【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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148. サラマンダー料理

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 伯父一家にお土産を渡した後で、キッチンへ向かった。
 荷物持ちのルーファスをお供にして、キッチンのドアをノックする。

「はい。……ああ、リリお嬢さま!」

 作業の手を止めた料理長がリリを見て、笑みを浮かべた。

「おかえりなさい。お元気でしたか?」
「ただいま。いつも急な帰省になって、ごめんなさい」
「いえいえ。いつも面白い食材をいただいているので、むしろ楽しみなんですよ」
「そう言ってもらえると心強いです」

 毎回、謎の肉を調理させられているというのに笑顔で出迎えてくれる料理長には感謝しかない。

「もしかして、今回も?」

 期待に満ちた眼差しを向けられたルーファスがニヤリと笑う。

「ああ。たっぷり持ってきたぞ。旨い料理を頼む」
「おお……!」

 作業台にしている大きめのテーブルの上に、ルーファスが肉や卵、野菜や果物などの食材をどっさり並べていく。
 見たことのない食材に目を輝かせている料理長はルーファスがこっそり【アイテムボックス】から肉を取り出して追加していることに気付いていない。

「今回もたくさんジビエ肉があるんですね! どういった料理にするか、じっくり考えないと……」

 料理人にとって未知の食材を扱えることは、好奇心をいたく刺激されるようだ。
 とはいえ、どんな肉なのかは、ふわっとした情報を伝えることにしている。

(ブラックボアは巨大イノシシ、ブレードフォレストディアは畑を荒らしていて駆除された鹿肉で通しているけれど、そろそろ怪しまれているのでは……?)

 ちなみにオークは特別な飼料で飼育されたイノブタのお肉だと伝えてある。
 一般的な流通にはのせていない、とっておきの高級家畜肉なのだとの説明に、料理長は「お金持ちの家にはそんなものが……!」と驚いていたことを思い出した。
 彼にはそのまま純粋ピュアに生きていてほしい。

(うーん……。でも、さすがにこれは説明しにくいです……)

 今回はいつもの魔獣肉のほかに、王都の屋台で食べた火蜥蜴サラマンダーの肉を持ち込んでいるのだ。
 ピリ辛な串焼き肉が美味しかったので、冒険者ギルド直営の肉屋へ寄って、購入してきたのである。
 地味に人気があるらしく、あるだけ買い占めたのだが、二キロしか手に入らなかった。

「ほう。この鹿肉は肉が引き締まっていて、食べ応えがありそうですね。こちらの大イノシシ肉は随分と立派な個体だったようだ。脂がのっているので、煮込みに良さそうですが……」

 さすが、料理長。
 ブラックボアの肉質を一目で見抜いたらしい。

「レオ兄とルカ兄が、イノシシ肉は角煮して欲しいってリクエストしていましたよ? 私も少し持ち帰りたいので、あるだけ角煮にしてもらってもいいですか?」
「分かりました。しかし、これだけの大物だと時間が掛かりますよ」
「今夜は泊まって帰るから、明日までに仕上がっていればいいわ」
「分かりました。では、今夜の夕食作りの傍ら、煮込んでおきましょう」
「ありがとうございます。楽しみです」

 ナイトがあれほど自信満々に狩ってきてくれた肉なのだ。期待がもてる。
 いそいそとブラックボアの塊肉を冷蔵庫に運ぶ料理長を見やり、ルーファスと頷き合った。
 こほん、と咳払いすると、まずはルーファスが口火を切る。

「あー、その、料理長。今夜のディナーにはこちらの肉を使ってもらいたいのだが」
「ああ、はい。いいですよ。何の肉ですか?」

 ルーファスから手渡された火蜥蜴サラマンダーの肉を料理長は不思議そうに見下ろした。
 串焼き肉になった火蜥蜴サラマンダーは見事な赤身肉だったが、火を通す前の塊肉は霜降りに見える。
 綺麗なサシが入っており、上質な和牛肉にそっくりだ。

