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144. 薬師ギルド
しおりを挟む「薬師ギルド……? ポーションを作るのは錬金術師なのでは?」
「錬金薬師のことか? 等級によって作成できるポーションが違うんだ」
王都の薬師ギルドへ向かいながら、ルーファスが説明してくれる。
「下級ポーションは魔力のない薬師でも作ることは可能だ。ただし、上質の薬草と魔力水が必要になる」
「魔力水?」
『魔法で生成された水のことだよ。リリも【生活魔法】で出せるでしょ?』
艶やかな尻尾でリリの頬をひと撫でする黒猫。
曽祖母シオンの遺産のひとつ、魔法のスクロールで覚えた【生活魔法】。
(そういえば、水を出す魔法があったわ……。着火魔法と同じく、滅多に使わないので忘れていましたが)
魔法のトランクの家のキッチンには魔道具があるため、【生活魔法】でわざわざ水を作り出す必要はなかったのだ。
「魔道具を使うか、その前にナイトが水を魔法で出してくれたので……」
『そうだったっけ?』
こてん、と首を傾げる黒猫。かわいい。
ぺろりと舌を出して顔を洗って誤魔化す姿がとてもあざとい。
「魔法の水があれば、薬師さんは下級ポーションが作れる……ということは、もしかして私でも作れたりします?」
ふと思い付いたことを口ずさむと、ルーファスはおや、と片眉を上げた。
楽しそうにリリの顔を覗き込んでくる。
「作ってみたいのか、リリィ?」
「……シオンおばあさまが日本の『魔女の家』で薬草を育てていたでしょう?」
「ああ、あの温室だな」
「薬草があったということは、おばあさまはポーション……かどうかは分からないけれど、何かの薬を作っていたんじゃないかしら」
その疑問に答えてくれたのは、日本の温室をリリの代わりに管理してくれていた筆頭使い魔だった。
『下級ポーションの材料だったから、おそらくはね。……ただし、土が合わなかったのか、あの温室の薬草からは薬効となる魔素が抜けているから、もう作れないと思うよ?』
「そうですか……。残念です」
自分でも作れるなら、曽祖母の遺してくれた温室の薬草畑を活用できると思ったのだが。
「作りたいなら、作ればいい。『聖域』なら状態のいい薬草が手付かずで大量に手に入るだろう」
「それって、私でも作れるってことですよね?」
ルーファスの提案に、リリは食い付いた。背伸びをして、ルーファスの手を掴んで訴える。
溺愛している少女にそんな風に寄り添われて、ルーファスは嬉しそうに瞳を細めた。
「もちろん、できるとも。むしろ魔力のあるリリィなら、錬金薬師になれる素質があると思うぞ?」
「錬金薬師……私が?」
中級ポーションを作れるという、凄腕の薬師にまさか──とは思うが、相手は長く生きているドラゴンだ。
黒猫のナイトも否定しないので、嘘ではないのだろう。
「まぁ、今のレベルのリリィには厳しいがな。本気でポーション作りに取り組みたいなら、やはりダンジョンでレベル上げをする必要があるだろう」
「レベル上げはどっちにしろ、挑戦するつもりでしたし、頑張ります」
最近は魔力枯渇症に悩まされることも少なくなった。
多少なりともダンジョンでレベルを上げたことも関係するのだろう。
(それに使い魔のみんなやルーファスが側にいてくれるから、きっと元気でいられるのよね)
特にドラゴンから放出される魔力が濃厚なのだ。人前では恥ずかしいから、と拒否するリリだが、背に腹は代えられない。
身内だけしかいない、魔法のトランクの家では仕方なくルーファスをイス代わりにしている。
おかげで、未だかつてないほどに元気だった。
(せっかく元気になったのだもの。魔法を覚えたいし、ポーションを作れるようになりたい。魔法のドアの転移先の登録数も増やしたいし、何より心待ちにしているクロエたちを日本へ連れて行ってあげたい……)
ただでさえ力の強い使い魔二人と契約しているのだ。
レベルを上げて魔力量を上げなければ、クロエにネージュ、セオたちと正式に使い魔契約を交わせない。
「ふむ。なら、レベル上げは俺たちが手伝おう」
