150 / 180
148. サラマンダー料理
しおりを挟む伯父一家にお土産を渡した後で、キッチンへ向かった。
荷物持ちのルーファスをお供にして、キッチンのドアをノックする。
「はい。……ああ、リリお嬢さま!」
作業の手を止めた料理長がリリを見て、笑みを浮かべた。
「おかえりなさい。お元気でしたか?」
「ただいま。いつも急な帰省になって、ごめんなさい」
「いえいえ。いつも面白い食材をいただいているので、むしろ楽しみなんですよ」
「そう言ってもらえると心強いです」
毎回、謎の肉を調理させられているというのに笑顔で出迎えてくれる料理長には感謝しかない。
「もしかして、今回も?」
期待に満ちた眼差しを向けられたルーファスがニヤリと笑う。
「ああ。たっぷり持ってきたぞ。旨い料理を頼む」
「おお……!」
作業台にしている大きめのテーブルの上に、ルーファスが肉や卵、野菜や果物などの食材をどっさり並べていく。
見たことのない食材に目を輝かせている料理長はルーファスがこっそり【アイテムボックス】から肉を取り出して追加していることに気付いていない。
「今回もたくさんジビエ肉があるんですね! どういった料理にするか、じっくり考えないと……」
料理人にとって未知の食材を扱えることは、好奇心をいたく刺激されるようだ。
とはいえ、どんな肉なのかは、ふわっとした情報を伝えることにしている。
(ブラックボアは巨大イノシシ、ブレードフォレストディアは畑を荒らしていて駆除された鹿肉で通しているけれど、そろそろ怪しまれているのでは……?)
ちなみにオークは特別な飼料で飼育されたイノブタのお肉だと伝えてある。
一般的な流通にはのせていない、とっておきの高級家畜肉なのだとの説明に、料理長は「お金持ちの家にはそんなものが……!」と驚いていたことを思い出した。
彼にはそのまま純粋に生きていてほしい。
(うーん……。でも、さすがにこれは説明しにくいです……)
今回はいつもの魔獣肉のほかに、王都の屋台で食べた火蜥蜴の肉を持ち込んでいるのだ。
ピリ辛な串焼き肉が美味しかったので、冒険者ギルド直営の肉屋へ寄って、購入してきたのである。
地味に人気があるらしく、あるだけ買い占めたのだが、二キロしか手に入らなかった。
「ほう。この鹿肉は肉が引き締まっていて、食べ応えがありそうですね。こちらの大イノシシ肉は随分と立派な個体だったようだ。脂がのっているので、煮込みに良さそうですが……」
さすが、料理長。
ブラックボアの肉質を一目で見抜いたらしい。
「レオ兄とルカ兄が、イノシシ肉は角煮して欲しいってリクエストしていましたよ? 私も少し持ち帰りたいので、あるだけ角煮にしてもらってもいいですか?」
「分かりました。しかし、これだけの大物だと時間が掛かりますよ」
「今夜は泊まって帰るから、明日までに仕上がっていればいいわ」
「分かりました。では、今夜の夕食作りの傍ら、煮込んでおきましょう」
「ありがとうございます。楽しみです」
ナイトがあれほど自信満々に狩ってきてくれた肉なのだ。期待がもてる。
いそいそとブラックボアの塊肉を冷蔵庫に運ぶ料理長を見やり、ルーファスと頷き合った。
こほん、と咳払いすると、まずはルーファスが口火を切る。
「あー、その、料理長。今夜のディナーにはこちらの肉を使ってもらいたいのだが」
「ああ、はい。いいですよ。何の肉ですか?」
ルーファスから手渡された火蜥蜴の肉を料理長は不思議そうに見下ろした。
串焼き肉になった火蜥蜴は見事な赤身肉だったが、火を通す前の塊肉は霜降りに見える。
綺麗なサシが入っており、上質な和牛肉にそっくりだ。
「これは、サラマ、っ!」
サラマンダーの肉だと素直に告げようとしたルーファスの足をリリはそっと踏み付けた。
口をとざしたルーファスの代わりにリリが厳かな口調で告げる。
「特別なルートから仕入れた、ワニの肉です」
「ワニ⁉︎」
