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146. ピンクダイヤモンド
しおりを挟むまずは、伯父に薬師ギルドで購入したポーションを手渡す。
下級ポーションと中級ポーションを間違えてしまわないよう、瓶にはきちんと手書きのタグを付けてある。
「下級ポーションが五十本、中級ポーションが七本あります」
「おお、たしかに。ありがとう、リリ」
少し数が多かったかと不安だったけれど、伯父は笑顔で受け取ってくれた。
きっちり数え上げると、すべて買い取ってくれる。
「助かるよ。また、頼む」
分厚い封筒を感謝の言葉と共に渡された。日本円での現金だ。ありがたく受け取っておく。
ルーファスとナイトは従兄たちにちゃっかり、魔獣肉を売り付けている。
王都滞在中、おとなしくしていた反動なのか、辺境の地に戻ると、ストレス発散も兼ねて深夜に狩りに出向いていたようだ。
「近くの農家の畑に被害が出ていたようだから、狩ってきた」
「でっかい鹿だな! すげぇ」
「ツノの先が鋭利な刃物のようなんだが、それはかなり凶悪な魔獣では?」
ルーファスは【アイテムボックス】から取り出した獲物をドヤ顔で自慢しているが、解体前の巨大な鹿の死骸を渡されても困ると思う。
こっそり鑑定してみると、ブレードフォレストディアという魔獣だった。
瑠海の指摘どおり、立派なツノの先がなぜか鉄製の刀になっている。
ダンジョン内で出没した場合は、魔石や肉、毛皮のドロップの他にナイフを落とすこともあるらしい。
これは野生のブレードフォレストディアなので、ナイフのドロップはないけれど、ツノは鋳潰すと鉄になるとか。
ちなみに肉は美味らしい。
玲王が苦笑する。
「ありがたいが、このまま手渡すと料理長が卒倒するんじゃないか?」
「む……? ああ、解体していないからか。ならば、こちらで枝肉にしておこう」
魔法の得意なドラゴンにとっては【生活魔法】なんて苦にもならない。
あっという間に【解体】魔法を使うと、ブロック状になった肉を笑顔で玲王に渡していた。
『ボクはブラックボアを狩ったよ。闇魔法を使う厄介な魔獣だけど、煮物にすると格別に美味しいんだ』
むふん、と胸を張る黒猫は、何もない空間から塊肉をどすんと取り出した。
海堂家の面々がぎょっとする。
「うおっ⁉︎ 急に肉が落ちてきたぞ⁉︎」
「落ち着け。ルーファスと同じ、【アイテムボックス】を使ったんだろう」
さすが大魔女シオンの筆頭使い魔。
黒猫のナイトは気が利いているため、最初から解体済みの肉を用意してくれていたようだ。
「ブラックボアのお肉だそうです。煮物にすると絶品らしいですよ?」
「イノシシ系か!」
「しかも、煮物にすると絶品ということは──……」
海堂兄弟が顔を合わせて、力強く頷いた。
「「角煮!」」
仲が良くないくせに、こういう時だけは意気投合するのが不思議な従兄たちだ。
すぐにでも肉を抱えてキッチンに駆け出しそうな二人をリリがため息まじりに引き止める。
「まだ他にもたくさんお肉があるらしいですよ?」
「ああ。リクエストされていたコッコ鳥にオークの肉が山ほどあるぞ?」
ルーファスがリリの言葉を補足すると、伯父が鷹揚に頷いた。
「すべて我が家で買い取ろう」
「おお、親父太っ腹!」
「……いいんですか、伯父さま? かなりの数を狩っていたようですけれど」
「問題ない。実は来週、我が家でパーティを開くんだ。そこであの美味な肉を振る舞おうと考えていてね」
ニヤリと笑う伯父の傍らで、伯母がくすくすと軽やかに笑う。
「ふふ。皆さま、我が家での集まりをとても楽しみにしていらっしゃるようなのよ。お食事の後の歓談が楽しみだわ」
「もしや、そこでポーション入りの美容液を……?」
「うふふふふ。女が集まると、そんな話題も出るかもしれないわね?」
シミやシワがあっという間に消滅する、魔法の美容液である。
一度試せば、二度と手放せなくなるのは確実だ。
「ふむ……。カイドウ家の影響力を高めるための宴なのだな? ならば、リリが王都で仕入れてきた品が使えるのではないか?」
リビングのテーブルにはルーファスとナイトの【アイテムボックス】に収納してもらっていたお土産が山積みにされている。
皆の視線が集中したことで、リリは小さく咳払いして、それらの品をプレゼンすることにした。
「では、まずはこちらの品から。気に入ったなら、買い取ってくださると嬉しいです」
異世界で稼いだお金を日本円にするための商談だ。
親族とはいえ、気を引き締めて売り込まなければ。
シルクの手袋を装着すると、最初に手に取ったのは宝飾品だ。
ジュエルボックスを開けて伯母に見せると、ひゅっと息を呑む気配がした。
それも当然だろう。
「希少なピンクダイヤモンドの指輪です。もちろん、産地は異世界ですけれど、品質は【鑑定】で確認済みです」
正真正銘の、本物だ。
世界最高額で入札されたのは『ピンク・レガシー』だったか。
(あれは五十億円以上で売れたんだっけ……?)
