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145. 久しぶりの海堂邸
しおりを挟む目当てのポーションを手に入れることができたので、リリたちは薬師ギルドを後にした。
「これだけあれば、しばらくは仕入れなくても済むはずよ」
『また必要になったら、ダンジョンに獲りに行けばいい』
下級ポーションならドロップ率も悪くないので、そこそこ実力のある冒険者は自力で獲得することを狙うようだ。
「そうですね。レベル上げを兼ねて、ポーションを拾いに行きたいです」
無料で手に入って、しかもレベルも上がるのだ。
大魔女シオンが遺してくれた魔道具のおかげで、低レベルの魔獣なら余裕で倒すことができる。
頼りになるボディガードのおかげで、ダンジョン内でも身の危険はあまり感じなかった。
ともあれ、目当てのポーションはひとまず手に入れることができたので、次は宝飾品や魔道具を買いたい。
行きたいお店を口にすると、ルーファスは首を傾げた。
「そういった高級品は貴族街に近い大通りの店で取り扱っているんじゃないのか?」
「……ということは、『紫苑』王都店の近くだったりします……よね」
もはや商品を卸すのみで、自分の手からは離れた気持ちが強いので何となく面映い。
『まぁ、いいんじゃない? 抜き打ち視察みたいで面白そう』
「そうだな。サボっている店員がいないか、見てやろう」
「二人とも性格が悪い……」
とはいえ、リリも実は気になっていたので、こっそりと確認することにした。
店舗が見える建物の影から覗いてみると、遠目からでも賑わっているのが分かった。
さすがに開店直後のような賑わいはもうなかったが、『紫苑』を訪れる客は途切れることはなさそうだ。
店内もスムーズに回っているように見える。
さすが一流の店舗が揃う大通りだけあって、客層がいいのだろう。
(……まぁ、侯爵家の後ろ盾のあるお店に難癖をつける客なんて、滅多にいないでしょうけれど)
それに辺境伯であるルチアから『王妃さまを筆頭に社交界で人気のある高位貴族のご令嬢方にも『紫苑』を売り込んでおいたから』と手紙を貰っていた。
王城に招かれたルチアに託したコスメポーチが大いに役立ったようだ。
高貴な女性方のお気に入りになった店にはさすがに性質の悪いクレーマーが寄ってくるとは思えない。
「ローザさんから報告は受けているけれど、順調そうで良かったです」
ジェイドの街の本店は男子禁制だが、王都店は二階のみ女性客オンリーにしている。
そのため、一回店舗には学園帰りらしき制服姿の少年の姿が目立っていた。
「そういえばローザさんが、デートコースとして人気があるって言っていましたね……」
腕を組んだ、親しげな少年少女の笑顔がとてもまぶしい。
ルーファスが興味深そうに身を乗り出した。
「青春、というやつだな?」
「そうですね。青春です」
『アニメで観たやつだっ!』
「はい。制服デートってやつですよ」
「『あれが制服デート……!』」
興奮するふたりをどうにか宥めて、リリは目当ての宝飾店と魔道具屋を探すことにした。
◆◇◆
「そんなわけで今回、異世界から仕入れてきた商品を持ってきました」
久しぶりに里帰りした、海堂邸。
ルーファスに運んでもらうドラゴンタクシーにもすっかり慣れてしまった。
あっという間に到着する快適な空の旅を一度でも知ってしまうと、もはや真面目に運転する気がない。
ちょうど休日だったため、珍しくも海堂家の面々が勢揃いしている。
伯父を筆頭に従兄たちも目尻を下げて、リリを大歓迎してくれた。
「おかえり、リリ。なかなか会えなくて寂しかったよ。何事もなかったかい?」
「ええ。頼りになる使い魔のみんなのおかげで、元気に楽しく暮らしているわ」
「それは良かったわ。体調に変わりはない? 楽しいからといって、無理をしてはダメですからね」
「はい、伯母さま。ありがとうございます」
優しくハグしてくれた二人の背にそっと手を回す。
珍しく気を利かせてくれたのか。ルーファスは少し離れた壁際に寄り掛かるようにして腕を組んでいる。
ちなみに黒猫のナイトは『ボクは筆頭使い魔だからね!』とリリの肩に座ったままだ。
猫好きな伯父一家が目を細めて、そんなナイトを微笑ましそうに見つめている。
「おい、親父。さすがにハグが長すぎる。そろそろ交代だ」
「レオに同感。リリを独占するのは禁止だ」
焦れた従兄たちに引っぺがされた伯父は端正な口元に微苦笑を浮かべている。
仕方ないな、といった余裕な笑みでリリから離れた。
すかさず玲王と瑠海の兄弟に左右から抱き締められる。
「いくらなんでも連絡が遅すぎだぞ、リリ? 心配でおかしくなりそうだった!」
「レオがおかしいのはいつものことだろう。……それより、リリ。忙しいのは理解しているが、一日一度の連絡は守って欲しい」
「う……ごめんなさい。王都への出張と、帰宅してからも忙しくて、つい……」
王都の侯爵家にお世話になっている間は連絡が難しいと説明していたが、ジェイドの街に帰宅してからは報告メールを送るのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
本店と王都店、二店舗分の商品の補充に大忙しだったのだ。
開店記念に配布したノベルティが好評だったので、いっそのこと『紫苑』のロゴ入りのエコバッグのようなものを作ろうと考えて、そちらにも時間を取られていたのもある。
「これからはもう少し余裕ができると思うから、毎日の業務連絡も忘れません」
取り扱っている商品は毎回、ネットで細々と注文していたのだが、あまりにも数が多くなったので、定期購入を決めたのだ。
大量に購入するようにしたので、その分お値下げもしてもらえて地味に嬉しい。
ガラスペンやカラーインク、デザインシュガーや砂糖漬けなどの商品は製造元から直接購入することになった。
ティーセットは陶磁器の輸入会社に、レターセットは文房具の卸会社とあらためて契約した。
化粧品に関しては、お肌に優しいメーカーの会社を通して仕入れることに。
シーズンごとに流行があるため、一ヶ月分をまとめて注文することにした。
異世界の女性たちも流行には敏感だ。新色は外せない。
まだ文句を言い足りなそうな従兄たちからは、肩に乗った黒猫ナイトがシャーッと威嚇してくれたおかげで、どうにか逃れることができた。
「リリィ。買ってきた品を出してもいいのか?」
ルーファスもいいタイミングで声を掛けてくれる。グッジョブだ。あとでとっておきの焼き菓子を食べさせてあげよう。
「お願い、ルーファス」
目の肥えた伯母の反応や、いかに。
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