ぎょっとする料理長に、リリは真顔で頷いてみせた。
火蜥蜴の姿は魔獣図鑑で見たことがあるが、コモドオオトカゲととてもよく似ている。
蜥蜴肉よりもワニ肉の方がまだ食用に向いていそうなので、咄嗟にそう誤魔化したのだ。
「食用に育てられた、特別なワニの肉なので、内緒ですよ?」
「ああ、そういうことなのですね……。これから大々的に売り出すので、試食用という?」
「…………」
リリはにこりと笑ってみせた。
何だか、勝手に誤解してくれているようなので、全力で乗っかることする。
「それは腕が鳴りますね! こっちは調理法にリクエストは?」
「料理長にお任せするわ。ただ、このお肉は少し変わっていて、お肉自体に味が付いているの」
「肉に味が?」
「ええ。……ちょっと試食してみます?」
異世界の屋台で買ってきておいた火蜥蜴の串焼き肉を料理長に手渡した。
興味深そうに手に取る料理長。
ルーファスが羨ましそうに見てくるが、これは味見用です。
串焼き肉の香りを確かめると、料理長はそっと肉にかじりついた。
「ん……これは、なかなか」
「面白いでしょう? 味付けは岩塩だけなの。ピリッとした香辛料のような味がするお肉なんです」
「珍しいですね。もしや、特別なエサを与えて肉質を変えているんですかね?」
「さぁ、そこまでは知らないの。……貴方なら、どうやって調理しますか?」
わざと挑発するように問い掛けると、きょとんとした後で、彼は破顔した。
「そうですね。今日は坊ちゃんたちがよく食ってくれそうなメニューにすることにします。ルーファスさんも健啖家のようだし」
「料理長の飯は格別に旨いからな。楽しみにしている」
残りの食材は冷蔵庫や冷凍庫に運び込み、リリとルーファスはキッチンを後にした。
◆◇◆
「美味しいわ! ちょっと、こってりとしているけれど、ご飯と合うわね」
声を弾ませながら、本日のディナーに舌鼓を打つ伯母。
伯父も笑顔でメインの火蜥蜴料理を口にしている。
「最高だな、これ!」
「クセになる味だ。これが異世界のサラマンダーの肉……」
従兄たちは感動に打ち震えつつ、すごいスピードで箸を繰り出している。
箸の代わりにフォークを使うルーファスも串焼き肉以上に気に入ったようで、あっという間に皿を空にしてしまった。
「もうない……」
『味わって食べないからだよ。ボクはちゃーんと味わいながら食べるもんね。んー、おいしい!』
自分用のお皿に山盛りになった火蜥蜴肉をじっくり堪能しながら咀嚼しているのは、黒猫のナイト。
リリも彼と同じく、噛み締めながら味わった。
「ヤンニョムチキン風に仕上げてくるとは、意外でしたね。でも、美味しいです」
料理長は火蜥蜴の肉を一口大にカットすると、からっと揚げて、甘辛いタレを絡めた料理に仕上げてくれたのだ。
香辛料はほとんど使っておらず、肉の味を最大限活用したようで、とても美味しい。
こっそり【鑑定】してみたところ、『聖域』産のハチミツも使っていた。
サラダとスープもさっぱりとしており、食べやすい。スープには先程持ち込んだブラックボア肉のつみれが入っていた。
シャキシャキの蓮根の食感がすばらしく、生姜がきいた美味しいスープだ。
「食後のデザートは異世界のドライフルーツをどうぞ」
「あら、そのまま食べるの?」
「ヨーグルトに添えるのもおすすめですが、まずはそのまま食べてみてください」
たっぷりの魔素が凝縮されたドライフルーツは、ヘタなスイーツより断然美味しかった。
しかも、ビタミンが豊富なため、美肌を保つのにとてもいい。
そう伯母に教えてあげると、目の色が変わった。
(ドライフルーツも異世界お買い物リストに加えることになりそうね)
異世界で儲けたお金を日本円にかえる計画は思ったよりもすんなり成功しそうだ。
1,236
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる