ヒロインはヒーローに憧れる~五分間だけ英雄になれる能力をいただきました~

如月美樹

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 ロバの差し出すバケツに追加の水を入れて、少しだけ残した水を宙に浮かせたままおじさんを振り返る。
「おじさん、水筒ある?」
「ああ・・・・・・」
 おじさんは腰に括り付けてあった革袋を差し出した。
 蓋を開けて水をしゅるると入れてから手渡す。
「どうぞ~」
「・・・・・・ありがとう」
 ロバも満足そうに水を飲んでいる。
 そのロバが顔を上げて、おじさんに向けていた視線を自分に向けさせるように鼻先でツンツンと突いてきた。
 多美江が視線をやると、歯を出す。どうやらこれで愛想笑いを浮かべているつもりのようだ。
「ブヒヒン(俺、チャーフイー。よろしく)」
「私はターミャよ」
 何とも言えない顔で、おじさんがこちらを見ていた。
「お譲ちゃん、チャーフィーの言葉がわかるのか? 俺も多少は魔力でわかるんだが・・・」
 どうやらおまぬけに見えていたおじさんにも、魔術を扱えるらしい。
「こんなに何度も水を出して、魔力量は大丈夫か? 疲れてないか?」
「これくらいなら、まだ大丈夫ですよ」
 おじさんはじっと多美江の顔を見ながら、水を一口口に含んだ。
「・・・・・・・・・っ!」
 この水が『回復』魔法がかけられているとすぐにわかった。このおじさん、実はシムスでも名の通った有名人だ。だがもちろんそんなこと、多美江が知る由もない。
 回復魔法がかけられた水をこんなに大量に出せる者を、そう見たことはない。もしかしたら自分は、とんでもない人物を拾ってしまったのかもしれないと考えた。
 心なしかチャーフィーのくたびれていた毛並も、美しくなっているように見えるし・・・。
「こいつは変な奴には紹介できないな・・・・・・」
 この力はちょっと異常だ。水を出すだけならできる魔術師は多い。だがそれに『回復』魔法をかけるのは異常だ。一度に二つの魔法をいとも簡単に操ってしまった。見た目とは違い、これはとんでもない能力の持ち主となる。
「利用されて、騙されて・・・。そんな過酷なこと、このお譲ちゃんにはさせたくない」
 小さく呟いて、「よいしょ、よいしょ」と御者台によじ登る多美江を見ていた。
「守ってやんないとな・・・」
 それにはやはり、いままさに向かおうとしているギルドのマスターに頼むしかない。
「よし、行くか」
 空になったバケツを持って荷台に乗せると、静かに発車させた・・・のはいいのだが。チャーフィーが異様なほど元気になり過ぎてしまった。
 あまりにも張り切り過ぎて、もの凄い勢いで荷馬車は駆けて行く。
「何で、急にこのスピードなの~っ!」
 上下に激しく動く荷馬車の上で、多美江は必死にしがみついて落ちそうになるのを堪えていた。
「ブフフンッ♪(今日の俺は騎士様の馬の気分だぜっ)」
「待て、おい待てっ! チャーフィーッ! 車輪が外れる。もっとゆっくり走れ~っ!」
 おじさんの大事な荷馬車の危機。
 だけど多美江もそんなことに構っていられないほど耐えていた。
「お、落ちる~っ!!」
 しばらく走って気が落ち着いたのか、チャーフィーは速度を落とした。それでも水を飲む前に比べれば、雲泥の差の速度だ。
「はあ~、これで新しい荷馬車を買わなくてもすむな・・・」
 おじさんの心底安堵したような顔に、何だか申し訳なくなる。
 まさか水一つで、こんな事態に陥るとは・・・。
「今向かおうとしているギルドのマスターは男前でな。まあ、少々歳はいっているが、お譲ちゃんには良い相手かもしれないぞ」
 まさかおじさんは結婚斡旋所でも開いているのか?
「元は王都の騎士団の団長だった。国王様から『勇者』称号も貰ったほどだぞ」
 勇者とは称号として与えられるものらしい。
 多美江の想像する勇者とは少々違うようだ。では多美江が目指すのは『英雄』か? 
「シムス一番のギルドの前マスターが引退することになってな。だから彼に白羽の矢が向けられたんだ」
 やはりおじさんは情報通だ。
 これからお世話になるギルドのマスターの話だ。しっかり聞いておこう。
「シムスは魔獣の森に近いからな。商人や旅人が通る道の境目には結界が施してあるとはいえ、それを破る大物も現れるかもしれない。だからシムスのギルドは強い者たちで構成されている」
 強い者たちで構成。そんなギルドに、超初心者の自分が登録なんてできるのだろうか?
「訓練や技術指導なんかもあるから、お譲ちゃんも受けてみるといい」
 技術指導。確かにそれはいいかもしれない。どの程度の魔術が一般的なのか、それを受ければわかりそうだ。
「おお、見えてきたぞ。あれがシムスだ」
 遠くの方で高い塀に囲まれた街が見えた。高台のここからはよく見える。
 いつの間にか魔獣の森を抜けていて、草原が広がっていた。可愛らしい小さな花が風に揺れた。
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