アイシャドウの捨て時

浅上秀

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大学生編

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それから工藤とルリ子はお互いに連絡先を交換して別れた。

家に帰ったルリ子は自分の携帯の連絡先の欄に父親以外の男性がいることがとても新鮮に感じられた。



「おはよう、小宮さん」

「おはようございます、工藤くん」

授業や廊下で会えば挨拶をし、時間があったら共に時間を過ごすようになった二人が付き合い始めるのにそれほど時間はかからなかった。

ある日、ルリ子は工藤に呼び出されて大学の人気のない農学部が管理している庭園のような場所に呼び出されたのだ。
ルリ子はなんとなく告白されるのではないか、と察していたのかいつもより身なりに力がこもっている。
髪は少しアイロンで下の方をカールさせ、メイクはアイシャドウを心持て少し濃いめに、リップは可愛らしくピンクのラメ入り。
服装は淡いピンクの下地が花柄の長めのチュールスカートに金色のボタンの白いカーディガンを着ている。
全体的にガーリーに整えていた。

「おはよう、小宮さん、ここいいかな?」

必修授業の教室にいたルリ子の隣に榊がやってきた。

「榊さん、おはようございます。えぇ、どうぞ」

ルリ子は少し荷物を移動させる。

「あれ、小宮さん、これからなんか予定でもあるの?」

目ざとくルリ子のいつもと少し異なる装いから感じ取ったのか榊が尋ねてくる。

「え、えぇ…どこか変かしら、私?」

キョロキョロと自分の服装を確認するルリ子の様子を見て榊は笑っていた。

「いいえ、いつもよりとっても可愛らしいから。何かあるのかな、って思っただけ。大丈夫だよ小宮さん、どこも変じゃないよ」

お世辞かもしれないとルリ子は思ったが、可愛らしいと言われてうれしかった。

「ありがとう、榊さん…」

「ふふ、いいことあるといいね」



気もそぞろのままに榊の隣でなんとか授業を受け終えたルリ子は工藤に呼び出された場所に向かっていた。
ルリ子の心臓は工藤に呼び出された場所に近づくにつれて大きく鼓動する。

「あ、小宮さん、来てくれてありがとう」

微笑む工藤の顔を見てルリ子の緊張は頂点に達していた。

「い、いえ…それでお話って…」

ルリ子はいつになくもじもじとしている。

「あの、その…小宮さん、俺、小宮さんのこと好きだって気づいたんだ。良かったら、良かったら俺と付き合ってくれませんか?」

バっと工藤が片手を差し出す。
ルリ子は大きく目を瞬かせる。
工藤の片手をそっと握ったルリ子はバクンバクンとなり続ける鼓動が工藤に聞こえてしまわないか不安だった。

「よ、よろしくお願いしいたしますわ!!」

「え、いいの!?」

握られた片手を凝視して工藤は驚いていた。

「は、はい」

ルリ子は頷いた。

「よっしゃ!!!」

工藤は嬉しそうに叫んだ。

・・・

ルリ子が思い返す彼との出会いは、普通の人にとってはごくごく平凡なものだっただろう。
同じ大学でたまたま話が合って、告白されて、付き合い始めて。
だがしかしそれはルリ子には運命のように感じられた。

付き合い始めてからお互いの呼び方を変えた。

「ルリ子、今日空いてる?俺バイト休みになったからこの前、気になるって言ってたカフェ行こうよ」

「ええ、亮くん、ぜひ」

工藤はサークルに入らず、バイトに明け暮れていた。
もちろんちゃんと授業は出ているが、ほとんどの時間を趣味のバイクとツーリングにあてている。
たまにルリ子を誘ってカフェやショッピングに連れ出してくれるが、免許の年月の関係でまだ二人乗りはできないので、ツーリングに行くときはルリ子は置いてけぼりだった。

ルリ子もサークルには入らず、親の紹介で初めた試験監督のアルバイトを不定期で行っている。
趣味という趣味は読書くらいなもので、工藤がツーリングに行っている間は図書館に行ったり、本屋を巡ったりしていた。

まだ付き合い始めて一か月も経っていないがルリ子はそれなりに幸せだった。

「どう?工藤くんとのお付き合いは」

唯一、榊にはルリ子は工藤と付き合っていることを告げていた。
報告した時はやっぱりという反応をされたので、榊の目ざとさには驚いたルリ子だった。

「順調、なのかしら」

「そっかそっか。小宮さんが幸せそうだから、なんか私も彼氏欲しくなっちゃったよ」

「どなたかいらっしゃらないの?」

「う~ん、なかなかねぇ…」

二人はそれまであまりしなかった恋の話をするようになった。
榊はそれまで大学の中でも派手な人たちを束ねるように行動していたが、最近はルリ子とも一緒にいてくれる。

榊くらいしか友達がいないルリ子にはありがたかった。

ただ高校からの友人であるマリは榊のように微笑ましくルリ子を見守ってはくれなかった。
それはルリ子が彼氏ができたとマリに電話で報告した時のことである。

「いい、高校生の頃に抱いていた憧れは捨てなよ」

おめでとうの一言のあとだった。
マリが少し鋭い口調でルリ子にそう告げたのは。

「え?」

「少女漫画は所詮フィクションよ。彼氏がいつまでも彼女がカラダを許してくれなかったら次に行くのはあたりまえなんだから」

まるで自分がされたかのような口調でマリは吐き捨てた。

「で、でも、彼はそんなことしないわ…」

「ルリ子が結婚するまでカラダの関係を持ちたくないって考えなのはわかる。でも理想と現実は違うの、ちゃんと理解しておかないと傷つくのはルリ子なのよ?」

「…わかったわ」

ルリ子はマリの言葉を飲み込めなかったが、忠告として受け止めておいた。




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