだ。
そんなわけで急遽、リリの王都行きが決定した。
◆◇◆
「また、お留守番なんですの?」
「いいなぁ。僕も一緒に王都見学に行きたい」
「……えいが、しばらく見られない?」
王都行きについて報告すると、使い魔三人はあからさまに落胆した。
前回のキャンピングカーでの旅も留守番だったため、ガッカリしているのだろう。
「大丈夫。今回は毎日ここに帰ってくる予定です」
「ん? どういうことですか、リリさま」
不思議そうに首を傾げるセオに、リリは魔法の鍵を見せた。
「日中はキャンピングカーで行けるところまで進んで、日が暮れたら、魔法のドアでここに戻ってきます」
「まぁ! では、毎日リリさまとお会いできますのねっ?」
「ええ。昼食は別々だけど、朝食と夕食は一緒に食べましょうね」
「じゃあ、もしかして、夜は……」
「ネージュが楽しみにしている映画を一本だけ、一緒に観ましょう」
「……っ! だいすき、リリさま!」
感極まったネージュにぎゅっと抱きつかれた。後ろに倒れ込みそうになったところをルーファスが素早く抱き止めてくれる。
前はネージュ、背後にルーファスに挟まれて、転ばずに済んだのは助かったけれど、ちょっと圧迫感があった。
黒猫ナイトが呆れたように二人を見やったが、無視することにしたようだ。
『ボクはいいけど、リリは疲れない?』
「運転するのはルーファスだし、疲れたら後部座席で眠るので平気ですよ?」
どうせ、日が暮れたら運転をやめて、魔法のトランクの家で休むだけなのだ。
それなら、魔法のドアで転移してジェイドの街で休めばいい。
朝になれば、前日まで移動した場所へ戻って、また王都を目指す旅を続ける。
これならば、『紫苑』の商品の補充もできるし、何より毎日皆と顔を合わせることができるのだ。
(魔法のドアの転移先登録は変更が可能だから、気兼ねなく登録できるのよね)
登録件数はリリのレベルによって上限が決まっているので、そのうちまたダンジョンに挑みたい。
レベルが上がれば、ナイトとルーファスだけでなく、他の三人とも使い魔の契約を交わせるようになる。
(正式に使い魔の契約を交わせたら、皆も日本へ連れて行けるようになるし、魔法のドアで転移できるようにもなる……)
王都へ行くのは、ヴェローナ侯爵家との商談もあるが、転移先として登録したい下心も大きかった。
(雑貨店『紫苑』の王都での店舗が決まれば、商品を納品するためにも、転移先登録が必要だものね)
王都へ転移ができるようになれば、使い魔の皆と一緒に観光に出向くのも楽しそうだ。
(きっと王都には、美味しい料理を出すお店がたくさんあるだろうし、楽しみだわ)
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