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147. 異世界商品
しおりを挟む魔道具を取り扱う店で購入したのは、ちょっとした『おまじない』グッズだった。
ダンジョンでドロップしたアイテムはもちろん、魔獣や魔物の素材を使った装身具だ。
「本当は人気のある魔道具を買おうと思ったのですが……」
王都にある高級店なので、高価な魔道具が取り揃えられていた。
何を買おうか、とリリはわくわくしながら店内を見て歩いたのだが、大抵のものはもう我が家に揃っていたのだ。
「いちばんの売れ筋の魔道具は何と言っても、冷蔵庫です。魔道冷凍庫は高価な品なので一般家庭には普及していないそうですが、レストランや裕福な家庭では使われているとか」
「あとは魔道コンロだな。王都のような街中では火事を警戒する必要があるから、火を使わない魔道コンロは推奨されているそうだ」
魔道具店でひととおり説明を聞いたルーファスがここぞとばかりに得た知識を披露している。
「魔道コンロってガスコンロのようなものだと思ったのだけれど、IHタイプだったのね」
感心したように伯母が頷いている。
そう、魔道コンロは火ではなく、熱を発する魔道具なのだ。ダンジョンでの野営にはもってこいの調理器具だと思う。
『あとは水瓶の魔道具に、お風呂の魔道具が人気だったよね?』
「そうね。水回りの魔道具はよく売れているみたい。便利だもの」
「ほう。それは興味深いな。だが……」
伯父が言い淀む。何を言いたいかは、リリでも分かる。
「俺たちには必要なさそうだな、その魔道具」
「それなー」
伯父の代わりに従兄たちがあっさりと言ってのけた。
そうなのだ。冷蔵庫に冷凍庫。コンロはもちろん、水道やお風呂の設備がしっかり整っている日本では、異世界の便利な魔道具は特に欲しいとは思わない。
「なので、大通りにある高級魔道具店ではなく、冒険者ギルドの本部横にある魔道具店に行って来たんです」
「冒険者ギルド!」
「おお! それは期待が持てるな」
顔を輝かせて、話題に食いついてきたのはファンタジー好きな従兄たちだ。
テーブルに置いてある意味不明なガラクタを途端に熱心な眼差しで見つめている。
「レオやルカが気に入りそうな物をリリィと一緒に探してきたぞ」
ドヤ顔のルーファスが手に取ったのは小粒の魔石を繋いだブレスレットだ。
見た目はビーズを使った手作りのアクセサリー。お世辞でもお洒落なアイテムには見えない代物だ。
「魔力のカスしか残っていないクズ石を繋いだ腕輪だが、一度だけ物理的な攻撃から守護する力がある」
「おお……っ!」
リリの【鑑定】では、スライムの魔石のブレスレットだと判明している。
たしかに魔石ひとつひとつの力は微弱だが、数十個を繋いだそれは、それなりの力を発揮するようで。
「オークの攻撃を防ぐには足りないが、自動車とぶつかったくらいの衝撃は相殺できるぞ?」
「車とぶつかったくらいの衝撃って……」
「それは……かなり、ありがたい護身道具じゃないか?」
伯父一家が騒然となる。
それはそうだろう。普通に生活している中では、自動車事故がいちばん可能性が高い。その衝撃から守ってもらえるのだ。
車移動の多い伯父は切実に欲していた。
「それは是非とも欲しいな。人数分、購入させてくれ」
「ああ、ちゃんと一家の分は用意してあるぞ? ただし、一度しか使えない。魔石が割れたら、もう役には立たないから、そこは気を付けるように」
分かった、と伯父が神妙な表情で頷いた。
「一度でも充分だ」
「そうね。デザインは気になるけれど、外出の際には忘れずに身に付けておくことにしましょう。……貴方たちもよ?」
「おう。分かっている」
「腕だと目立つな……。足首に装着しても効果はあるのか?」
「肌に触れ合うよう、身に付けておけば問題ない」
この護身のブレスレットに使われているスライムの魔石は青金石とそっくりな色合いをしている。
美男美女揃いでゴージャスな伯父一家が付けるには少しだけチープだが、瑠海の提案で、アンクレットとして使うことになった。