「これは、サラマ、っ!」

 サラマンダーの肉だと素直に告げようとしたルーファスの足をリリはそっと踏み付けた。
 口をとざしたルーファスの代わりにリリが厳かな口調で告げる。

「特別なルートから仕入れた、ワニの肉です」
「ワニ⁉︎」

 ぎょっとする料理長に、リリは真顔で頷いてみせた。
 火蜥蜴サラマンダーの姿は魔獣図鑑で見たことがあるが、コモドオオトカゲととてもよく似ている。
 蜥蜴肉よりもワニ肉の方がまだ食用に向いていそうなので、咄嗟にそう誤魔化したのだ。

「食用に育てられた、特別なワニの肉なので、内緒ですよ?」
「ああ、そういうことなのですね……。これから大々的に売り出すので、試食用という?」
「…………」

 リリはにこりと笑ってみせた。
 何だか、勝手に誤解してくれているようなので、全力で乗っかることする。

「それは腕が鳴りますね! こっちは調理法にリクエストは?」
「料理長にお任せするわ。ただ、このお肉は少し変わっていて、お肉自体に味が付いているの」
「肉に味が?」
「ええ。……ちょっと試食してみます?」

 異世界の屋台で買ってきておいた火蜥蜴サラマンダーの串焼き肉を料理長に手渡した。
 興味深そうに手に取る料理長。
 ルーファスが羨ましそうに見てくるが、これは味見用です。
 串焼き肉の香りを確かめると、料理長はそっと肉にかじりついた。

「ん……これは、なかなか」
「面白いでしょう? 味付けは岩塩だけなの。ピリッとした香辛料のような味がするお肉なんです」
「珍しいですね。もしや、特別なエサを与えて肉質を変えているんですかね?」
「さぁ、そこまでは知らないの。……貴方なら、どうやって調理しますか?」

 わざと挑発するように問い掛けると、きょとんとした後で、彼は破顔した。

「そうですね。今日は坊ちゃんたちがよく食ってくれそうなメニューにすることにします。ルーファスさんも健啖家のようだし」
「料理長の飯は格別に旨いからな。楽しみにしている」

 残りの食材は冷蔵庫や冷凍庫に運び込み、リリとルーファスはキッチンを後にした。


◆◇◆


「美味しいわ! ちょっと、こってりとしているけれど、ご飯と合うわね」

 声を弾ませながら、本日のディナーに舌鼓を打つ伯母。
 伯父も笑顔でメインの火蜥蜴サラマンダー料理を口にしている。

「最高だな、これ!」
「クセになる味だ。これが異世界のサラマンダーの肉……」

 従兄たちは感動に打ち震えつつ、すごいスピードで箸を繰り出している。
 箸の代わりにフォークを使うルーファスも串焼き肉以上に気に入ったようで、あっという間に皿を空にしてしまった。

「もうない……」
『味わって食べないからだよ。ボクはちゃーんと味わいながら食べるもんね。んー、おいしい!』

 自分用のお皿に山盛りになった火蜥蜴サラマンダー肉をじっくり堪能しながら咀嚼しているのは、黒猫のナイト。
 リリも彼と同じく、噛み締めながら味わった。

「ヤンニョムチキン風に仕上げてくるとは、意外でしたね。でも、美味しいです」

 料理長は火蜥蜴サラマンダーの肉を一口大にカットすると、からっと揚げて、甘辛いタレを絡めた料理に仕上げてくれたのだ。
 香辛料はほとんど使っておらず、肉の味を最大限活用したようで、とても美味しい。
 こっそり【鑑定】してみたところ、『聖域』産のハチミツも使っていた。
 
 サラダとスープもさっぱりとしており、食べやすい。スープには先程持ち込んだブラックボア肉のつみれが入っていた。
 シャキシャキの蓮根の食感がすばらしく、生姜がきいた美味しいスープだ。

「食後のデザートは異世界のドライフルーツをどうぞ」
「あら、そのまま食べるの?」
「ヨーグルトに添えるのもおすすめですが、まずはそのまま食べてみてください」

 たっぷりの魔素が凝縮されたドライフルーツは、ヘタなスイーツより断然美味しかった。
 しかも、ビタミンが豊富なため、美肌を保つのにとてもいい。
 そう伯母に教えてあげると、目の色が変わった。

(ドライフルーツも異世界お買い物リストに加えることになりそうね)

 異世界で儲けたお金を日本円にかえる計画は思ったよりもすんなり成功しそうだ。
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