『任せて、リリ! ボクが守ってあげるから』
頼りになる使い魔たちのセリフに、リリは口元を綻ばせた。
「ありがとうございます。頼りにしているわ、ふたりとも」
◆◇◆
薬師ギルドは商業ギルドのある大通り沿いにあった。
冒険者ギルドの王都本部も近くにあり、どうやら同業組合であるギルドは商業地区にまとめて本部が設置されているようだ。
三階建ての煉瓦作りの建物の壁には緑の蔦が這っている。
歴史を感じさせる建物で、何だか不思議な迫力があった。
『入り口に結界が張られているみたいだね』
「盗難防止が目的だろう」
「ポーションは高価ですもんね」
どうやら結界の魔道具が発動しているため、妙な感覚がしたようだ。
魔力枯渇症だからか、何となく魔力の流れが分かるようになってきた気がする。
ドアをくぐり、薬師ギルドに足を踏み入れると、役所のようなフロアに出迎えられた。
ルーファスは素早く視線をはしらせると、目当てのカウンターを見つけたようだ。
「こっちだ、リリィ」
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
受付カウンターには年若い男性職員がいた。穏やかな笑顔で対応する職員にルーファスは鷹揚に頷いてみせる。
「ポーションを買いたい。下級と中級を買えるだけ。もしも手に入るなら、上級ポーションも」
「ルーファス……!」
予算の相談もせずに、そんな注文を付ける赤毛の大男に、リリは慌てて飛び付いた。
「下級や中級ならまだしも、上級ポーションは高額でしょう。それなりの金額は稼げたけれど、支払えるかどうかは……」
「ああ、大丈夫だ。俺のポケットマネーから出そう」
「ルーファスのポケットマネー?」
少なくとも、このドラゴンはリリと深く関わるまでら人の世界のお金はほとんど持っていなかったと思うのだが──
戸惑うリリの頬に黒猫が頭をすり寄せる。ニャア、と愛らしく鳴く。
『大丈夫だよ、リリィ。長く生きたドラゴンだよ? 光り物が大好きな種族だから、きっと宝物のひとつやふたつ、売り払って資金を作ったに決まっている』
「正解だ。俺にとっては古めかしい鎧や切れ味のよくない剣だったが、骨董品として高く売れた」
ほくほくと嬉しそうに笑うルーファス。
自分のお宝を手放しても良かったのだろうか。
カウンターにずしりと重い革袋を置くルーファスに、男性職員が目を見開いている。
「……失礼しました。名のある冒険者の方でしたか。個人に販売できる数のポーションを掻き集めてまいります。少し、お待ちを」
革袋から覗く中身は、黄金色のコインだ。あれだけで、どのくらいの枚数の金貨があるのだろうか。
ドキドキしながら待っていると、木箱に詰められたポーションを持って職員が戻ってきてくれた。
「下級ポーションが五十本、中級ポーションが七本になります」
「……それだけか?」
「申し訳ございません。冒険者ギルドとの契約により、個数制限が設けられておりますので、こちらが最大数です。中級ポーションに関しては、作れる錬金薬師が限られておりますので……」
「そういうことなら仕方ない。あるだけを購入しよう。ちなみに上級ポーションは……」
「……あいにく、上級ポーションを作れるほどの凄腕の錬金薬師はこの国には存在しませんよ。そうですね……。伝説の大魔女シオンさまなら、あるいは用意ができたかもしれません。どうしても欲しければ、ダンジョンの下層で手に入れてください」
まさか、ここで曽祖母の名前が出るとは思わなかった。
(でも、おばあさまはやはり上級ポーションが作れたのね……!)
精密な魔道具を作れるのは錬金術師だけだとナイトから教えてもらっている。
曽祖母は日本の家やキャンピングカー、魔法のトランクの家などに自作の魔道具をたくさん遺していたので、そうだとは思っていたのだが──
(薬師の資格持ちの錬金術師、錬金薬師だったなんて。さすが、大魔女)
後を追うのは大変そうだと、リリはこっそり微苦笑を浮かべた。
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