足首なら靴下やトラウザーズで隠せる。
「私は他のブレスレットと重ねて使うわ」
プラチナのシンプルなブレスレットに重ねて装着した伯母の手首は涼しげで、意外にも悪くなさそうだ。
ふと、玲王が首を傾げた。
「俺たちの分はあるけど、肝心のリリのお守りがないぞ?」
「安心しろ。リリィには俺とナイトが頑丈な結界を常に張ってある。オークどころか、ミノタウロスキングが襲ってきても跳ね返せる結界だ」
「え……」
初耳なのですが。
じとっとルーファスとナイトを睨み付けるが、二人にはキョトンとされてしまった。
「……ミノタウロスキングを防ぐ程度の結界では心配か?」
『やっぱり、もっと結界を重ねがけするべきだったんだよ!』
「そうか。ならば、ベヒーモスの炎を防げるほどの結界を追加で……!」
「そういうことではないですけど、今はもういいです」
相変わらず、心配性な二人だ。
気遣いはありがたいので、結界は継続して掛けておいてもらうことにした。
(自動車に突っ込まれるより、オークの攻撃の方が強いって言っていたよね? そのオークより上位種な魔物、キングミノタウロスの強さがよく分からないから追求しにくいです)
ともあれ、グループを率いている伯父は特に恨みや嫉妬を買いやすい。
物理的な護身効果のあるお守りは役に立ってくれそうだ。
「ちなみに価格はいくらになる?」
「金貨一枚。ひとつ、十万円になります」
「……安すぎないか?」
「冒険者が使う、気休めのお守りみたいなものだからな。そのくらいだ」
「そうか。なら、定期的に購入したいな。お願いできるかな、リリ」
「はい。大丈夫です」
王都へは魔法のドアで転移ができるようになったのだ。
ローザに話を通しておけば、気軽にショッピングに出向ける。
その他にも面白そうなグッズをいくつか購入してある。
魔獣の骨を使った人形は、身代わり人形。持ち主への呪いや悪意を代わりに受け取ってくれるらしい。
銀製の小刀もお守りのひとつだ。悪霊や生き霊を祓う効果があるという。
そういったオカルトグッズを喜んだのは男性陣だ。
わいわいと騒ぎながら、これがいい、こっちは俺が、と楽しそうにはしゃいでいる。
一方、伯母は装飾品や美容に関わる品に興味があるようで。
「リリちゃん、これは? 香水?」
「いえ、これは耐熱効果のある聖水だそうです。頭上でワンプッシュしておくと、夏の暑さがかなり凌げるとか」
「まぁ。酷暑の日本ではありがたい品物ね」
香水の瓶にそっくりの聖水は伯母へ。
ルーファスが「本来は炎を使う魔獣対策の品なのだが……」と苦笑しているが、リリはさらにその価値を【鑑定】で見抜いている。
「伯母さま。その聖水はなんと、紫外線を100パーセント遮断します」
「なんですって。それはつまり、日焼け止めは不要ということ?」
「スッピンで海に泳ぎに行ったとしても、1ミリたりとて日焼けをすることはありません」
「あるだけ買いましょう。定期的に手に入れることは可能かしら?」
「この薬はジェイドの街の冒険者ギルドでも買えるそうなので、大丈夫です」
「では、次回もお願いするわね」
「お買い上げ、ありがとうございます」
夏の陽射しはお肌のお手入れが必要な女性にとっては天敵なのだ。
「あと、瞳の色や髪の色を一瞬で染めることができる薬もあります」
「興味があるわ」
「虫除け効果のあるブローチ」
「ガーデンパーティで活躍しそう」
「ちょっとだけ幸運値を上げる指輪なんかもありました」
「欲しいわ、すごく」
ルーファスやナイトたちからしたら、子供騙しのガラクタにしか見えないアイテムばかりだったが、リリが持ち込んだ品はすべて伯父一家が買い取ってくれた。
『よく分からないものがにほんでは人気があるんだねぇ……』
「平和なのか、物騒なのか、よく分からんな」
使い魔の二人はこっそり呆れていたが、後日これらの『お守り』は海堂一家をきっちりと守ってくれたのだった。
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