目の肥えた伯母はさっそく念入りに観察している。
「まぁ、なんて見事なカラー! カッティング技術も素晴らしいわね」
「透明度も見てくださいね。地球のものと比べても遜色ないでしょう?」
「ええ、充分よ。デザインは少しばかり古めかしいけれど、そこはリメイクすれば問題ないでしょう」
「……では?」
「買うわ」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑んで、握手を交わし合う。伯母なら、気に入ってくれると思ったのだ。
「それにしても、これほど見事なピンクダイヤモンドだと、かなり高額だったのではなくて?」
「……いくらだったと思います?」
天然のピンクダイヤモンドは自然の偶然で生成された鉱石だ。
ただでさえ希少な宝石なのに、唯一の鉱山が生産量の低下により閉山されたと聞く。
(つまり、地球では今後、ピンクダイヤモンドは新たに手に入れることが難しくなる……)
王都で仕入れてきた、この指輪のピンクダイヤモンドは1カラットほどのサイズのものだ。
土台は銀。価値があるのはピングダイヤモンドだけだと言えるだろう。
スマホでざっと調べたところ、買取相場で1カラットは三百万円以上する。
伯母が口にした金額もそれに近いものだったが──
「私が購入した金額は金貨一枚でした。日本円だと、十万円くらいですね」
「これが十万円⁉︎ 正気か!」
「ね、驚いたでしょう?」
あまり宝石には興味がなさそうな玲王でさえ驚愕している。
「異世界ではピンクダイヤモンドがたくさん採掘できるのかしら? リリちゃん」
「鉱山がたくさんあるので、ダイヤモンド以外の宝石もたくさん手に入れられますよ、伯母さま」
「まぁ、素敵」
「実を言うと、異世界では綺麗な宝石にそれほど価値はないようなのです」
伯母が意外そうに眉を上げて、続きを促してくる。……興味は引けたようだ。
「単なる石ころだからな。そんなものよりも、魔石の方が価値がある」
ルーファスがあっさりとバラしてしまった。海堂家の全員がぽかんとしている。
「魔石……。そういえば、リリから聞いたな。家電のように使える便利な魔道具があると。そのエネルギー源だったか」
「ああ、純粋な魔力の核だ。魔道具の動力源でもあるが、使い手によっては恐ろしい威力を秘めた武器にもなる」
魔獣や魔物からドロップする魔石は、その属性の魔法を放つことができるらしい。
もっとも、魔法使いも減った今では、そんな技術はとうに廃れているようだが。
「なので、伯母さま。ご入用の宝石がありましたら、異世界で安く仕入れてきますよ?」
「面白いわね。お願いしようかしら」
伯母の目がきらりと光る。
異世界ジュエリーのデザインは独特なので、買うとすれば裸石のままの方が使いやすいだろう。
「私は【鑑定】が使えるので、上質の宝石を仕入れてきます。お手軽価格でお譲りしますよ?」
「うふふ。楽しみだわぁ」
向こうで稼いだ異世界のお金を日本円にしてもらうための取り引きなので、購入した金額分の日本円で売る予定だ。
時価三百万円近いピンクダイヤモンドを十万円で手に入れた伯母は上機嫌だ。
他にも仕入れた宝飾品を、伯母はすべて買い取ってくれた。
それらの品は懇意にしている宝飾店で綺麗にリメイクされることになる。
「まとまったお金は、ポーションと宝飾品でどうにか手に入りそうね」
ほっと胸を撫で下ろすリリに、従兄二人がわくわくした表情で訊ねてきた。
「リリ! こっちの怪しげな品物は何だ?」
「これは呪いの人形か何かか……?」
魔獣の骨をベースにした小さな人形もどきや石を繋いだ腕輪、小刀。
ガラクタにしか見えないそれらが気になるらしい。
次の標的に向かって、リリはにこりと微笑んで答えた。
「それは異世界の魔法道具です」
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